悪役令嬢として婚約破棄されたので、魔法使いとして第二の人生を歩む!

魚谷

第1話 婚約破棄

  およそ三百年前。

 神に愛されし大陸グローシャードは戦禍に見舞われ、人々の心は荒廃し、親が子を、子が親を殺戮する悲劇を繰り返していた。

 美しい森は焼け、清らかな川は淀み、地平の彼方まで広がる山野は戦地へ向かう兵士で溢れた。

 ある日、深く底のない森より到来するは、かたわらに従者を従えた、粗末な身なりの男。

 ただ唯一、褒めるべきところは不釣り合いなほどに立派な拵えの剣。

 彼はやがて戦禍を鎮め、四分五裂していた人心を収める。

 人々は彼を、聖王と崇めた。

 聖王によって建てられた国を、星と森の国グランシャイン王国と云う――。



 いつも私はズレていると感じていた。

 何かと自問をしていても分からなかった。

 両親に慈しまれ、兄に愛され、心きいたる友人たちと会話に花を咲かせていても、愛する人に囁かれても、何かが違うと頭の片隅で、心のどこかで思っていた。

 でもそんなのは思春期特有の違和感にすぎないと、そこまで気にしなかった。

 もっと早くこの違和感に気付いていたら、どうにかなっただろうか。

 もっと早くこのズレを修正していたら、どうにかなっただろうか。

 しかし時を戻せない。

 その違和感の正体に気付いた時、とんでもない破局を迎えようとしていた。

 私は世界の人間ではない、と。


「――聞いているのか、アンネローザ・フォースター・ジブリタス」


 言葉の端々に憎悪にも似た怒りを滾らせ、私の婚約者、グランシャイン王国王太子、ヨハネス・ラウロ・グランシャインは告げた。


「……もう一度、仰っていただけまして?」

「お前との婚約を破棄する、と言ったのだ」


 曇りのない金髪と、少年ぽさの残る顔立ちの王太子は、子爵家の娘であるマリー・ブリュロ・アンネの手を、まるで壊れ物でも扱うように握る。

 かつて私に愛を囁きながら、そうしたように。

 ここは、王宮の鏡の間。今宵開かれたのは、学園の生徒が参加する宮廷舞踏会の会場。


「お前が私の権勢と公爵家の威光を笠に着て、どれほどの不正や横暴を働いてきたか。全て、マリーや他の者たちから聞いた」


 他の者――。

 私は王太子のそばにいる人々に目を向けた。

 学友でもあり、親友でもあった人たちが、かつてマリーに向けていた嘲りを私に向けている。

 他にも私の幼馴染である、侯爵家のロングィン。

 騎士団長をつとめる、兄ゲオルグの親友にして副団長のヴェルナー・フォイ・フォログ。

 そう、外堀は全て埋められている。

 ここはゲームの最終盤。悪事の限りを尽くしたアンネローザが弾劾され、全てを奪われるその日。

 私はこのゲームをプレイしていた。マリーとしてプレイした私からすれば溜飲の下がる場面だ。

 しかし当の本人の身になれば、こんなにも耐えがたいことだったなんて……。


「何か申し開きはあるか?」


 ここで、本物のアンネローザは嘆き悲しみ悲嘆に暮れ、マリーや王太子に許しを乞うた。

 しかしどの選択肢を選ぼうともアンネローザが助かるような道は残されていない。


「いいえ」

「本来ならばお前には極刑がふさわしい。しかし私の誕生日をお前のような者の血で穢すことはありえない。マリーもそれを望んではいない。彼女はこれまでの仕打ちを忘れ、許すと言っている」


 嘘をつくな。

 私は家族ともども明日、処刑される。当たり前だけど、スチールなんて用意もされない。

“国を私利私欲で操ったジブリタス公爵家の人々は処刑され、王国の危機は去った――”。

 たったそれだけの地の文で終わり。


「何か最後に、言うことはないか?」


 あぁ、苦しい。

 たとえ全てゲームのものだと気付いたとしても、私がこれまで歩んできた十八年間はまやかしではない。私にとって、間違いないリアル。

 そもそも私がマリーに悪意をもったきっかけは、王太子にある。

 王太子がマリーに興味を持ち、そこから少しずつ二人が親密になっていったから。

 未来の王妃になるため、どれほどの試練に耐えきてか。

 どれほど血の滲むような努力で学園における優等生の地位を築いてきたのか。

 周囲からの大きすぎる期待に応えようと足掻いてきたか。

 なのに、この王太子はそんなことなど気にも掛けず、私を顧みなくなった。


「殿下、そしてマリー。末永くお幸せに」


 胸が詰まりそうになる。しかし私はこらえる。

 泣けば、こいつらを喜ばせるだけ。

 口さがない貴族どもに話題を提供するだけ。

 私は背筋を伸ばし、胸を張り、そして大勢の人々の好奇の眼差しを撥ね付けんばかりの勢いで鏡の間を後にした。

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