虚言癖 作:日向澪
ねぇ、先輩。僕はどうしたらよかったんですかね。
先輩のこと、結構尊敬してたんですよ?
先輩はまったくもって知らなかったかもしれないですけどね。
あ、そうそう。先輩が残した原稿用紙、卒業した後に読んだんですよ。そう、机の引き出しの奥にこっそりと隠されていた、アレです。
まったく、メモまで挟んでおくぐらいならあんなところに隠さなくたっていいじゃないですか。
回りくどいですよ、先輩は。何もかもが。
いや、まあ、なんていうか。そういうところも尊敬してたっていうか、そういうところも含めて「先輩」だって認識してたっていうか……。
ダメだな、うまく言葉がまとまらないですね。
二年間、先輩のもとで文芸部員としてそれなりにやってきたつもりだったんですけど。意外とできないもんですね、こういう話って。
あー、別に先輩のことを責めたいとか、そんなことを考えているわけじゃないですよ?
どちらかと言えば感謝の念の方が強いんですよ、ええ。尊敬してるってのはさっきも言いましたし、わざわざ言うことでもないですよね。
まあ、でも、ですよ。
それはそれとして。
この話を横に置くとして。
先輩と、もう一人の先輩。僕は部長って呼ぶのに慣れてるからあえて部長って呼ばせてもらいますけど、先輩と部長は、僕のことを何だと思ってたんですかね?
可愛い後輩?
使い走り?
それとも空気?
いやまあ空気ですよね。だって後輩は僕だけじゃないんですから。先輩方だって僕のこと、あんまり覚えていないんじゃないですか。
なんて、嘘ですよ。嘘。もちろん嘘に決まっているじゃないですか。
先輩は僕に良くしてくれましたし、部長にいたっては何度か家にまで泊めてもらった事があるんですから、そんなことあるわけないじゃないですか。
ただ、まあ。
僕個人としては、こんなことしてる暇があるんだったらさっさと行動してくれよ、なんて思わなくもないですけど。
まあ、それは僕自身にも跳ね返ってくる言葉ではあるので、あんまり胸を張って言えるわけではありませんが。
でも、先輩たちよりは胸を張って言葉を投げかけることができると、言葉を投げかけるに足る理屈があると、信じているのですよ。
信ずれば通ず。一念岩をも通す。一念発起。
ジョークですよ。笑うところです、ここ。
……いや、笑えないですよね。分かってるんですよ、そんなことぐらいは。でもこうやって軽口叩きながらじゃないと、やっぱりうまく話せなくって。よくないってこともわかっているのに直せなくて、でも先輩はそれを真正面から受け止めてくれて。
いや受け止めてもらった記憶はないですね、はい。
なんならここまでつらつらと、長々と、だらだらと述べてきた言葉の中に正しい事なんて一つもありはしないんですけれど。なんなら僕が所属している部活に僕が部長と呼ぶような人はいないんだけど。いやいや、別におかしなことじゃないでしょ。
だって僕がこの部活の部長だから…………というのも嘘で部活になんて所属していないからね。しいて言うなら帰宅部だし、うちの学校の帰宅部は非公認だしそもそも入部届なんてものもないのだから所属しているというのも嘘。
これも嘘。あれも嘘。嘘ウソうそ。嘘だらけだよ、本当に。
虚構ばかりの人生を辿って来たんです。今更まともな人間になろうだなんて考えちゃいないですよ。おっと、これはそこそこ信用していい話です。この言葉はどうか知らないけれど。
信用。信頼。
信じて用いる。信じて頼る。
利用するのか、頼みにするのか。
あ、嫌な顔をしないでくださいよ。こんなのは僕の下らない、チープな虚言です。虚言ばかりの奴にはいい顔なんてできないとは思いますが、それはそれ。
ん?
嫌な顔の反対はいい顔のような気もしますが、よくよく考えると嫌な顔もいい顔も対立というよりは両立しているような気がするのは自分だけですかね。
おっと、これは単なるエクスキューズです。別に虚言でも虚飾でも何でもないですよ。嫌だなぁ、僕が何でもかんでも虚言まみれで話すなんてこと、あるわけないじゃないですか。
まあ、突然道で会っただけの僕にこんな話をぶちまけられたらそりゃ困りますよね。うん、よく友人から「お前の虚言癖は本当にろくでもない」と言われますから自覚していますとも。
友人がいるというのは嘘なので言われたことがあるのも嘘ですが。
自覚しているのは本当です。
信じてもらえないかもしれませんが。
………………………………………………。
話し方がくどい?
おっけ、元に戻すよ。これでいい?
○×△
「相変わらずだな、お前のそれ」
「まあね。僕にとってこれは一番やりやすいやり方だし」
「それでいて微妙に使いにくいから評価に困る」
「ひどい話だよ、まったく。せっかく僕が虚言癖を最大限活かして適当なことをでっちあげてるって言うのに、君は僕の労力をいとも簡単に無に帰すんだから」
「言い方に悪意しかない」
「悪意がこもっているからね」
「しょうがねぇだろ、いくら創作って言ったって、そこにあるのは一種の現実だからな。それに対して生半可な気持ちで乗り込もうとはしてないさ」
「そんなことをしているのは君だけだと思うけどねぇ」
「そんなことはない……と思いたいところだが」
「だって君のほかに真面目にこの部活に取り組んでいる人を見たことがないんだけど」
「それを言ったら部外者のお前がここにいるのも不思議なことなんだけどな」
「僕はほら、あれだよ。外部顧問」
「お前に教えられてる事なんて無い」
「人間がどれほど虚飾に満ち満ちているかということを教えている」
「そんなもの教授すんな」
「享受しろ、ってね」
「つまんな」
「今のは僕も面白くなかったなって思ってる」
「本当に?」
「さぁ?」
「…………」
「人間は言葉でコミュニケーションをとることができる生き物だけど、その言葉にはどうしたって『嘘』が混じってしまうものだ。どんなに誠実であろうとする人間でも、どうしたって『嘘』を吐かざるをえない状況に陥ってしまうかもしれない」
「そんな『かもしれない』だけで、俺たちのコミュニケーションが阻害されると?」
「『かもしれない』は、どこまでいっても『かもしれない』だよ。君こそ僕の言葉を真面目に取り合うなんて、暇なことをしているじゃないか」
「お前のそういうところは、一人の創作者として興味深いからな。俺にとってお前はちょうどいい……」
「ちょうどいい、なにかな?」
「……暇つぶし相手だからな」
「まったく、君は素直じゃないねぇ」
「うるせぇよ。さて、お前と話してたらちょっといい感じのアイデア浮かんできたから邪魔すんなよ。早いとこ形にしたいんだ」
「相も変わらず、締め切りに追われているのかい?」
「まぁな。自分で決めてる締め切りだけど、やっぱ守んないより守る方が達成感あるし」
「ま、いいんじゃないかな。僕は部外者だから、ここの決まり事とかに口出しすることはできないからね」
「ああ、見守ってくれてればそれでいいさ」
「僕でよければ、いつまでも」
○×△
「部長、今日もいつもの調子か?」
「うん、やっぱりずっと独り言ぶつぶつ言ってる。誰かと喋ってるみたいに」
「いつまでも放っておくわけにはいかないけど……。一回話しかけたらブチ切れてたからな。ちょっと俺たちもどうすればいいのかわかんないよ」
「いつからだっけ、部長がおかしくなったの」
「あー……、大掃除の時に古い机の中から出てきた原稿用紙見つけてから、かなぁ?」
「あぁ、あの猫が主人公の? 結構面白かったよね」
「誰が書いたんだろうなぁ、多分俺たちの先輩なんだろうなとは思うけど」
「だね。うーん、部長があの調子だから部活も事実上休止状態だし、これからどうするんだろうね……」
「マジでどうなるんだろうな。居心地よかったからわりかし残念な気持ちだよ……」
○×△
にゃおーん。
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