第44話、駆けていく

「せなちゃん、何が見える」

 貞男は、両目を瞑っている彼女に声をかけた。

「夕方、空き教室……綺麗。私の世界もこんな感じだったのかな……。夜の世界ってこんなに光ってるんだ……。青い海、久しぶりだぁ……。この光って散っていくのは……何の花?」

「花火だね」

「そっか……これが花火かぁ……。ひっく……うぅ……」

「まだ目を開けないで」

「うぅ……うん、大丈夫……私も、開けたくない……」

「綺麗だよね、地球の景色」

「うん……でも、私はこの景色を……破壊するんだ」

「破壊しないよ、大丈夫」

「でも……」

「目を開けて」

 貞男はセイナと目が合った。貞男の目には泣き虫な女の子が映り、セイナの目には優しい顔をした頼れる男の子が映った。

「せなちゃん、【性杯】を僕の前に出して」

「こう……?」

「そう、そして願うんだ。本当の願いを」

「本当の願い……?」

「大丈夫、せなちゃんの願いは絶対に叶う。叶えて見せる。だから、信じて」

「私、信じる……!!」

「うん、じゃあ、いくね……!!」

 貞男の【性杯】から光が放たれていく。その光は瞳を閉じても脳を貫通するような鋭い光で、それでいて暖かな柔らかさを持っていた。

「うぐっ……。鬼童くん、すごい【貞力】……なんなのこの力は……!?」

「貞男っ……! まぶしいっ……!!」

(全てを……ぶつけるッ……!!)


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「こ、こは……?」

「地球だよ」

 目を開けると、そこは地上だった。辺りには何もない、ただっぴろい平原に、月に居た全ての命が転移されていた。

「わぁ……綺麗、地球にはこんなところがあったんだね。多分、私たちの世界にも、きっと……」

「ボクも正直、今知った……。せなちゃんは一体何を願ったの?」

「さっちゃんと、さっちゃんたちと……まだ見たことのない綺麗な景色を見たいな、って」

「それは、いいね……」

「そんなことより鬼童くん、ここ明らかに私たちの元居た場所ではないのだけど……私たちは不法入国者じゃないかしら」

「フホーニューコク……ってなんだ? 地球にはそんなものがあるのか?」

「アカネ、地球には国境って言ってね……」

「国境、この世界でもそんなものはあるんだね」

「国境とか国籍とか、ボクたちにとっては些細なことだけどね。だって……」

「私は【サキュベーター】の末裔だし」

「ワタシはそもそも【サキュベーター】ですらなかったし!」

「俺は地球人と融合した宇宙人で」

「わ、わたしたちは【サキュベーター】で、クラーケンくんは異星の元危険生物」

「そして、せなちゃんは神様で、ボクは遠い過去に滅んだ惑星の、最後の人間」

「あはは……!! そうだね、ここに居る人みーんな、そんな小っちゃい世界に生きてない!」

「でも、そんな小っちゃい世界が美しんだよね、みんな?」

「はぁ……また身の丈に合わないくさいセリフを……でも、今回ばかりは私も鬼童くんに同意するわ」

「うん!! ワタシも賛成!! ワタシも賛成!!」

(サダ……お前の周り随分賑やかになったじゃねえか、やっぱりお前は凄いヤツなんだって、俺は最初から分かってたぜ)

 セイナは大草原を駆ける。失われた少女時代を取り戻すように駆け抜ける。その横にはあの日のままの笑顔を浮かべる貞男も居た。

「お楽しみのところ申し訳ないけど、もうそろそろ帰国の手段を考えないといけないと思うの」

「レイコ! せっかくの再会なんだからもうちょっとだけ貞男たちに良い思いさせてあげろ!」

「アカネ、いいんだよ。ボクたちの時間はまだまだこれから、十分にあるんだから、ね?」

「うん!」

 セイナは幼い笑顔を浮かべ、貞男の手を強く握った。

「おっ、感動の再会シーンはもう終わりか? じゃあ、俺の変身復活してるからみんなで乗ってくれ!!」

「えっ、忠成くんの背中の上に……大丈夫かなぁ」

「大丈夫、タイマー星人に慣性の法則は無い!!」

 月から帰還した貞男たちと、地球にやって来た【サキュベーター】たち、槍山ロボットはそれらを背中に乗せて飛び立った。

 ……いくつかの領空を通過したため、スクランブルの戦闘機や対空ミサイルが飛んできたことは言うまでもないが。

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