「停滞関係」
みきたろう
「停滞関係」
「ねぇ」
「どした?」
いたって神妙な顔持ちで君は言う。
「君ってさ」
「うん。」
「とまってるよね。」
「ここオレの家なんだけど。泊まってるのはお前だろ?」
「そうじゃなくて」
「こんな時期に蚊とか珍しいな」
「そうでもなくて」
「……」
「……何してるの?」
君の不思議そうな顔は、何故か少しだけ面白い。
「直立不動」
「そうじゃなくて、停滞しているの!」
「今梅雨だもんな。今年は寒冷前線強めって言ってたし、そりゃ梅雨前線もご機嫌斜めで……」
「あぁ、もうそうじゃないの!バカ!」
君は、痺れを切らしたかのように詰め寄ってくる。
「君の時。時間のこと。」
思えば、部屋はカップ麺やらなんやらで酷く散乱しているゴミ屋敷。ここ数日、同じような景色しか見ていない。
雨音は少し、マシになったか。
「のぞんで、こうなったわけじゃない」
「動きたいって、思わないの?」
「動いてばっかじゃ、時計も疲れるだろ」
「時計は無機物ですけど?」
「物にも心はあるよ」
「また、そうやって話を逸らす」
君の呆れるような顔も、ため息も。
何回聞いたのだろう。
「……動きたいって、言ったら?」
散乱した部屋。隅にある、異臭を放つ教材が入ったままのスクールバッグに、埃被った制服。君は、その中で一際めだつ、俺には似合わない綺麗なハンカチを手に取る。
「安心できる。」
「それだけかよ?」
「君が動かないと、私も停滞したままだから。」
「嘘だな。お前の時は常に動いている。俺と違って,歯車がある。そうだろ?」
いつも笑顔な君。俺とは違ってらいつも眩しくて。歯車が噛み合ってて、綺麗に「流れる」きみの時間と、時が完全に停止して、動かそうにも動けなかった俺の時間。
つい、語気を強めてしまった。
感情的な俺に、君は今にも何かが溢れ出しそうな顔で言う。
「確かに,今はある。」
「だろ?やっぱり___」
「でも、私の歯車は腐りかけてるから。」
「っ!」
決して他人事とは思わない。
俺の心に入り込んでくる言葉。
「長年使ってたら、いつかは劣化するでしょ?定期的なメンテナンスは大事だよ。」
「……必要ない」
「いいや、ある。私の中で,時間の経過が着実に遅くなっていってる。」
「っ!」
「いつのまにか、君の時間はとまってて、私の歯車も、腐っていったの。」
俺は咄嗟に俯く。
否定したかった。そんなはずはなかった。
自己犠牲なんかじゃない。醜い逃避の証拠が、俺の胸の中で回り始める。
「そんなわけ____俺なんかが」
「その、歯車はとっても小さいけど,とっても力持ちで。いつもドジな私を支えてくれるの。
とっても大切で、かけがえのない。なにより大好きな歯車。
でも、私がその歯車に頼りすぎちゃってね。」
笑っている君。
俺の時が止まってしまってからは、もう見ることのなかった,屈託のない綺麗な顔。
「……」
気づいていなかったんじゃない。
必死に目を背けていただけだったのかもしれない。
「だからこうして、私は歯車の修理に赴いているのです」
それは、耐え難い無力感と、絶望的な感情?
「本体がいても、歯車がないと動かない。」
いや、過去への後悔と、先に見える微かな光。雨音が、止んだ。
「俺も……大切なもの、自分で無くしてたんだ。」
「……そう。」
「灯台下暗しってやつかな。」
辛い現実を見てばっかで。
いざ自分のことは全然見ないで,勝手に,放り出していた俺。
「君は……動きたいんだよね?」
「……」
この場合の沈黙は肯定。
だって、仕方ない。今喋ったら……
きっと、バカにされるだろうから。
「君の時計を進める歯車は……」
君は、全てを見透かしたように言い、俺に近づいてくる。
そのハンカチで、俺の頬をつたる涙を拭く。
近くで見た君は、とても綺麗で。
「私じゃ,だめかな?」
停滞していた俺たちの関係。
君は歯車の修復に成功し、俺は今まで気づかなかった起動レバーを引く。
_______
「今日のニュースです。今朝、気象庁により、例年よりも速く梅雨明けが発表されました。」
「停滞関係」 みきたろう @miki_taro07
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