異世界リセットはもうやめません?〜転生して幸せを掴んだのに神に世界をリセットされそうなのでぶっ殺します〜
ぺぺっと
第1話 転生
--2023年7月○日 20:00
「ありがとうございましたー!」
思ってもいない事を口に出しながら客に頭を下げる日々。
そんな日常を俺はもうかれこれ20年続けている。
高校を16歳で中退してからやりたい事もなく、何となくこのコンビニでアルバイトを続けている36歳独身のフリーター。
それが俺だ。
現代日本における30代フリーターは同世代の約20%ほどらしい。
中には夢を追いかけていたり、何か理由があってフリーターをしている立派な人もいるだろうが、俺にはそんな大それた理由もない。
それにしても20年もこんな生活を続けていると、さすがに感情というものが薄れていくのが実感できる。
最初は腹が立ったが、今ではどんなに理不尽な客や上司にも頭を下げる事が苦ではなくなってしまった。
「あの時に本気出してたら何か変わってたのかなぁ……」
一定のリズムを刻む店内の時計を眺めながら久しぶりに昔を思い出す。
あの時というのは中退した高校時代の事だ。
当時の俺はめちゃくちゃにいじめられていた。
俺はチビ、デブ、不細工といじめられる要素が全て整っており、教室で前を向こうものなら
「てめぇ何こっち見てんだコラ!きめぇんだよ!!!」
と大ブーイングを浴びる。
ここで言い返せる度胸があれば何か違っていたのかもしれないが、当時から俺はそんなものを持ち合わせていなかった。
せめて見た目だけでも変えようと努力した事もあったが、周りに馬鹿にされてすぐにやめてしまった。
そう、俺は根本的な部分が腐っている。
そしてそんな自分が大嫌いだ。
それは今でも変わらない……
--22:00
今日のバイトも終わりだ。
身支度を整えバイト先を出る。
その帰り道のことだった。
街灯が等間隔に灯る道路の先には、女性が1人歩いている。
そしてその女性の後を尾けるように怪しい身なりをした男が歩いていた。
(この暑い夏にあんなに厚着の奴なんているんだな)
なんて呑気に考えていた矢先、男の手に刃物が握られている事に気づいた。
「逃げろ!!!」
何故かわからない。
気づいたら叫んでいた。
本来の自分ならそんな度胸を持ち合わせているはずはなかった。
もしかしたら、これをきっかけに女性を守って現状を変えようと本能的に思ったのかもしれない。
だが俺は叫んだ事をすぐに後悔した。
計画の邪魔をされた報復だと言わんばかりに標的を変えて、自分に迫ってくる刃。
虚しくも俺の言葉通り一目散に逃げる女性。
「ハハハ、やっぱこうなるよな」
漫画のようには上手くいかない事を悟り、乾いた笑いが漏れる。
そして先ほどまで少し芽生えていた下心も刃物を目の前にしたら一瞬で消え去った。
迫ってくる刃がスローモーションに感じる。
今までの記憶が走馬灯のように脳を駆け巡る。
どの記憶も惨めで情けないものばかりで、後悔しか生まれない。
いじめられてもやられっぱなし。
好きな女の子に告白さえできなかった。
やりたい事も見つけようとしないで、ただ時間を消費するだけの人生だったと改めて自分を恥じた。
そして、もし次の人生があるなら自分に正直に本気で生きたい。
幸せになりたい。
そう願った。
まもなく俺は心臓を刺された。
▼
「ん?なんだここは?」
無機質で無限に広がっているのかと感じるくらい広い空間で俺は目を覚ました。
「やぁ、目を覚ましたかい?」
妙に甲高い声に驚いて後ろへ振り返ると、そこには異様に背が高く、そして顔に靄がかかったナニカがいた。
服は着ているようだが、肌は青白く明らかに人ではない。
その異様な見た目に俺が目を丸くしていると
「そんなに警戒しないでよ。失礼だな〜」
と半笑いでまた喋り出した。
そしてそのナニカはマイペースにこう続けた。
「君は死んで魂だけの存在になったんだ。本来君レベルの魂は消滅一直線なんだけど、君の人生があまりにも哀れでね〜特別にチャンスをあげようと思ったんだ」
刺される間際の事は確かに覚えている。
しかし本当に俺は死んだのか?
意外と死ぬ時の感覚とはあっけないものだ。
それにチャンスだって?
色々と気になることがありすぎて黙っているとナニカは話し続ける。
「つまり、君を異世界に転生させようと思ってここに呼んだんだ。本当はこんな事しないんだよ〜?本来生まれ変わりっていうのは同じ世界で行なわれるものなんだからね〜?」
「そりゃありがたいね。それで?」
なぜか上から目線のナニカにぶっきらぼうに答える俺。
「でも、1つだけ問題が発生しちゃってね〜その忠告をさせて欲しいんだよね」
「忠告ってどういう事だ?」
「ずばり君の転生後についてだよ」
「つまり?」
「君が転生する世界にはスキルというものがあってね、君が将来授かるスキルは僕の仕事に悪い影響を及ぼす可能性があるんだよね」
続けてナニカは忠告する。
「だから転生後は絶対に僕の邪魔をしないで欲しいんだ。その代わり前世の記憶を持ったまま転生させてあげるからさ!」
正直なところ、ナニカが言ってる事はよく分からなかった。
俺としては次の人生は幸せになりたいだけなので、特に邪魔をする理由もない。
それに、前世の記憶を持って異世界に生まれ変われるなら順風満帆に生きていけそうだしな。
何より前世の世界よりおもしろそうだ。
「わかった。あんたの邪魔はしないよ。その代わり約束は守ってくれよな」
「もちろん約束は守るさ。忠告は以上だよ」
ナニカがそう言うと、突然俺の意識が薄れ始めた。
薄れる意識の中、最後にナニカへ問いかける。
「アンタは一体……なん……なんだ……?」
意識が途切れる瞬間、ナニカの答えが聞こえた。
「僕は神だよ」
▼
『グランハイム王国』
俺が転生したのは前世でいうところの異世界と呼ぶに相応しい世界だった。
剣と魔法の世界と言えば分かりやすいだろうか。
神を名乗るアイツとの接触を終えたあと、意識を失った俺はこの王国の片田舎に転生し、もうすぐ10年が経つ。
『ラルフ=ユーフレッド』
それがこの世界での俺の名だ。
それにしても、この世界で過ごしていくうちに大切なものがたくさんできた。
まずは俺の両親だ。
俺が生まれてから今に至るまで、変わらない愛情を注いでくれる両親には感謝の気持ちしかない。
父ことコナン=ユーフレッドは、この片田舎ソルバ村で村長を務めている。
村民からの信頼も厚く、真面目で正義感溢れる人物だ。
母ことマリア=ユーフレッドは優しく、物静かな性格をしている。
息子の俺が言うのもなんだが、真面目な夫を支える理想的な良き妻である。
そしてニア。
ニアとの出会いは俺が5歳の時だ。
家を抜け出して探検していたところ、森で倒れているニアに出会った。
当時のニアは戦争孤児であり、奴隷だった。
事情を聞いたところ、奴隷として主人と森に来ていたようだが道中で魔物に襲われ、囮として置いていかれた事を知った。
前世でいじめを受けていた経験もあり、同情した俺はニアを家まで連れて帰り、両親にニアをユーフレッド家の養子として迎え入れられないか相談した。
奴隷契約が継続していた場合それは難しかったが、幸いな事に主人がニアを囮にした後死亡している事がわかりニアは奴隷から解放された。
そして俺の願望が叶い、それからニアとは一緒に暮らしている。
今では家族同然の大切な存在だ。
これに関しても両親には感謝してもしきれない。
そして親友のケントだ。
ケントは村で剣を教えているアーガイル家の次男坊だ。
俺とケントはケントの兄であるレインさんに剣を学んでいる。
その縁あって共に剣を学び、交えていく度にお互いの友情を深めていった。
そんな訳で、前世に比べて非常に充実した人生を歩めているのだ。
このままみんなと幸せに暮らせたらと、この時は思っていた。
▼
この世界では、子供が10歳を迎えると各家庭でスキルを授かる儀式を行なっている。
儀式自体は詠唱を行えば誰でもできる簡単なものなので、教会で神からのお告げが〜とか面倒な事をする必要はない。
スキルはそれぞれの魂に宿っていて、魂が体に定着すると言われている10歳ごろのタイミングで力を解放させるようなイメージである。
かくいう俺も、10歳の誕生日を迎えたところだ。
どんなスキルを授かるのか楽しみではあるが、転生前に神を名乗るアイツの言葉を聞いた限りやばそうなスキルである事は確定している。
「ラルフもあっという間に10歳か。早速明日、儀式を行おうか」
俺の誕生日を祝う食卓で父であるコナンが話す。
「ラルフなら勇者級のスキルを授かるに決まってる。必然。」
「勇者みたいなスキルを授かった奴に言われてもな」
ニアは既に10歳を迎えており、スキルも授かっている。
ニアのスキルは『刀剣生成〈ソードファクトリー〉』だ。
魔力を消費して刀剣を生成する事ができるスキルで、しかも生成する際に魔力に応じた属性を付与できる。
ニアは火・水・土・闇の4属性に適性があり、スキルの幅もかなり広い。
はっきり言ってチートだ。
チート女はさておき、ここで魔法について解説しておく。
この世界の魔法は『火・水・風・土・雷』の5属性とレア属性である『光・闇・無』の3属性が存在している。(俺調べ)
そして魔法の規模によってランク分けされており、上から覇王級、天王級、帝王級、王級、上級、中級、下級となっている。
基本的に人間は1属性の魔法に適性があるのだが、中には低い確率で2属性、更には3属性に適性がある人物もいる。
ニアのように4属性となると、宝くじ1等とかそのレベルの確率だ。
そしてどのように適正を調べるのかというと、生まれてすぐに鑑定スキルを持った専門職に鑑定してもらうという寸法だ。
ちなみに俺には『風・雷』の2属性に加え、レア属性である『無』を合わせた3属性に適性があることがわかっている。
自分でいうのもなんだが、これはラッキーだった。
まぁ俺のステータスは普通の人間よりちょっと高い程度だから大して扱えないんだがな。
それでも、みんなで幸せに暮らせるなら何の文句もない。
「父さん、母さん、ニア、今日はありがとう。明日はよろしくね。」
家族に感謝の言葉を伝え、俺は部屋へと戻った。
–次の日
ついに俺がスキルを授かるための儀式を受ける日になった。
「ラルフ、何も心配しなくていい」
俺の不安を悟ったのか、励ましの言葉をかける父。
「そうよ、何も心配する事ないわ」
「ラルフ。余裕。」
その隣で微笑みながら同調する母と静かに応援するニア。
父は俺を励ますと、すぐに儀式の詠唱を始めた。
すると俺の足元に大きな魔法陣が広がり輝き出す。
輝きを増す光に包み込まれていくと同時に、俺の脳内でどこか機械的な声が響いた。
『魂の定着を確認。スキル"継承される魂"〈アセンションハート〉を授かりました』
アセンションハート?一体それはどんなスキルなんだ?
疑問に思っていると突然、雷に打たれたような頭痛に襲われた。
「ぐっ……これは一体……」
あまりの痛みに声が漏れる。
「ラルフ!どうした!?大丈夫か!?」
「ラルフ!!」
驚いた父と母が俺に声をかけるが、ハッキリ言って痛みで返事ができない。
そして、強烈な痛みと同時に知らない光景が俺の脳を侵食していった。
その光景は様々で、人々が争っている光景や自然を破壊している光景。
反対に、男女が幸せに暮らしている光景や、子供の笑顔が溢れている光景もあった。
そしてその全ての光景が突然真っ白になり、またすぐに似たような光景が繰り返される。
時間にして数分の事だったが、やがて何も脳に流れ込んでこなくなった。
しかし、脳にまたあの機械的な声が響く。
『更に魂の定着を確認。スキル"世界の管理者"〈ワールドマスター〉を授かりました』
声が聞こえたと同時に強烈な頭痛は収まり、俺は落ち着きを取り戻した。
「ごめん父さん、もう大丈夫だよ」
「ならいいんだが……無事に成功したようで安心したぞ……」
安心する両親、ニアとは反対に俺は内心焦っていた。
『"継承される魂"〈アセンションハート〉』によって得たものは、あの神を名乗る奴が言っていた通り、この世界の仕組みを壊しかねないものだと理解したからだ。
さらに何故かもう1つ授かったスキル『"世界の管理者"〈ワールドマスター〉』これについては効果が全くわからない。
「はぁ……これからどうしたもんかね……」
ラルフは自分に訪れる未来を憂いながら、小声で呟くのだった。
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