すてきなおうち
五木林
すてきなおうち
鍋山くんの家に招待された。彼とは特別仲が良い訳ではないが、隣の席のよしみである。
鍋山くんは、小学五年生の平均より少し背が低く、平均から大きく外れて薄汚い。お風呂にあまり入らないらしい。家庭環境が原因であるとはいえ、クラスメイトからは好かれない。隣の席の私でさえ皆に距離を置かれている。じきに児童相談所が来るよと皆が言うが、私は先に保健所が来るのではないかと思っている。勿論、こんなひどいこと誰にも言わないのだけれど。
鍋山くんの家は団地にあるのだが、その団地には入らずに、近くの人通りの少なそうな路端で立ち止まった。彼はどこかから先端の曲がった棒を持ってくると、マンホールの蓋を開けた。彼の体重と同じくらいの重さであろう蓋を易々と持ち上げたのだ。きょとんとしている私に彼は、
「ちょっと待ってて」
と言うと、梯子を下って中に入っていった。
数分後、鍋山くんはリュックを背負って上がってきた。リュックを置いて座ると、一息に説明を始めた。
家にいると母さんに殴られるからさ、雨が降ってなければここにいるんだ。臭いし汚いけど、ここらへんのマンホールはましな方なんだよ。いろいろ持ち込めば普通に過ごせるし。住めば都だよ。
説明を終えると、鍋山くんはリュックから自分の宝物を出して自慢げに見せながら話し出した。大半は知らないカードゲームだったので、私は飽き飽きしていたのだけれど、彼はなかなか話すのをやめなかった。そろそろ理由をつけて帰ろうと思ったとき、彼が取り出したものが目に留まった。青色のとんぼ玉だった。
「これが、一番大切なんだ」
と言うと彼は黙った。私も黙って、長い間、二人でそれを見つめていた。
「また来てね」
と、帰り際に鍋山くんは言った。私は頷いて、手を振った。
それから数週間経った。その日は朝からひどい雨で、学校に行く前から鍋山くんのことが心配だったのだけれど、案の定、彼は学校に来なかった。安否を確かめたかったから、先生に申し出て私が彼に宿題を届けることにした。
下校の頃には雨は一段と強まり、歩くのも大変だった。雨の日ならば鍋山くんはマンホールの中にいないはずだが、それでも心配で早足になってしまう。
団地に着いて、鍋山と表札のある部屋のインターホンを押すと、若い男の人が出てきた。
「鍋山くんいますか」
と聞いてみたが、男の人は黙って首を振った。私は真っ青になって、あのマンホールに向かって走った。
傘をささずに走ったから、全身ずぶ濡れだった。マンホールにたどり着くと、彼が蓋を開けるのに使った棒を探したが、どこにも見当たらなかった。手で開けようとしても、全く持ち上がらない。
私は泣いた。そのときは、鍋山くんが丁度いい空き家を見つけてそこでくつろいでいたなんて知らなかったから、彼がマンホールの中で溺死していると思ったのだった。
ひとしきり泣いた私は、マンホールの蓋の上に鍋山くんの宿題を置いて、立ち去った。
すてきなおうち 五木林 @hotohoto
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