第47話 赤裸々すぎる愛の告白


「……ごめんソール、よく聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」


 サリーチェの返しに、ソールは固まった。


 このまま、何も言わずにサリーチェと離れ離れになるのは誠実ではない――全てを言わなければ、と思っていたがいざ実際サリーチェを前にするとソールは『私は君のゲスい所が大好きだったんだ』とハッキリと言えなかった。


 ふわりと風が撫でつける中、聞き耳を立てている周囲に恥ずかしい告白を聞かれたくなかった、という気持ちもある。結果、肝心な所だけ小声になってしまった。


「私は、君の……良いも悪いも素直に曝け出す正直な姿にどうしようもなく惹かれるんだ」


 なるべく、良い方向に言い換えられないかとソールは言葉を変えてみるがサリーチェの反応は悪い。半目でジトッとした眼差しで睨みつけられてしまう。


「……自信満々で人を見下す小者の振る舞いで、良いも悪いも考えている事が顔に出ていて非常に分かりやすくて、相手の裏を読む必要なく接する事が出来て凄く楽って言ってたもんね。つまり、あたしを馬鹿にして笑ってるのよね?」

「そうだな……それだけ聞けば、馬鹿にしてると思われても仕方ないが」

「馬鹿にしてるのよね?」


 サリーチェの聞くからに棘を感じる言葉にソールは閉口した。自分の性癖を綺麗に取り繕って言ってみた所で、サリーチェには全く伝わらない。


 元々『愛すべきお馬鹿さん』という致命的な言葉を聞かれてしまっているから、というのもあるのだが、たとえ聞かれていなくたって今の言葉だって喜ぶ女性はそうはいないだろう。


 もはや、取り繕わずに自分が抱くありのままの感情をぶつけるしかない。ただ――こんな場所でそれを言えば自分の名誉を致命的に貶める行為になる。


 女はサリーチェ以外にも山程いる。侯爵として、どう考えてもここは自分の名誉を選ぶべきなのだろう。

 サリーチェだって、また新しい出会いがあるかもしれない。本当に、彼女の良い面に惹かれて愛し合える相手に出会えるかもしれない。


 全てを打ち明けた所で手に入る確証もないのにこんな所で、ただ自分の名誉を貶めるのは悪手でしかない――その事を一番理解しているのはソールである。


 見返りを求めず、ただ、相手が幸せになってほしい、その為なら努力を惜しまない――彼の心の中には確かにその気持ちが、サリーチェの幸せを願う本物の『愛』がある。

 人が皆『愛』だけで物事を判断できる生き物であれば、この場で取る選択肢は一つしかない。



 ――――しかし。『恋』とは、人に幸せをもたらす代わりに知性を奪うものである。



「……ああ、馬鹿にしているさ!!」


 ソールは力強い発言がサリーチェの心に刺さる。サリーチェがその痛みに顔を歪ませる前にソールは堰を切ったように言葉を続けた。


「だが、けして君が思ってるような悪い意味じゃない……!! 私は心から馬鹿な君が素敵だと思うし、君の事を考えると心が物凄くドキドキするんだ!! 自由奔放で、欲に忠実で、本能のままに動く君が可愛らしくて、大好きなんだ……!!」


 ソールの慕情も愛情も常人のそれと変わらない。ただ、惚れた理由が多くの人に理解されないだけで。

 相手を知りたい、相手に自分を選んで欲しい、自分だけを見て欲しいという慕情や独占欲も、自分が一番彼女を幸せにできるという自信も、本物の愛情と共にソールの中にある。


 ソールは不安も、勇気も、今目の前の彼女に抱く全ての感情を込めてサリーチェを見つめる。

 そしてサリーチェが困惑の表情を浮かべた瞬間、それが軽蔑の表情に変わる前にソールは視線をそらした。


「分かっている……私の性癖は誰からも認められるものではないと……今みたいに君に困惑の視線を向けられた後、軽蔑の視線を向けられて……何もかも終わると、分かっていたんだ。だから、言えなかった……!!」

「そ、ソール……?」


 サリーチェの戸惑いの声がソールに聞こえたのかどうか分からないまま、ソールは苛烈な独白を続ける。


「笑顔だって悪い顔だって、同じ顔で作られてるんだからゲスい表情に惹かれたって良いじゃないか……!! 何故好きな理由を正直に言ったら軽蔑の視線を向けられなければならない!? 綺麗で美しい笑顔に惚れなければ駄目なのか!? 人間の汚い部分が滲み出てる笑顔に惚れたら愛と言えないのか!? 一生傍にいてほしいと思う気持ちも、君を守りたいと思う気持ちも、抱きしめたい、抱きたいと思う気持ちも同じはずなのに、心昂ぶるポイントがおかしいだけで全て否定されなければならないのか!?」

「ソール、ね、ねぇ、ちょっと、落ち着いて……」


 サリーチェが呼びかけてみても、ソールには届いていないようだ。何だかもう最後まで言わせてあげた方が良いのかもしれない――とサリーチェの頭に諦めが過り始めた。


「先程のパーティーでは実に良い笑顔を見せてもらった……君の、小さな体で目一杯人を見下そうとする態度、そして悦に浸った笑顔を見て私は確信した……私は、君を愛している……!!」

「ちょっと待って、そんな顔で愛を確信しないでくれない!?」

「人が嫌がらせしたり悪巧みしているような表情にときめくんだから仕方ないだろう!? 特に黙っていてもリスのように可愛らしい君がゲスい表情や仕草をしていると、ついつい見惚れてしまう……! そして君の悲しそうな顔を見ると、君の小さな心が傷んでいると思うと、私だって胸が痛む……!!」


 やっと反応したかと思えば更に赤裸々な発言を重ねられる。サリーチェはドン引きすると同時に、周囲の兵士達もドン引きしている事に気づく。


(駄目……このまま叫ばせてたらソールの未来が終わっちゃう……!!)


 サリーチェが事態を把握する間にもソールの熱い独白は続けられる。


「再会した時、君が全然そういう表情を見せてくれなかったから調子に乗らせようと尽くしたのは事実だ……!! だがそれは私が君の元気な姿が見たかったからだし、その後に突き落とそうとか微塵も考えてもなかった……!! 君が私に意地の悪そうな笑顔をみせてくれれば、彼らに嫌味を浴びせて悦に浸ってくれれば、それだけで良かったんだ……!!」


「ソール、分かった、分かったから……!!」


「何なら『あたし、こいつらに酷い事されたの!』って私に向かって泣いて訴えてあいつらを処罰しろと言ってくれても良かった……!! いや、むしろ、言ってほしかった……!!」


「ソール、もう十分分かったから黙ってよぉ……!! このままだと貴方、ここの人達から変態扱いされちゃうからぁ……!!」


「いいや、この際だ、全部言わせてくれ……!! 私はこの性癖が知られる事が恥ずかしくて貴族学校時代に君に想いを打ち明ける事はおろか、君に近づく事すらしなかった……!! 君はとても可愛いのに、何故君なのか、と言われた時に私は返す言葉が思いつかなかったから……!!」


 『君を好きになった理由を聞かれた時に返す言葉が思いつかない』とまで言われてサリーチェはちょっぴり傷ついたが、事情は大体把握できたし、何より今はもうそれどころではない。


「だが……そうやって自分に言い訳して君を眺める事しかしなかった結果、私の想いを察した奴らが君を利用し、貶めた……全ては私が、君に想いを打ち明けないくせに君を眺め続けてしまったから起きた事だ……!!」


 サリーチェはぽかんとした顔でソールを見つめる。


「君がこれまで苦しんできた事を思えば、私の『性癖がおかしい』程度の悪評など、ちっぽけな事にこだわったばかりに……そんな事気にせずにもっと早く君に想いを打ち明けていれば良かった……本当に済まなかった……!!」


 その言葉を最後に、沈黙が漂う。


 赤裸々過ぎる愛の告白と謝罪を受けて一体どういう言葉を返せば良いのかさっぱり分からないサリーチェだったが――ただ一つ、言える事があった


「……別に、あたしが酷い目にあったのはあいつらに目をつけられたからってだけで、ソールが悪い訳じゃないでしょ」

「しかし、あいつらが君を」

「……ソールがあたしの事好きじゃなくても、きっとあたし、あいつらに利用されて多分ブリアード王国で廃人にされて死んでたと思う。ソールがあたしの事好きだったから、あいつらはわざわざこの国に呼び戻して……結果的にあたしは助かったって事でしょ?」


 サリーチェの言う通り、事の発端がソールにあるのは間違いない。そして、そうでなければサリーチェは今、この国にはいなかっただろう。


「それなら、ソールはあたしの命の恩人じゃない。あたしを好きだった事に罪悪感なんて抱かないでよ!」


 悪党達の完全犯罪を防げたのはソールがサリーチェに想いを寄せていたからに他ならない訳で、想いを寄せられずに異国で死んでる未来と、今――どちらが良かったかなんて一目瞭然である。


 だからサリーチェなりに素直に感謝を伝えたつもりなのだが――ソールからとても湿っぽい雰囲気が漂う。

 どうやら少し冷静になり、自分の発言を思い返して大分羞恥心に襲われているようだ。


「……あーあ、もう、やめてよね! あたしが好きなのはクールでカッコいいソールなんだから!! こういう時だってカッコよく決めてくれないと嫌なんだけど!」

「すまない……そうするように心がけたのだが、君が聞く耳を持たないのでこれはもう包み隠さず本心を話すしかないと」

「うるさい!! 人が喋ってる時に余計な事言わなくていいから!!」

「すまない」


 ソールの力ない謝罪にため息をつきながら視線を落としたサリーチェは先程外したリボンに気づく。

 そして指先でそれをフワリと浮かばせて手に取る。


 ソールが自分に惚れた理由は、どう前向きに考えても気持ちの良いものではない。でも。


――君は私の傍にいてくれるだけでいい。それだけで私は癒やされるし、頑張れるんだ――


 その言葉はソールの本心だったのだ。このリボンを身に着けた自分にとても似合うと、ありがとうと言ってくれたソールの気持ちは本物だったのだ。


 これまでソールが自分に尽くしてくれた姿を思い返しながら、サリーチェは自分の頭にリボンをつけ直した。


「サリーチェ……?」

「……貴方があたしを突き飛ばすつもりじゃなかったんなら、別に……あたしも、逃げる理由、ないし……逃げる理由がないなら、ソールからもらったリボン、付けない理由もないし……」


 真っ赤な顔のサリーチェはソールから視線をそむけてブツブツと言いながら言葉を濁らせる。ソールにとってはそんなサリーチェがやはりたまらなく愛しく感じる。


「でも、あたし悪くないもん……ソールが変な言い方するのが悪いんだから……ソールの性癖が悪いんだから……」

「ああ、全て私が悪い。私も君のようにもっと正直に話せば良かった。すまなかった」


 本音を言えば、突然いなくなったサリーチェにどれだけ自分が心配したか伝えたかったが、それは彼女の判断を責めてしまう事になる。


 だがサリーチェが本当に自分は悪くないと思っているかどうかなんて、彼女の表情や口調を見ていれば分かる。罪悪感を更に刺激するような事はしたくない。


 何より、自分自身がずっと隠してきた事を最悪の形で突き付けられた彼女がまだこの場に残る選択をしてくれた事にソールは心の底から感謝した。


 抱えていた不安から解放され表情が自然と緩んだソールはもう一度、サリーチェに対して手を差し出し、穏やかな声で優しく確認する。


「……一緒に戻ってくれるか? サリーチェ」

「一緒に戻りたい気持ちはあるんだけど……さっき足痛めちゃったから、治癒師呼んでくれる?」


 そこでようやくサリーチェが足を痛めている事に気づいたソールは、つくづく自分の至らなさを反省しながらサリーチェをお姫様抱っこのように抱えた。


「運んだ方が早く治療できるからな。嫌だったら降ろすが……?」

「べ、別にあたしは嫌じゃない、けど……ソールは良いの?」


 サリーチェが周囲を見回すと、やっぱり戸惑いの表情を浮かべている兵士や騎士の方が多い。

 

「余計なお世話かもしれないけど、さっきの貴方の独白もそうだけど、こんな事したら貴方の名誉って言うか威厳と言うか、そういう大事な物が失われてしまうんじゃ……」

「愚問だな、サリーチェ……君に全てを告白した時点でそれらを失う事くらい覚悟している」

「……ごめんなさい」

「いや、何も謝る必要はない。失ったものは取り戻せばいいだけの話だからな」


 サラッと言ってのけるソールにサリーチェの心臓が大きく高鳴る。

 どれだけ情けない姿を見せられても、やっぱりカッコいい姿を見せられてしまってはドキドキと脈打つものがある訳で。


 ソールが惚れた理由がどうであれ、ソールの自分への愛が続く限り、自分を大切にしてくれる限り、自分の中にあるソールへの想いは消えないのだろうなとサリーチェはぼんやりと思う。


「サリーチェ……私はこんな事で名が貶められるような人間ではないから安心してくれ。一生3食デザート付きの優雅な生活を君に捧げると約束する」


 先程暴走して性癖を暴露した男とは思えない位余裕綽々のソールの笑顔を向けられ、サリーチェはうっとりと見惚れた。


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