僕の【童貞】が全宇宙に狙われているッ!? ~猥褻妄想ファイター鬼童貞男、ソラへ~

青昇龍優太郎

第1話、僕の童貞が……地球を滅ぼす!?

 放課後の空き教室に、彼女は居た。


 窓から注ぐ夕焼けのスポットライトを浴びる彼女は、最初からそこに存在していたかのように、古の彫刻作品のような立ち振る舞いで、そこに居た。


 彼女の長い黒髪は清純を、彼女のすらりとした脚は節制を、彼女の大きな胸は官能を……彼女を構成する全てが「美しさ」であり、たった一つ欠けることも許されないように思えた。あるいは、たった一つ「不純物」がそこにあることさえも許されないのかもしれない。


 放課後の空き教室に、彼は居た。


冴えない男で、何のとりえも無い男だ。


 髪の毛はボサボサで、身長は女子の平均くらいしかない。さらに身体が弱く、筋力も弱い。勉強もできなければ、人並みのコミュニケーション能力すらない。

そんな彼は何故か、稀代の美少女と同じ空間に居た。


 あまりにも不釣り合いな二人の密会、考えうる全ての可能性への期待に、彼の心臓は大きく高鳴り、地面に吸い込まれていくような感覚に気が狂いそうになっていた。しかし、彼女から発された言葉は、彼の想像からは大きくかけ離れ、そして彼にとっては絶望の宣告となるのだった。

「鬼童くん……残念だけど、あなたはこの学校生活が終わるまではずっと【童貞】を卒業できないわ」



───【童貞】、性行為を行ったことが無い男性はそう呼ばれている。


 高校二年生彼女ナシ、スポーツも勉強もイマイチ、女の子と目を合わすことすらできなかった鬼童貞男は、当然【童貞】だった。

 身体は小柄で中学生と間違われることも多く、男として見られることも無い。友達は男しか居ないうえ、その数も多くない。できるだけ目立たないように生きるため、前髪を伸ばして目元を隠しているのもさらに陰気な雰囲気を加速させていた。このバラ色とは程遠い高校生活の中で、彼は童貞卒業を諦めつつも、チャンスがあればやってやるぞという気持ちで生きていた。今日までは……。

「はぁ……」

 貞男は大きくため息をついた。今日はテストの返却日だった。学校の掲示板には成績が貼り出される。彼の成績は全く良くなかったが、平均より少し劣るという程度であった。しかし、その微妙なところが彼の目立たなさをさらに加速させていた。

 一方で、成績上位の人間を見ると、どれも学校生活を謳歌している者ばかりだった。天は二物を与えずとは言うが、一部の「ガリ勉」と呼ばれる人間を除いてほとんどの成績上位者は貞男よりはパッとした人間で、彼女が居たり彼氏が居たりした。

(今日も結局女の子に喋りかけられなかったし、こんなボクが喋りかけたところで、なぁ……)

 意気消沈して俯いていた彼の横を、ふわりとしたいい香りが通り過ぎた。

(高嶺さん……!?)


 高嶺レイコ、この性愛学園高等学校では誰もが憧れる「完璧」な女子だ。端正な顔立ちに人形のような長い髪、すらりと伸びた長い脚はモデルにだって負けないし、一挙一動の全てから気品が漂っている。それもそのはず、実家はここらでは知られた名家で、性格までも美人だと評判になっている、冴えない童貞男には到底釣り合わない美少女だ。そんな彼女に彼は、何を思ったか話しかけようと思ってしまったのだ。

「あっ、あの……」

「なにかしら」

「あの……すごくいいにおいですねッ!!」

「……あら、ありがとう。嬉しいわ」

 レイコは彼に少しだけ頭を下げて立ち去ろうとした。彼女の取り巻き達が何やら騒がしかったが、舞い上がってしまった彼はもう何も聞こえなかったようだ。貞男は顔を真っ赤に染めて、玄関口に向かった。しかし、レイコは「待って」と彼を呼び止めた。

「た、高嶺さん!?」

「空き教室、16時35分、時間厳守、遅れても早くても駄目」

レイコが貞男に耳打ちする。凄く良い匂いだと思った。

「えっ……それってどういうこと……?」

彼がそう聞き返そうとすると、レイコはいつの間にか居なくなっていた。そして、今に至る訳だ───。



───16時35分、空き教室


「ぼ、ボクが学校生活終わるまで、ずっと童貞って……どういうこと!?」

「あら、意外ね。もしかして、本当に女の子と付き合えるとか思ってたの? あなた、絶対モテないわよ」

「でっ、でもっ、放課後の空き教室で待ち合わせなんて……」

「もしかして私があなたと付き合うとでも? 面識もないのにいきなり体臭を嗅いできて良い匂いとか言ってくる気持ち悪い男子に、私が惚れたとでも!?」

(よく考えたら滅茶苦茶キモいな、ボク……)

「ところでなんで高嶺さんはそんな分かりきったことをわざわざ言うためにボクを呼び出したの? どうせボクなんてキモ過ぎるし誰とも付き合えないことなんて分かり切ったことなんですけどそんなキモ過ぎモテな過ぎヤバ過ぎの負け組で漢のどうしようもないダサ男の鬼童貞男君をいじめるためだけに呼んだんでスギか?」

「スギスギうるさいわね……。まずは早口で自分を卑下するのはやめなさい。そうやって自分の考えをまとめて喋ることができないような男じゃなければ……」

「はい……」

「まぁ、いいわ。これからあなたにモテ期が来るわ。それも特大の」

「えっ!?」

「嬉しそうな顔しないの、いい? モテると言っても、あなたが想像する『モテ期」とは全く別物なの。そう、今からモテるのは、全て【偽り】。鬼童くん、あなたの【童貞】を奪うためだけの力任せな行為や、ただの演技に過ぎないの、あなたは何があっても自分の貞操を守り抜きなさい」

「えっ、嫌だ」

「嫌だじゃないんです。あなたの童貞には、地球の命運が掛かっています!」

「地球の命運……?」

「いきなり言われても分からないでしょうね。まぁ、いいわ……。とりあえず、私の力を見て」

「力……?」

「スッケーベ・スケスーケ・エロイッサム・ペロッペロ───」


レイコは空中に右手をかざし、何やら小声で呟きだした。その呟きはどこか別世界の魔法の詠唱のように見えた。詠唱が進むと、その右腕の付近から網膜を焼くような強い光が放たれていった。

「───深淵より、屹立せよ!!グングニル……!」


ギュイイイイイイイイイイイイイン!!


 レイコが叫ぶと、何もなかった空間が光り出した。光が収まると、レイコの背丈ほどの大きさの槍がまるで手品のように、そこにあった。

「た、た、高嶺さん!? 銃刀法違反ですよ!」

「突っ込むところはそこじゃないでしょ」

「いい? 鬼童くん、今私が使った力は、高嶺家に代々伝わる【召喚の儀】、そしてそれによって呼び起こされた【貞器】は【勝利の槍】……私たちは【大妖性】と取引して、【貞器】を使うことができるの、そして宇宙からの外敵、【サキュベーター】と戦ってきたのよ」

「私たち……? ダイヨウセイ……? 宇宙……?」


 貞男は、何が何だか分からなかった。そもそも、何故自分が童貞を守らなければいけないかという話だったのに、何故か目の前で超常現象を見せられた挙句、オカルト雑誌並の頓珍漢をぶつけられた。さすがに彼でなくても理解できないと思うのだが、レイコもレイコで呆然とする貞男に苛立っていた。

(なんか高嶺さん顔怖いし、分かった風で乗り切ろう……)


 彼女はまくし立てるように、SFだかファンタジーだか分からない世界の設定を語った。貞男は何も分からないので、とりあえず聞き流すことにした。

「───鬼童くんは私が持つ力と同じ力を持っている。私たちはその力を【貞力】と呼んでいるわ」

「はい」

「今地球には【サキュベーター】達がやってきていて、あなたの【童貞】が奪われてしまえば、【貞力】が盗まれてしまう。あなたの【貞力】は地球を支配したり破壊したりするのに必要な【貞力】をはるかに上回る程の力なの」

「はい」

「あなたの【貞力】が奪われてしまえば、地球なんて簡単に支配されてしまうわ……」

「はい」

「でも大丈夫、あなたが【童貞】を守り抜けば……」

「はい」

「……」

「はい」

「鬼童くん、鎌倉幕府が開かれたのはいつ?」

「はい」

「私のプリン食べたの、あなた?」

「はい」

「はぁ……」

「はい」

「……ていりゃっ!」

「イっ……ファッィッッツ……!!??」

 レイコは槍の柄を思いっきり彼の横っ腹に突き刺した。

「あなたに地球の命運がかかっているって言ったばかりなのに……」

「ウッ、スッ、ズミマデン……」

「とにかく、明日からは気を引き締めて。誘惑に負けないで。絶対に、童貞を失っちゃダメよ、良い?」

「は、はい……」

「フンッ!」

「うげぇえええ!!」

 レイコはとりあえず、もう一発入れておいた。

「あっ、そうだ。鬼童くん。明日からは【貞力】の力の鍛錬をするから、また同じ時間、同じ場所で集合ね」

(行きたくないけど、行かなかったら……)

「分かってる、よね?」

 地べたに這いつくばる貞男は、息ができないのでとりあえず跳ねて意思表示をした。

「おりゃっ!」

「ひでぶううううううううう!」

やっぱりもう一発、強烈な一撃を入れられたのだった。

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