「君を愛することはない」「ハイ、喜んで!」から始まる女流作家の侯爵夫人生活

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話 締め切りがぁぁぁ!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……締め切りにっ、間に合わないっ!」


 私、マリー・フォットセット伯爵令嬢はネタに詰まっていた。


 ネタに詰まったからといって、締め切りは待ってくれない。


 春もうららの、この良き日に。


 締め切りは容赦なく迫りくる。


 日もすっかり高くなり、お出掛けによい時間帯の午前。


 本来なら丑三つ時あたりに書き上げて、推敲に入っていなきゃならない時間帯。


 なのに、原稿は真っ白け。


 何で引き受けた、こんな仕事っ!


 自室の書き物机前で悶える私に、明るい声が掛けられる。


「マリーちゃん、お母さまはロザリーちゃんとお買い物に行ってくるわね」


「おねぇさまぁ~。今日はお帽子を見てくるけれど、次はお靴が欲しいのぉ~。よろしくねぇ~」


 そうだ、金だ。


 金を稼ぐためだ。


 私は、令嬢としては年増の20歳。


 当然独身。


 婚約者もいない。


 日焼け知らずの肌は白く、手入れ不足の金髪には艶が無い。


 充血した青い目。


 ペンより重い物なんて持てるかっ、という主張の強い体は細く凹凸がない。


 妹のロザリーは16歳。


 花も恥じらうお年頃。


 ピンクブロンドの髪はツヤツヤ、紫の瞳はキラキラ。


 しかも爆乳。小柄でかわいい。


 私の愛してやまない可愛い妹は、『お姉さまの老後の面倒は、私が玉の輿に乗って見ますから安心してね』と、言ってはばからないタイプのシスコンだ。


 うーん。ラブ。愛している。


 お母さまは金髪碧眼の普通に美人な伯爵夫人。


 娘たちは天才、と、思っている、おめでたい人でもある。


 人生平和でいいな、おい。


 などと思っていることを、そのまんま口にしてはいけない。


 これは貴族としての掟でもあるし、親子関係をスムーズに結ぶテクでもある。


「わかったわ。いってらっしゃい」


 髪はボサボサ。目の下にはクマ。


 げっそりと疲れ切った私をひとりタウンハウスの部屋に置いて、母と妹は楽しそうに出かけていった。


 我がフォットセット伯爵家は貧しい。


 母と妹は無自覚であるが、とても貧しい。


 本来であれば、領地の屋敷で慎ましく暮らすのが相応しいのだ。


 だが、ココは王都にあるタウンハウス。


 テラスハウスではあるが、貴族の住む部屋である。安くはない。


 金が要る。


 だから、この仕事をとったのだ。


 他の誰でもない。この私が。


「ああぁっっ……家族にいい顔したい自分の性格が恨めしいっっっ」


 締め切りを決めたからって、書けない時には書けないのだ。


「書かなきゃ……書かないと、支払いがぁ~」



 しかし、書けない。書けないのだ。



 でも輪転機は止まれない。


 止めるわけにはいかない。


 いや、止まってくれ。


 なんであんなモノ発明しやかった。


 誰だ発明したヤツ。


 発明したヤツ出て来い。


 えーいっ、輪転機なんて爆破してやる。



「ぅあぁぁぁぁぁぁっ」


 何故こんなことになったのか?


 全ては私の不徳が致すところなのではあるけれど。


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