ゆいちゃんへの手紙 作:奴

 ゆいちゃんへ


 すいかも食べられるようになったんだ! もうなんでも食べられちゃうね。

 ぶどうやぽんかんに比べたら種が取りやすいというのは大発見だと思います。私は種も関係なしに食べてたから……

 夏の楽しみが増えたのはいいことだと思います。クーラーが気持ちいい以外になんのトリエもない夏がすこしは色づいたでしょうか。でも今度こそ花火! やろう!(トリエがないのトリエってなんだったけ)

 文芸部はもうじき夏合宿です。この前ゆいちゃんからもらったものも載るから、ほかの高校生も見ることになるね。あの大作ならばっちりだと思います。詩もいつもどおりかっこよかったよ!

 大作と言えば、春号に載せてた「若葉の季節」と「あなただけが泣いている」を三年英語科の国分先生が褒めてたらしい。文豪の小説とかかなり読む人らしいから、ゆいちゃんすごいよ! やっぱり創作できる人ってすごいよね。

 私もせいいっぱい書いてます。でも去年の冬に書いた「透明さん」以降、しっくりくるものが書けてないのが本音です。ゆいちゃんはスランプがなさそうで羨ましいなあ。

 藤滝くんはあいかわらずよくわからないものを書いてます。小説にはかならず「哲理」がないといけないって、ほんとうだと思いますか? 私は絶対反対です。だってゆいちゃんの書いてるものは(もしちがったらごめんなさい)、哲学というか理屈というか、難しいこねくりまわしたものは一つもないのにすごくおもしろいから。私、小説にいちばん大事なのはおもしろさだと思う。いわゆるfunnyじゃなくって、興味深(おもしろ)さってことです。登場人物一人ひとりの切実な気持ちが伝わってくるし、風景描写はなんだかきらめいてます。やっぱり詩を書いてるから? (「あるいは、そうかもしれない」ってやつですね。藤滝くん、まだ使ってるんです)

 夏合宿が終わったら、部誌を持ってゆいちゃんの家に行っていいですか? もしいいのなら、ゆいちゃんのお母さんにあらためて電話で日程の相談をします。夏休みのあいだなら平日使って二人きりでいられるだろうし。

 じゃあまたね。


                           七月十五日  黒川 彩



 ゆいちゃんへ


 ほんとに、ぜんぜん涼しくならないね。九月って秋のイメージなのに、なんでこんなに暑いんだろう? 私たち、きっと地球にだまされてますよね。

 もうすぐ冬服になるらしいけど、暑すぎて絶対無理! 男子のかっちりしたのに比べたら、と思ったけど、それでもね。

 家ではまだクーラーつけてます。学校はなんとクーラーなしになって、十月いっぱいまで空調禁止らしい。職員室はいつもガンガンつけてるのに生徒だけダメって、なんなんだろうね。

 そうそう! 尾川先生から、篠崎ちゃん来てたよって言われてびっくりしました。夏休み課題ちゃんとやってたんだね。偉い。ほんとだね、会えたらよかった~

 また痩せたって先生が言ってたけど、ほんとに? 八月に会ったときはそうでもないかんじだったけど。先生がひさしぶりだったからなのか、それとも八月のあのときからまた痩せたの? ゆいちゃんキャシャなんだから、この前会ったときくらいがちょうどいいと思います。指も長くてきれいだし、ただでさえ背が高いんだから、これ以上やったらむちゃくちゃなモデルといっしょですよ(冗談のつもりです)。

 そっか! 秋考査! あるんだよね。そのとき会えるかな? 保健室でも部室でもこっちはオッケーです。三年生はもう来ないし、一年生も来たり来なかったりだし、藤滝くんは生徒会のほうが忙しいっぽい。

 ゆいちゃんって日本史得意だったよね? 私今ほんとにやばいのでもしかしたら助けてもらうかも……授業出ててもわからない。鎌倉幕府ってなんであんなに複雑なんでしょう? いい箱をつくってやろうっていうやる気? 先生的にはいい国らしいけど。資料集見たかんじ、戦国時代は人がたくさんいたし、江戸時代は十五人も徳川なんとかがいるし、明治時代から総理大臣だらけだし……もしよかったらいつか勉強会お願いします。

 渓谷いいね! 魚を食べて、川に入って……なんか風流。また詩とか小説のアイデアもらえそうだね。私もどこか出かけてみようかな。渓谷って一年中きれいなイメージですよね。夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪……春は桜? 山って桜のイメージないけど。

 じゃあまたね。


                            九月九日  黒川 彩



 ゆいちゃんへ


 ほんとうに。おしいれは思い出の宝庫です。私たちの底に積もっていた記憶をおしいれは律儀にしまいこんでくれてるのだから感謝すべきですよね。ゆいちゃんは大事なことに気づかせてくれるので大好きです。

 「ゆいいつ」……たしかにひらがなだと変かもしれません。でも私はゆいちゃんの名前、すてきだと思います。「この世界に唯だ一人の存在」だから篠崎唯一。思い入れの深いよく考えられた名前というのは美しくて、文字やひびきのなかにきらめきがあるように思います。篠崎唯一ちゃんという、その名前のなかには宇宙空間みたいな無限の静かな輝きを感じるのです。

 でも「ただかず」だなんて誤解はひどいね! 冗談だとしても、よっぽどつまんないことを言いますね。ゆいちゃんは自分の名前を誇っていいと思います。こんなきれいな名前、めったにないんだから(「めった」ってなんでしょう?)。

 私の「彩」という名前もいちおう由来があるようです。「いろどりある人生を生きてほしい」とのこと。ほんとうは「いろどりある世界」とか「世界にいろどりを」とか言って「彩世あやせ」という案もあったし、お姉ちゃんとそろえて「彩美あやみ」というのもあったらしいです。私はこの名前、気に入ってます。

 人生のうちに楽しい時期はきっとどこかであると思います。いちばん幸せなときが小学生なのか、中学生なのか、高校生なのか、それとも大学生、社会人、もっと年をとって老けてからなのか、そんなのわからないけど、でも一生の思い出になるくらい華やかな瞬間ってきっとありますよね。私はそう思って生きています。今よりずっと楽しい瞬間が来るかもしれない……と。

 ゆいちゃんはそれが小学校で過ぎちゃったと思うかもしれないけど、でもだからって悲観しないでください。二人でもっと遊ぼう! ゆいちゃんがオッケーならだけど……。

 同封した小説は思いつきで書いたものです。中学校の卒業式に在校生で出席したとき、春の陽気がここちよかったことを思いだして、そのときのかんじをなるべく鮮明に書いてみました。小説っていってもほんの四枚だけどね!

 ゆいちゃんは小説か詩か、書いてますか? また三、四百枚の大作を書いてるんでしょうか? 前に見せてくれた「わたしとあなたになるような」は藤滝くんも絶賛だったからね! 楽しみにしてますね。(でも気負ったりしないでね、自分のペースで、やりたいように、やりたいぶんだけ……)

 篠崎唯一ってほんとにいい名前だね。もう三回だけ書いてやめにしときます。篠崎唯一、篠崎唯一、篠崎唯一。

 じゃあまたね。


追伸:だいぶ寒くなったから、かぜをひかないように気をつけてね。私はこの前のどが痛くなって、葛根湯(箱を見ながら書きました)を飲みました。どうして中国の薬(なんて言うんだっけ?)は魔法みたいな技みたいな名前をしてるんでしょう? カゼナオールでいいのにね。


                         十一月二十八日  黒川 彩



 ゆいちゃんへ


 ねー! ほんとにあっというま。でも意外と夏なにしてたかとか、春どうだったかとか、覚えてないね。来年も同じこと言うのかな。

 詩だけでもすこしずつ書けるようになったのならよかったです。ゆいちゃん創作に魂削ってるかんじするから、無理しないでね! たしかにうまくなるには毎日でもやんなきゃかもだけど、でも毎日ってさすがに大変だよね……ストイックにやるのは藤滝くんだけでいいと思います。

 大事なのはやりたいことをやれる分だけ、やりたいようにやることだと私は思います。無理してもきつくなるだけだし。ゆいちゃんにはゆいちゃんのペースがあって、無理したらバテちゃうのはしかたのないことです。私はどんなにがんばっても人生って百点満点の六十点止まりで終わるんだと思ってます。苦もあれば楽もある。それで結局、六十点みたいな。でもそれと同時に、今ある状況がいちばんいい結果なんだとも思ってます。もっとこういうふうにできたなあ……と思っても、結局そういうふうにうまくはできないんだし、今でも十分がんばってるんだから、後悔しなくていいと思います。

 だからあんまり自分を責めないでね。

 それより! 初詣! 行こう! 八幡さまはたしかあんまり人ごみにならないはずだから、お正月休みに二人で! 三が日ずっと雪降るかもしれないらしいけど、そんなこと言って毎年ぜんぜん積もらないもんね。寒さだけ気をつけたらたぶんなんとかなる! この前買ったコートとブーツで完全武装します。

 お正月はお雑煮とかたくさん食べてね。ゆいちゃんまた痩せたんだね。ゆいちゃん、背が高いからすらっとしててかっこいいんだけど、せめて一日一食はちゃんと食べてね。ゆいちゃんは正月太りしても許される数少ない人だよ。お餅十個くらい食べないと。(でも無理しないでね。好きなものを、食べたい分だけ……)

 私の家はピザ食べるんだって! 年越しそばは食べるらしいけど、おせちとお雑煮はないらしい! かわりにピザ! 正月感ゼロだね。

 あ、初詣はいちおうゆいちゃんのお母さんに私から話してみよっか? だいじょうぶならぜんぜんオッケーです。

 じゃあまたね。よい年越しを!


追伸:年賀状も出すね。


                         十二月二十三日  黒川 彩

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