第3話、紅葉アカネ襲来!!

 修行が始まってから、一週間経ったが……結論から言うと、貞男は「弱かった」いや、「弱い」、「弱い」、「弱すぎる」、同級生の女子相手に、一応男子であったはずの貞男は手も足も出ない。顔だろうが口だろうが腹だろうが何も出てないので、最早虚無、ゴミクズであった。

「どうしたの、鬼童くん? 私としては、ちょっとは強くなってもらわないと困るのだけど……」

「ハァッ……ハァッ……」

精根尽きた貞男は槍に見立てた棒きれと一緒に、棒切れになって床に這いつくばった。

(ヤバい、無理だ……高嶺さん、強すぎる。もう一週間なのに、マトモに戦ったら、息も、くっ、苦しい……)

(というか、【貞力】とか【貞器】とか言いつつ、ただの槍術じゃん!あんなオカルト話聞かされて実際やらされるのが武術だなんて、聞いてないよ……)

(ん? 待てよ……)

「そういえば、高嶺さん」

「なにかしら」

「僕がこうやって戦う訓練をする必要って、ある?」

「あるわ」

「なんで」

「【サキュベーター】は何も誘惑だけで【貞力】を奪いに来るわけじゃない。あなたのひ弱な力じゃ、女の子に押し倒されても押し返せないでしょう」

「たしかに……」

(まぁ、そんなシチュエーションは役得だけど)

「それに、【サキュベーター】達は私たち地球人より遥かに強いの、だから【貞器】を使って対抗する」

「【貞器】があれば、【サキュベーター】って奴らにも勝てるの?」

「そうとは限らないわ。むしろ【貞器】が無ければ対等ですらないの、彼女たちも【貞器】を使えるから」

「【サキュベーター】も【貞器】を……ということは、【貞力】も?」

「そう、むしろ【貞力】という物自体、もともとは地球外からやってきたもので、地球の人間は一部しか使えないはずなの」

「その力を、なんで僕が……」

「はぁ……あなたがハイハイアカチャンになってた時に言ったはずなんだけどな……いい? あなたは───」


パリイイイイイイイイイイン!


突如、窓ガラスが割れる。

「ヒャッハー!! 最後の一線をぶち破れー‼」

「ッ……!? 結界を張っていたはずなのに……!!」

「いや結界は初めて聞いたんですけど!? というかキミは誰!?」


ガラス交じりの砂埃が晴れていくと、彼女のその赤い輪郭が徐々に明らかになっていった。赤いポニーテール、赤い瞳、赤いタンクトップ、赤いジャケット、赤いミニスカート、赤いニーソックス、赤いスニーカー、何もかもが赤い少女がそこに立っていた。

 一般的に赤は膨張色とされているが、彼女の場合は出るところがさらに出ているように見せ、丈の短いタンクトップはヘソが出ているし、スカートは短すぎるため、露出部分は逆に細く見せていた。

「……ワタシは、【サキュベーター】紅葉アカネ‼お前の【童貞】を、食い散らかす者だー!!」

「あっ、赤い!!」

(パンツまで赤かった……!)

「ついに奴らが到着してしまったのね」

「高嶺さん……!!」

「えぇ、私に任せて」


高嶺さんが呪文を唱える、すると【勝利の槍】が現れる。

「ほう、グングニルか。しかし、お前が使う【貞器】より、ワタシの【貞器】の方がずっと強いぞ」

「───ピストン・スパンキング・ピストン・ドエムティクス───」

「───打ち付けよ、トールハマー!」


バチコオオオオオオオオオオン!


アカネの手元に【破壊の鎚】が現れる。巨大な金槌のようなものだ。大きすぎるため、人間が持っていればパーティーグッズの軽いピコピコハンマーだろうと思う代物だが、彼女は【サキュベーター】で、人間には想像できない力を持っていた。そして、その【貞器】は数トンの重さを誇っており、地球上のすべての建造物を粉砕できるほどのパワーを秘めていた。

「何を言っているの? 同じ出自の【貞器】、私の方が格上なはずだけども……」

「お前が使うから、弱いって、ことだあああああああああああ!!」


バゴオオオオオオオオオオオオオン!!


一振りで教室が粉砕される。この威力なら校舎さえ一溜まりも無いはずだ。

(まぁ、ボクとして学校が無くなっても……)

 しかし、目の前にあったのはがれきの山ではなく、アニメのエンディングでよくあるウユニ塩湖みたいな謎の空間だった。

「わっ、アニメで出てくるウユニ塩湖みたいな謎の空間……!?」

「何……? アニメ……? ここは私が作った結界だから、学校の心配はしなくていいわ。どれだけ暴れても、こうやって仮想の壁紙が剥がれてしまうだけ」

「そうなんですね」

「さっきは初耳情報でびっくりしてたのに、急につまらなそうなリアクション取るのね」

「そんなことないですよ」

「戦闘中にっ!! 雑談ッ!! すなーーーーッッ!!」


ズドオオオオオオオオオン!


「た、高嶺さーん!?」

アカネが全力フルスイングでレイコを仕留めにかかった。レイコは【勝利の槍】で辛うじて攻撃を防いだが、吹き飛んだ彼女はどう見ても重傷で、戦う力はもう無さそうだった。

「そ、そんな……ボクが急にアニメで出てくるウユニ塩湖みたいな謎の空間とか言ってしまったがために……集中力を失って……ボクがウユニ塩湖みたいな謎の空間とか言わなければ……ウユニ塩湖みたいな謎の空間に気を取られることなく、ウユニ塩湖みたいな謎の空間さんはこんなことにならなかったんだ……」

「????????? なにコイツ?????? まぁ、いっか。とりあえずこの邪魔な女は縛っといちゃおー、っと!」


ジャランジャランジャランジャラン!


アカネがレイコに手を向けると、空中から半透明な鎖のようなものが出現した。ボロボロになったレイコの手足に鎖のようなものが巻き付いていく。それを見た貞男は……



───僕は、ただ、そこで見ていることしかできなかった。

 壁に打ち付けられ、制服がボロボロになった高嶺さんがぐったりとしている。四肢に巻き付けられた鎖は外側に伸びていて、特に両脚には、太腿、膝、足首と、徹底的に自由と尊厳を縛り付けるために過剰なまでの拘束を強いていた。


「アハハハハ! 口ほどには無かったね【貞器】使いのお姉ちゃん!」

「くっ……。鬼童くん、逃げて……!!」

「残念! 私はすでに結界を再発生させて、この空間を別次元に固定済み!! そこの【童貞】はもう逃げられないよ!!」

「そんな……っ!!」

満身創痍の高嶺さんが紅葉を睨みつける。

「なに? その顔、まだ上下関係、理解してないんだ? まぁ、いいや。理解するまで、分からせちゃうもんね! どうせそこの【童貞】は何もできないし、後回し!」


僕の身体は高嶺さんと違って、まだまだ動くはずだった。しかし、恐怖に竦んだ両脚は動かず、心臓の音がバクバクと警告音を発している。

(こんな相手と、戦えないよ……)

アカネが僕を一瞥する。それだけで僕は床にしりもちをついてしまった。

「じゃあ、お楽しみだね。【貞器】使いのお姉さん? 名前は……えーっと、レイコ! そう、レイコだ。た~っぷり、可愛がってやるからね」

「何を……ッ!?」

 鼻息を荒くしたアカネは、力任せに高嶺さんの制服を引き裂いた。いくら先ほどの戦闘でボロボロになっていたとはいえ、普通の女の子の力ではこんな簡単に布を引き裂くことはできないはずだ。【サキュベーター】である彼女と、ただの【童貞】でしかない僕の力の差がどれほどあるかをまざまざと見せつけられる。

「私だってさぁ、好きで【童貞】を狩りたいわけじゃないんだよね……本当は、アンタみたいな弱っちくて、可愛い女の子を相手にしたいって訳さ」

「さっきから何を……んっ!!」


アカネの紅い唇が、高嶺さんの唇に重なる。

 高嶺さんは身をよじって交わそうとするが、アカネは逃避を許さない。二人の顔が離れる度、何度も何度も熱い接吻をした。高嶺さんは必死に空気を求めたが、アカネは息をする暇さえ与えない。二人の鼻息の荒さが次第に強くなっていく。

 アカネは高嶺さんの抵抗が弱まったタイミングで、次の攻撃を繰り出す。舌による咥内の愛撫である。虫歯一つない高嶺さんの口、生えそろった高貴な歯、誰も見たことが無い神秘の舌、それらが淫靡に蠢く天敵に蹂躙されていく。

 くぐもった声が閉鎖された空間に響く。ちゅぱちゅぱという音が閉鎖された空間に響く。僕はただただ、その音を聞くことと、その光景を見続けることしかできない。どうしようもない無力感と裏腹に、どこか興奮してしまっている自分自身に嫌悪感を抱く。

 酸欠気味で思考が回っていない高嶺さんの顔は紅潮していて、だらしなく開いた口からはもう誰のものだか分からない涎が垂れていた。

何から何まで、高嶺さんはアカネの色に染められてしまったように見えた。あの気高い高嶺さんが、強く美しい高嶺さんが、【サキュベーター】相手にはただの雌でしかなかったのだ。

「それじゃあ、次、行くね」

アカネは、彼女の腕の中で震える高嶺さんの耳元で囁く。そして背中に腕を回し、下着のホックを外すと……


───「そこからは、年齢制限が付いちゃうでしょおおおおおおお!!」


シュイイイイイイイイイイイイイン!


「な、何の光ッ!? というか年齢制限って何だ!?」

「鬼童くん……!?」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


貞男の下腹部が光り出す。それは【性杯】、溢れ出すのは燃え滾る【リビドー】、この場において、いや、地球上において……違うッ……!! 全宇宙の中で、彼の【色欲】は……。


「ボクが、一番キモいし、一番エロい……ッ!!」

「そ、そんな馬鹿な……鬼童貞男、アイツはまだ【貞力】を使いこなしていなかったはず……ッ!!」

「ふふっ、なんだかんだでやるときはやる男なのね、見直したわ」

「ありがとうございます、高嶺さん。ボクは最強です。任せてください」

「【性杯】……噂には聞いていたが、果たしてどれ程のモノか……見せてもらおうじゃねえか!! おらぁ!!」

「ふんっ」

「な、何でッ!? 素手で私の【貞器】を……【破壊の鎚】を食い止めた……!!」

「トール……なんだっけ? そのカナヅチモドキ、確かに強いね。エネルギーは質量と等価だから、大きければ大きいほど威力は強くなる」

(鬼童くん、この前の物理の授業内容を覚えてるなんて、【性杯】、まさか知能を高める効果まで……っ!?)

「えーっと、つまりデカければデカいほど良い、おっぱいと一緒でね」

「馬鹿なの???」

「馬鹿じゃん!」

「でも、質量がエネルギーと等価だとか、そんなもの、今は関係ないんだ」

(えっ、もしかして鬼童くん習ったばかりの知識をひけらかしたかっただけ??)

「ボクは【性杯】に願った。キミの【貞器】の質量は今、キミの質量と入れ替わっているはずだよ」

「そ、そんな……もしかして、ワタシの体重は今……うわあああああああああ!!」

「見たところ、君の体格は……163cm49kg、スリーサイズは……」

「鬼童くん、さすがに敵でもそこまで言うとセクハラよ、気持ち悪いわ」

「……とにかく、今のキミはデ……」

「いや、重さが入れ替わっただけで太った訳ではないでしょ」

「こ、これで勝ったと思うなよー!!」

(それで引いちゃうの!?)

「フフフ、作戦通り」

(なんで鬼童くんはそこでドヤ顔できるの!?)

「高嶺さん、見てた? ボクの知的なところ」

「いや、全然馬鹿だったけど……相手も馬鹿でよかったわ」

「ボク、高嶺さんの役に立てたよね?」

「……そうね、そもそも私があなたの【童貞】を守る立場にあるのだから、助けられて不本意ではあったのだけど……」

 レイコは貞男に一礼する。

「ありがとう。助かったわ」

「これからは戦力になるから、任せて」

「いいえ、ここからが勝負よ。鬼童くん」

「勝負……って?」

「あなたの【童貞】を力づくで奪うことができないと気付いた【サキュベーター】達は、今度こそ彼女たちの本領を発揮しに来るはずよ。そもそも、あのアカネとか言う子が猪突猛進で来たこと自体想定外だったのだけど……」

「【サキュベーター】の本領と言うと?」

「色仕掛けよ。あなたはこれから、色々な女の子から、色々なアプローチを受けることになるの」

「モテ期来たああああああああああ!!」

レイコはとりあえず一発、蹴りを入れた。


───翌日


 レイコは怪我の影響で数日休むことになったが、特に怪我も無かった貞男は普段通りに登校した。

(そういえば、あの時の妄想ってどこまでが本当だったんだろう)

 貞男は昨日のことを思い出した。膨大な【貞力】を生み出したあの妄想は、本当に妄想だったのか? 明晰夢よりより明晰に、あの時の感覚を覚えている。上気し肩を震わせるレイコ、それは戦闘の激しさによるものだったのか、それとも……。

「えー、今日は転校生を紹介する」

(珍しいな、転校生か。び、美少女だったら嬉しいな……)


ざわ……ざわ……


 教室がざわつく。小学校や中学校ならいざ知らず、ここは高校で、転校なんてめったにないはずだ。アニメや漫画の中でしか見たことのないイベントは、とんでもない一大行事のように思えた。

「入りなさい」


ガラガラガラガラ


 引き戸が開く。

 赤い髪がたなびく。

 ……赤い?

「……!? あの子は【サキュベーター】の……!!」

「どうもー!! 紅葉アカネでーす!! 今日から、ワタシも性愛高校生徒でーす!! よろしくな!!」

 貞男のモテ期は、一筋縄ではいかなそうだった。

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