第8話 VR世界に閉じ込められがち

 いかがわしい初心者の館から離れること30分程。いかがわしい雰囲気の一帯を後にした俺達は、ひとまず作戦会議をするためにいかがわしくない宿屋を借りることにした。


 ところが、再度俺達はに直面することになるのである。


「いやぁ、参ったな」


 俺がため息混じりに吐き捨てた台詞に一同も頭を抱えながら同意した。


「まさか最初の街に無一文で放り出されるのがここまでハードモードとはね」


 宿屋の前で立ち尽くす男女四人。ついには店の前の段差に腰掛け、今後の方針を決める事にした。一つ気になるとすれば、チサトさんの座り方がコンビニ前に集合した輩のそれそのものだという事だが。


「そもそもナーロウはどこに行ったんだ?」

「ここに着いた時にはもう居なかったよね?」


 アスミが辺りをキョロキョロ見回すが当然のごとく新しい発見は無い。


「提案があるんですけど」


 俺は声の主を目で追いかけた。賢二さんは眼鏡を押し上げながら体育座りで手を上げている。


「なんですか? ケンジさん」

「我々に圧倒的に不足しているモノが二つ!」

「はい」


 俺は少し身を乗り出したが、女子二人は微動だにしない。


「“情報”と“資金”であります! 特に資金の確保は急務! 文字通り死活問題です。故に早急にこれらを掻き集めねば!」

「この世界では、そうなりますね。まあ、いざとなればダイブアウトという手もありますが」

「ナーロウがいない今、セーブが行われているのかどうか怪しいところだけどね」


 チサトさんはジーンズのボトムという事もあって股が完全に開いている。元ヤンか何かか? この人。


「てか、ナーロウがいない今、続ける意味があるのかって感じ」

「あれ? そういえばここに呼ばれてからシステム画面開いた覚え無いな」


 俺はおもむろにシステム画面を開くように頭の中で念じてみたが、いつものように目の前にそれが現れる事は無かった。


「おいおい……。まずいぞ」

「あたしのシステム画面開かないんだけど!」

「あ、僕もですね」

「……私もダメ」


 ダイブアウトはシステム画面から開くメニューを選択しないと実行できない。頭の中で思い浮かべるだけではダメなのだ。


「バグの影響か? 物語としてはありがちだが」

「あ、こっちの世界のステータス画面は開く」


 アスミの前に小さなウインドウが現れたが、それには当然ダイブアウトのメニューの記載は無かった。代わりに、アスミのレベルや職業が記載されているシンプル極まりないもので、一層の不安を掻き立てられた。


「これ、何時間拘束されるんだ?」


 ただ一つの、そして最も重要な疑問。ダイブシステムがいくら養液を清掃してくれるからって連続ダイブにも限度がある。栄養剤だってそう長くは持たないだろう。

 なにより、脳への影響も気になる。このシステム、本来五感で受ける刺激を脳に直接電気信号で送り込むわけだから、それなりに脳への負荷はある。試したことは無いが、精々三日が限度じゃなかろうか。


「俺が聞いた話ではラスボスと四天王は明示されていた。経験から言って最低でも80~100時間、それ以上もありえる。そもそも俺達の目的はバグ取りな訳でイベントをスキップできるとは思えない」


 異世界ファンタジーやゲーム世界閉じ込め系を読んできた(体験してきた)俺のざっくりとした体感ではあるが。


「初期実装の頃、オーバーダイブしたことがあるけどはっきり言ってダイブアウトした後は史上最悪の気分だったわね」

「ちなみにその時は何時間程?」


「五日」


 こともなげに答えるチサトさんとは対照的に俺達はドン引きしていた。ヤバイ、この人超えちゃいけないライン、幅跳びの感覚で飛び越えてる。


「……い、五日間は一応生存確認されてるわけね」


 やっとのことでアスミが言葉を絞り出す。


「いや、頭に飛び込んでくる情報量次第ではその目安も前後する。主人公かモブか、五感をどの程度使うかによって寿命が早まる可能性もある。五日ダイブした時の物語はざっくりどんな感じのですか?」


 そう、俺がボクサーが主人公の物語にダイブした時は3時間後でも軽い眩暈がしたぐらいだ。


「その時ダイブしてたのは……確か……アダルトカテゴリーの……」


「×××が○○○を【NG】【NG】【NG】する話でくぁwせdrftgyふじこlp」


 あー……、ダメダメ。もう既に情報量がエグイ。ざっくりとした説明だけで脳みそが焼き切れそうだ。


「な、なるほど。体感型で五日間程度が限界という事でよさそうですね」


 ケンジさんの眼鏡が曇る。アスミの顔も曇る。俺は雲を見上げる。


「ともかく、クリアに向けて動きつつもナーロウを探さないと大変なことになる」

「情報収集班と資金調達班に分けて行動した方が良さそうね」

「けど、スマホも無い世界でバラバラになって大丈夫なの?」


 言われてみれば確かに。時計も無いし集合場所も決めづらい。離れ離れになって一方に何か緊急事態が発生したら大変だ。メニュー画面が開かないという事はメンバーチャットも出来ないということだからな。


「これは、偏執者の出番という訳だな」


 スキル、又は魔法を偏執クリエイトして通信手段を手に入れるか。ていうか、スキルはまだ生きてるんだろうな? ナーロウがいないと発動しないなんてことになったら完全に詰むぞ。


「ちゃららら~ん♪ちゃっちゃっちゃ~♪」


 全員の冷ややかな視線が突き刺さるが俺は気にせずスキルを発動する。


「『意図念話いとねんわ~』」


「(聞こえますか……あなたの心に……話しかけています……)」

「えっ、何これ気持ち悪っ!」

「(全員にスキルを付与したから相手を思い浮かべて話しかければとりあえず四人の中では会話が可能だ!)」

「(これはなんとも便利なスキルですな!)」

「(じゃ、早速動きましょ! 時間が惜しいわ!)」

「(みんな、馴染むの早っ)」


 通信手段を得た俺達は二手に分かれて行動することに決めた。


 【パーティーはスキル『意図念話いとねんわ』を獲得した!】

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