第十一話 国王からの圧力
いったん自宅に帰って寝るとセーネに言って、占術庁から自宅に戻ってヨリシロについて研究を続けていると、こいつの使い方がなんとなく分かってきた。
一つ。俺が攻撃をすると消える。
ちょっと小突いた程度じゃ消えないが、殴ったり、刃物を当てると消えて紙に戻る。
俺以外の攻撃でも同じかもしれないが、試していないので今のところ分からない。
二つ。人型の紙に文字や絵を書いておくと、出現したヨリシロが変化する。
例えばナイフのような絵を書くと、ナイフを装備する。しかもちゃんと切れるナイフだ。
三つ。紙じゃなくてもいい。
試しに木片を人型にして息を吹きかけてみたところ、紙のときと同様に俺が出現した。
こいつには困った。消そうと思って殴ったらめちゃくちゃ硬くて俺の手が腫れ上がってしまったのだ。しかも消えないし。困り果ててナイフで刺してみたところ、消えてくれたから万事休したが。
つまり、素材によって出現するヨリシロの硬さが変わるんだろう。人型の鉄に息を吹き込んだらものすごく硬い俺が出来上がるはずだ。
どうやって消すのか知らんが。
四つ。やっぱり命令は聞いてくれない。
家事をやらせたら楽じゃないかと思って命令してみたが、全然言うことを聞いてくれない。
だが、命令を聞いてくれる時もある。寝ろ、と命令をすると刃向かうことなく寝てくれる。
いらねえ。
とまあ、そこまで研究を進めたところで俺は思った。
上手く使うことができればかなり便利そうだ。
だが、師匠はなぜこれを研究したのだろう。そしてどこでこんなものを知ったのだろうか。そもそもこれは占術なのだろうか。
………………
少し仮眠を取った後に占術庁に戻ると、研究室の中がどんよりとした空気になっていた。
みんなの顔が暗い。
「なんかあったのか?」
近くにいる研究員のハンドレに訊く。俺より年上で、おどおどした性格だが、研究はしっかりやってくれる男だ。
「はい。その……」
答えづらいのか、続きの言葉が出てこない。
訝しんでいると、長官の机のそばにいたドロスが声をかけてきた。
「ベルク、ちょっと来てくれ」
「分かった」
俺はハンドレの背中を軽く叩いてからベルクの元へ向かった。
みんなが俺に注目しているのが分かる。
「こいつを見てくれ」
ドロスが長官の机に顔を向けた。そこには書類の束がある。
「これは?」
「王宮からの依頼だ」
「ああ。いつものやつか」
毎月、王宮から占いの依頼がどっさりと送られてくる。俺はそのことだと思っていたが、ベルクが小さく首を振った。
「いや、今回は少しわけが違う」
「んん? 変な内容なのか?」
「まあ内容もそうだが……」
いつもはっきりとモノを言うドロスにしては、かなり歯切れが悪い。
そんなに言いにくいことなのか。
俺は書類の束の一番上の紙を手に取って読んでみた。
「えっとなになに……。以下の占術依頼を一ヶ月以内に遂行せよ。なお、完遂するまで長官の任命式を延期し、完遂できなければベルク殿を長官として認めないものとする……」
まだごねる気なのか。
というのが俺が最初に抱いた感想だった。
その次に思ったことは。
「ドロス、チャンの父親ってどんな奴だっけ?」
ここまで国王がごねるほど、国王にとってチャンの父親が大切だということだ。
しかし俺はチャンの父親がどういう人なのかまったく知らない。
「さあ。国王の友人としか知らんな。それより、依頼の方に目を通した方がいいぞ」
「依頼? 普通に占えばいいんじゃないのか?」
俺は首を傾げた。
占術の依頼なら占いの結果を提出すればいいだけの話である。
外交はこの日に行えとか、どこどこの街に投資しろとかを報告するだけだ。
ドロスが大きなため息をついて、一枚の紙を手渡してきた。
「あの職権濫用爺さんが占って済むような依頼だけをよこしてくるわけないだろ」
そういやそうだな、と思いながら手渡されたものを読む。
俺はそれを読み終えるより先に、部屋を飛び出した。
………………
俺が向かった先は王宮本殿だった。
護衛や王宮職員などに国王の場所を聞いて、とある一つの部屋に辿り着いた。
そこは食堂だった。つまり飯の最中だった。時間からすると夕飯だろうか。
無駄にデカいテーブルの端に、一つだけ目立つ椅子がある。そこに国王が座っていた。
国王の目の前にはステーキがある。これからメインディッシュらしい。
そんなことより、俺の目についたのは。
「あ、先生!」
国王の隣に座って同じくステーキを食べようとしている女、イールだった。
ボロボロの服からドレスに着替えている。
俺は二人に近づいていった。壁際に並んでいる護衛や側近は俺を止めようともしない。
「遅かったな。来るならもっと早く来てほしかったぞ」
国王が嫌味ったらしく言った。
俺がここに来ることは想定済みだったようだ。
俺は国王からイールに視線を移した。
「イール、お前はこれを知ってるのか?」
持っている紙を見せる。しかしイールはギクッとして顔を逸らした。
「そそそ、それは……」
「ったく。お前も共犯なのかよ」
俺が持っている紙に書いてあった文は、こんなものだった。
『イールとベルク殿の二人でダンジョンを攻略すること。また、イールのランクをA級以上まで上げること。
備考
この件に関してのみ、特別にランクによる人数制限を撤廃する。
以上 ローリア国王』。
「だって……、先生と二人でダンジョンに行きたかったんだもん」
その言葉を聞いた俺は、十七歳のバカは放っておくことにして、呑気にステーキを食っている国王の方に顔を向けた。
「国王殿、ダンジョンの危険さは分かっているでしょう。チャンほどの腕前があっても怪我をするんです。ブレイカーになったばかりのイールをそんな危険な目に遭わせたいんですか?」
「イールの頼みを聞いただけじゃ。無理だと思うなら長官は諦めるんじゃな」
こちらを見ずに、そう言い放つ国王。
俺はブチギレてしまい、テーブルを強く叩いた。
「長官がどうとか言っているんじゃない! イールの命がかかってるんだぞ!」
国王を睨みつける。
側近が俺のそばまで来て「落ち着いてください。国王の前ですぞ」と宥めてきたが、俺の怒りは収まらなかった。
正直言って、もう長官のことはどうでもよかった。長官なんて俺じゃなくても務まるはずだ。
しかしイールは国王にとって親族で、大切なはずの女の子だ。
危険なことに首を突っ込んでいたら止めるべきだろ。
「そりゃワシだって心配しておる。しかしイールの頼みも断れん。そして、ワシはまだ占いに失望したくない」
国王が俺の目を見て言った。真剣な表情をしているが、言っていることはバカそのものだ。
このバカをどう説得しようか、あるいは長官を降りる宣言をするか悩んでいると、イールが立ち上がった。
「せ、先生……。私頑張るから」
目をうるうるとさせて訴えてくるイール。
頑張ればいいってもんじゃない。
この時、俺は占術庁の研究員たちの顔を思い浮かべていた。
今日、研究室に入った時、みんな暗い顔をしていた。
王宮から無理を言われたからだろうか。いや、それなら依頼を拒否すればいいだけの話だ。
しかしそれだと俺が長官ではなくなる。
俺の思い違いでなければ、みんなは俺に長官であってほしいのだと思う。
その思いを踏みにじって、俺の一存で長官を降りる宣言はできない。したくない。
長官のことはどうでもよくても、仲間の研究員の思いは俺にとって大切だ。
俺は頭をくしゃくしゃに掻き毟った。
「くそっ」
俺はポケットからカードの束を取り出す。
カードをシャッフルし、テーブルに並べていく。
「先生……?」
「依頼を受けるかどうか決めるから、黙って飯でも食ってろ」
イールに言い放って、カードの展開を続けた。
占いで決めることにしたのだ。
………………
「マジかー……」
俺は天井を見上げた。立派なシャンデリアが取り付けられている。
ちなみに、占いで依頼を受けるか決めた結果を受けての感想が「マジかー……」である。
国王とイールの方を見ると、デザートを食べ終わって、食後のティータイムと洒落込んでいた。
「決まったかね?」
国王の言葉に、俺は頷いた。
「ええ。……受けましょう」
「先生!」
イールが飛び上がって抱きついてくる。そんな彼女を引き剥がして、俺は真面目な顔で言った。
「イール、何があっても俺を信用できるな?」
「もちろん!」
「よし。大噴水分かるよな? 王都の真ん中にあるやつだ。その前で二時間後に落ち合おう」
「わっかりました!」
満面の笑みで返事をするイール。
国王の方をちらっと見たが、何を考えているのかよく分からなかった。
少し顔を顰めているということだけは分かった。
内心、あまりよく思っていないかもしれない。
だが、仕掛けてきたのは国王の方だ。
占いの力を全力で見せてやる。
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