第10話 ウエディングドレスに誓いのキス

 ウエディングドレスを着て静々と歩く私。


 実際にはコルセットとドレスの重みで潰れてしまいそうなのですが、そんなことは言っていられません。


 結婚式が終われば、キャッキャッウフフの白い結婚生活が待っています。


 こんな所で倒れている場合ではありません。


 今まではお金のために書いていましたが、これからは書きたい小説が書けるのです。


 未来は明るいっ!


 侯爵家の来賓に上位貴族が多いとか、王族が混ざっているとか、新聞記者が取材に来てるとか、そんなことを気にしている場合ではありません。


 とにかく、誓いのキスを決めてサインをしなくては。


 大男(あっ、トーマス・ニコルソン侯爵令息のことよ)には、『キスは形だけだから気にしないで』なんて言われましたけど。


 そんな事はどうでもよくてよっ。


「まぁ、なんて華奢な花嫁さん」

「綺麗ねぇ」

「ええ。ご覧になって、ウエディングドレスの刺繍を」

「素敵ねぇ。さすがニコルソン侯爵家の花嫁ね」

「旦那さまであるトーマスさまも素敵」

「おふたりとも背が高くてらっしゃるから、お似合いね」

「美しい結婚式ね。理想だわ」


 この良き日に、お父さまも、お母さまも、ロザリーも、涙と鼻水でグッチャグチャですけれど。これも含めて理想の美しい結婚式と言えるかしら?


 お父さまに手を取られてウエディングロードを歩く私。


 ちょっと、お父さま。鼻をすする音がうるさくてよ?


 まるで本当に嫁に行くようではありませんか。


 大男の隣に到着して、少しほっとする。


 ベール越しに見るトーマス・ニコルソン侯爵令息は、やはり大きいです。


 特に感想はありません。


 本当です。


 信じてください。


 大きな手がベールを持ち上げて、緑色の瞳と目が合う。


 誓いのキスは約束通り、軽く唇に触れる程度。


 なるべく他人から見られないように、という配慮から全身を抱え込まれるようにしてキスされました。


 全身包まれるような抱擁。


 キスよりも抱擁のほうがドキドキするモノなのですね。


 結婚証明書にサインしながら、心の取材メモにしっかり記載しておきましたわ。


 私、作家なので!

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