第八話 イールからのお誘い

 結果というか、結論というか、最終的な成り行きとして、俺とイールとの結婚の話はなくなった。


「えへへ、冗談冗談。親にも言ってないし。先生だって困りますよね」


 と、結婚宣言と口づけを終えたイールが、撤回宣言を行ったからだ。

 そもそも了承もなく結婚宣言をされること自体が困ってしまうのだが、突然のキスで頭の中がふわふわモードの俺は「えへへ」と謎の笑顔を返す以外なにもできなかった。


 で、結婚の話はなくなったのだが、代わりにイールが要求した褒美というのが、俺とダンジョン攻略をしたいという、簡単に言えばパーティーメンバーへのお誘いだった。


 ハゲおじさんこと国王は「それなら……良いだろう」と不服そうにしながらも許可を出したため、俺とイールは晴れてパーティーメンバーになった。


 って。


「良いわけあるか!」

「どうしたんですか、先生」


 俺は今、謁見の間という国王に報告を行なっていた部屋の隣にある控室にいる。頭ふわふわモードになっている際中にイールに手を引かれて連れてこられたのだ。


 横に長細いテーブルの端っこに、向かい合うような形で座っている俺とイール。

 机には王宮の職員が持ってきたお茶と、山盛りのお菓子が置いてある。


「占術庁長官になったのにパーティー作ってダンジョン攻略なんてしてる場合じゃないんだって!」

「えー? 一回だけ行きましょーよー。二人っきりでダンジョン進むの楽しそうじゃないですか?」

「二人っきり?」

「ダンジョンデートですよ! 普通のデートと違って、爽快感とかドキドキとかハンパないので、恋人どうしには最高だと思います!」


 どいつもこいつもダンジョン攻略をなんだと思っているんだろう。デートスポットじゃないぞ。仕事だぞ、これ。

 あと俺たちはいつから恋人になったんだ。


「イール。そもそも俺たちはD級じゃねえか。D級どうしで二人パーティーなんて組めないだろ」

「えぇ⁉︎ そうなんですか?」

「知らないのかよ……」


 俺はイールにパーティーメンバー人数の説明をした。


 パーティー内のブレイカーの最大ランクによって、パーティーの人数下限というものが決まっている。


 例えば、SS級以上のブレイカーがパーティーにいたら、パーティーの下限人数は二人。

 S級やS+級がいたら下限人数は三人。

 と、こういう具合になっている。


 人数が少なければ少ないほど、ダンジョンを攻略した際に得られる一人当たりの報奨金は多くなる。

 だから普通はパーティーメンバーの人数をできるだけ少なくしたがる。しかし、少なければその分、ダンジョン攻略失敗の可能性が高まるため、下限を設けているのだ。


 ちなみに、ブレイカー試験を突破したばかりの者は、皆平等にD級からスタートするのでイールはD級確定である。そして俺もランクが上がっていないのでD級である。


「じゃあ私と先生が一緒のパーティーになるには、何人集めれば良いんですか?」

「だからそれは、最大ランクによるっての。少なくともB級以上のブレイカーは一人必要だな。C級以下だけでダンジョンを攻略することは許されてないから」

「そんなー……。先生とダンジョン行きたかったのになー……」


 しょんぼりしたイールは、机の上のティーカップを手に持ってお茶を口に含んだ。


「気持ちはありがたいが……。俺は長官になったから、占術庁の仕事をしないと」


 イールはブレイカーとして生きていく気満々のようだが、俺は俺で目標というものがある。

 一つは占いの道を究めること。

 もう一つは占いの力を世に知らしめること。

 この二つの目標のために占術庁で働いているのだ。


「そういえば、占術庁の仕事ってどんなことをするんです?」

「占術の研究と、王宮から依頼をされた占いを行なっていくのがほとんどだな。例えば、軍の司令官として適切な人を選んだり、経済の動向を占ったり。あとは祭りの準備をすることもある」

「へー。占術庁って、存在しているのは知ってましたけど、何をやってるのかって全然知りませんでした」

「まあ一般的には知られてないだろうね。興味もないだろうし」


 この国では占いが重宝されていることは事実だが、一般人にまでは重宝されていない。それどころか占いを心の底から信じていない人が大多数だ。

 一般的には、という自分が吐いた言葉に、俺は首を傾げた。


「ん? イールって王族なんだよな? それでも知らないのか。王族の占いなんかもしてるんだけど」

「王族って言っても、私の場合、半分一般人のようなものです。国王のいとこの娘なので」


 イールはティーカップを置いて、澄ました顔で続けた。

 俺は菓子を食べながら話を聞く。さすが王宮で出される菓子は美味い。これまで見たことがないものが並んでいるが、どれを食べても美味かった。


「私のお母さんが国王のいとこなんですけど、王族でもなんでもない普通の男と結婚したんです。それで、王都から離れた場所で暮らし始めました。だから私も国王とは年に数回会うくらいなので……」


 年に数回しか会ってない割にかなり親しそうに見えたが。

 国王でなくてもハゲおじさんと呼んだら普通は怒られるのに。


「そっか。だけど王族だとは思わなかったなあ。イールのおかげで助かったよ」

「いえいえ! 私の方こそ先生に助けてもらったので、恩返し? ができてよかったです。でも、先生とパーティーになれなくて残念です……」

「パーティーには入れないけど、占いならいつでもしてあげるから」


 そう言うと、それまで比較的大人しかったイールの目が輝き出した。


「ホントですか⁉︎」

「あ、ああ……」もしかすると余計なことを言ったかもしれん。

「じゃあ」


 勢いよく立ち上がるイール。

 彼女は、若干後悔をしている俺の手を握ってきた。さらにその手を豊満な胸に押し当てる。これってわざとなんだろうか。


 そしてイールがキス寸前まで顔を近づけてきて、とんでもない発言を俺にふっかけてきた。


「先生との子作りはいつがいいですか?」

「——⁉︎ ゲホッ! ゲホッ!」


 思わずむせる俺。

 子作り? いつがいい?

 色々と間の工程を飛ばしてないか?


「あ、場所はどこが良いんですかね? 外だと虫が気になるので、できれば宿とか室内がいいんですけど。でも占いで一番良いって出た場所なら、私はどんなとこでも頑張るので!」

「そう……」何を?

「で、いつですか? 結婚を先に済ませた方がいいですか?」

「ま、待って待って。いきなり色々言われても困る。今度占っておくから」


 とりあえず逃げの選択をした。

 いつでも占うと言ったのに、占わないなんて言えない。

 苦し紛れの回答を聞いたイールは、パァッと満開の笑みを浮かべた。


「先生」

「…………なに?」

「約束ですよ。んっ」


 また、キス。

 イールの唇が俺の唇を押し潰す。

 しかも今度は、口の中に舌が侵食してきた。


「んっ。ちゅっ。はあ、んんっ」


 長い。そして抗えない。巨乳美少女からキスをされて拒める男がいるだろうか。少なくとも俺にはできない。拒む理由もない。


 イールは握っていた俺の手を離し、キスをしたまま俺の膝の上に跨ってきた。

 彼女の重みが感じられると同時に、柔らかな身体に包まれる安心感を覚えた。


「せんせ、ちゅっ……。せんせ……」


 舌と舌を絡ませて、何度も何度も唾液を交わし、いやらしい音を響かせる。

 そんな快感を堪能しながら、俺は思った。


 ——何してんだ、俺?

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