第16話:退屈な日常とライラの決意


 それからの日々は、レヴにとっては少々退屈だった。


 昼間は彼も生徒として素直に講義を受けていた。

 どの講義も知っていたことばかりではあったが、中には知らない知識も多少あり興味深かった。むしろ講義そのものよりも教師に興味を抱いていたレヴは、質問を装って教師達の魔術や強さを探るも、流石はノクタリアの教師だけあって、そう簡単には尻尾を出さなかった。


「ユーレリア先生の本気を見たいなあ」


 〝魔術理論および制御式〟の講義を終えて、次の講義室へと移動しながら今日もまたユーレリアに軽くあしらわれたレヴが、そうライラへと愚痴る。


「でも、あのクラス分け試験が夢の中だと考えたら、あの時が一番強いんじゃない?」

「どうかな。多分、本気で戦ったらもっと強いと思うよ。流石に教師は〝お茶会〟に誘っても応じないだろうけど」

「そりゃあそうだよ.……でも最近、減ったね〝お茶会〟」


 ライラの言葉にレヴが疲れた顔で頷く。


「流石に五連勝したあとだと、誰も〝お茶会〟に応じてくれない」


 その言葉通りレヴはエクリシスとの一戦後、同じ階級の〝ブレックファスト〟の魔女達と〝お茶会〟を行い、ここまで五連続で勝利してきた。

 おかげで勝ち点は増え、〝イレブンジズ〟への挑戦権は得たものの……その肝心の〝イレブンジズ〟が厄介だった。


「まさか〝お茶会〟をしないという手段で、その立場に居続けることを選ぶとはね」


 レヴがため息をつく。さっさと〝イレブンジズ〟に上がって、ジリスの条件を達成したいのだが、どれだけ挑発しようと〝イレブンジズ〟のメンバーはリゼを中心に結束しており、〝お茶会〟の誘いは一切受けなかった。


 おかげで席が空かず、このままでは永遠に〝ブレックファスト〟のままだった。


「お姉ちゃんはそういう人だから……。勝つ為なら、手段を選ばないというか」

「面倒臭いタイプだ。そういう執念は嫌いではないけどもさ。何か弱味でも握れればなあ」


 なんてぼやくレヴの前に、生徒の集団が現れた。


「レヴ様! サイン貰っていい!?」

「あ、ちょっと、私が先よ!」

「今度、お茶会しませんか!? あ、決闘じゃなくて本当にお茶を飲むだけのやつ!」


 なんて声が次々と掛かってくる。


 〝ダスト〟の一年生でありながら、〝夜庭園ガーデン〟で勝ち上がっていくレヴは、そのルックスも相まって、生徒達の間でちょっとした人気者になっていた。


 そういう時にライラはスッと離れ、その存在感を消した。


 そうしていつものように少し離れた位置からレヴを眺める。

 もう一ヶ月以上傍にいて行動を共にしているが、レヴはここ最近、特に疲れているように見えた。

 何より、焦りのようなものを感じる。


 その原因が自分の姉であるリゼにあることも分かっている。

 だけども自分は関係ない。そう割り切っていても、なぜか胸が痛む。


 〝そうやってまた逃げるのですか。だから貴女は――〟


 何度となく聞いた、リゼの声が頭の中で再生される。


 〝違う、私は……〟


 それ以上の言葉を返せず、ライラはいつものように俯いているしかなかった。


「ライラ?」


 ハッとライラが気付くと、既にレヴのファン達は去っていた。


「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」

「そう。そろそろ行かないと次の講義に遅れそうだ」

「うん。行こう」


 そうやって二人が早足で次の講義室へと移動しているのを柱の陰からジッと見ている存在がいた。


「ふむ……やはり何かあるか。今晩にでも提案してみよう。彼のことだから嫌がりそうだが」


 そう呟いて、フッと消えたのは――半透明の少女、ミオだった。


***


 その日の夜、レヴがさて今晩はどう動こうかと自室の暖炉の前で悩んでいた。ライラは机に向かっており、今日の講義について復習を行っている。


「レヴ君。実は相談があるのだが」


 そんなレヴへと、ミオがそう話し掛けた。彼女は空中でくるりと一回転すると、レヴの隣へと座った。


「相談?」

「ああ。今のまま無闇に夜を彷徨っても、〝イレブンジズ〟は君の〝お茶会〟の誘いは受けないだろうさ」

「そのリーダーっぽいリゼって、かなりのやり手だね」


 レヴがそう答えながら、ムーンハウルの整備を始めた。それは考え事をする時の癖みたいなものであり、ジッと何もせずにいるよりも、手を動かしている方が性に合っていた。


「私も多少、調べたがね。あのリゼって子は隙が全くないし、他のメンバーも多少の差はあれ似たようなものだ。さらに、〝夜庭園ガーデン〟に所属しながら〝お茶会〟を否定するのはおかしいんじゃないかって声も内部で上がってはいるが……さてどうだろうね」

「……良く調べたね」


 ミオの報告に、レヴが思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「この身体はそういうことに使うのは便利でね。だが、肝心なことは大体隠されている。多分、リゼは私がコソコソ嗅ぎ回っていることに、気付いている節がある。これ以上の情報を仕入れるのは難しいだろうさ。一応、手はないではないが……」


 そう言ってミオが、チラリとライラの方へと視線を向けた。


「ふーむ」


 レヴが弾倉を外して掃除を行いながら、どうすべきか思考する。


 正直言えば、決闘なんて〝ごっこ遊び〟に付き合っている暇はない、というのが彼の本音だった。


 いっそリゼを、他のメンバーを脅せば、あっけなく〝お茶会〟を受けてくれて、勝つことは可能だろう。


 普段の自分なら、迷わずそうしていた。だけども、それを躊躇っている自分がいる。


「……どうにも毒されてしまったか」


 そう本音を漏らしてしまうほどに。


「なあレヴ君。そういえば、私の目的について話していなかったな」


 そんなレヴを見ていたミオが、おもむろにそんな話をしはじめた。


「ん? ああ、そうだね。聞かせてよ」

「あれは私がまだ生身でここの生徒だった時、もう五十年以上前の話じゃ……」

「真面目に話さないなら聞かないけど?」

「冗談だよ。だけど五十年以上前って話は、本当さ」


 それを聞いて、レヴが怪訝な顔をする。


「ミオ、君いくつなの?」

「おいおい、乙女に年齢を聞くのは失礼だと習わなかったか? そもそも魔女は見た目と年齢が一致しないものだろ?」

「そもそもミオを乙女だと思ってないからなあ」

「そりゃあ酷い」


 なんてやり取りをしていると、ライラがやってきた。


「その話って私も聞いちゃだめ?」


 そう言って、ライラがレヴの隣へと座った。それを見て、ミオが笑みを浮かべた。


「もちろん、構わないとも。レヴ君は?」

「ミオさえ良ければ、大丈夫」

「なら問題ない。あれは……私が四年生だった時に話でね。私は練金学に秀でていて、将来は錬金術師として食っていこうと思っていた。その時の親友がね、〝夜庭園ガーデン〟で勝ち続けていたんだよ。ああ、そうだね、まるでレヴ君みたいだ」


 ミオがどこか遠くを見つめながら、語っていく。


「彼女は美しく、そして強かった。すぐに〝イレブンジズ〟に上がり、その後の快進撃で〝ファイブ・オ・クロック〟にまでなれた。私は自分のことのように嬉しかったのを今でも覚えている。知っているかい、〝ファイブ・オ・クロック〟まで行くと、普通の生徒にはない権限が得られるようになる」

「へえ。どんな権限?」


 そんなミオの言葉に、ライラが首を傾げた。


「秘密?」

「そう。君達も感じているだろう? この城の異常さを。破壊されてもひとりでに直る講義室。寮に刻まれた各種魔術式。そもそもどういう原理で浮いているんだって話もある。重力操作の魔術が、最も難易度の高い魔術の一つだってことを――レヴ君も知っているだろ」

「まあね」


 レヴもライラももはや慣れてしまっているが、確かにこの城には様々な魔術が掛けられていた。


「どんな強大な魔女だって自分の夜域一つを維持するので、精一杯だ。ところがこの学園自体はどの夜域にも属していない、中立地帯だ。だからこそ、こんな疑問が出てくる。誰が――ってね」

「それがこの城の、この学園の秘密?」

「そう。私はそれを知りたいんだ。なぜなら私の親友は……それを知りすぎて死んでしまったから。私のせいで」


 ミオはそれ以上語らずに、口を閉じた。


「なるほどね。だから僕に〝夜庭園ガーデン〟で勝ち上がるように言ったのか。そうして僕が勝ち上がって、その秘密とやらに触れることができるように」

「だから言ったろ? 目的が被っていると。君はジリスと〝お茶会〟とする為に、私は城の秘密を探る為に――勝ち上がる必要がある」


 レヴとミオのやり取りを黙って聞いていた、ライラがここで慌てて口を挟んだ。


「ま、待って! ミオの目的は分かったけど、レヴ君はジリス先生と、あの五冥デュアルトと、お茶会するために夜庭園ガーデンに入ったの!?」

「え? あー、うん。まあ結果的にそうなった」

「それは……」


 ライラが絶句してしまう。

 ジリスの名を知らない魔女はいない。つい最近、世界最強の魔女の称号である〝五冥デュアルト〟を得た、新進気鋭の魔女だ。次期アーレスを支配する魔女とも噂されるほどだ。


 そんな魔女と、決闘をしようなんてあまりにも無謀すぎるようにライラには思えた。


「いくらなんでも無茶すぎるよ」

「それしか方法がないんだ。僕の目的を達成するには」


 レヴの目に、復讐の暗い火が宿る。

 どれだけ毒されようと――それだけは決して変わらず、絶えることのない炎だった。


「なあ、レヴ。ライラにもその目的を話してやったらどうだ。どうせ、いつか分かることだ。それに……これから先は彼女の協力がきっと必要になる」


 そうミオが提案すると、レヴが動かしていた手を止めた。


「それは……」

「私も聞きたいな……レヴ君の本当の目的。もちろん誰にも言わない」


 ライラがレヴの顔を覗き込む。その瞳に嘘はなかった。

 レヴは息を大きく吐くと、口を開く。


「……僕はね、母と妹を殺した犯人を捜す為に、ここにやってきたんだ」


 そう言ったあと、レヴは自分が男であることと暗殺者であることを隠しつつも、それ以外については全てライラへと告白した。


「そんな……! トリウィア様が殺されるなんて……」


 ライラが首を横に振って否定する。そういえば、ライラはトリウィアに憧れて魔女になったと言ってたことをレヴは思い出した。


「あまりに影響が大きいから公表はされていないけど、本当だよ。僕がその最期を看取ったんだ」


 トリウィアの死は、勘の良い魔女達は薄々気付いてはいるものの、極一部のアーレスの者を除いて秘匿されていた。公的には今もトリウィアはアーレスに君臨していることになっている。


 だからこそライラはその訃報を信じられなかった。


「あのトリウィア様が殺されて……しかもその犯人がこの学園にいるなんて」

「その真実を知っているのはジリスだけだと思う。だから僕はあいつに勝ち、誰が犯人かを吐かせる必要がある」

「だから〝夜庭園ガーデン〟で勝つ必要があるんだね。でも、なぜジリス先生はそんな条件を設けたんだろ? だってジリス先生にとっても、トリウィア様は大切な人のはずでしょ? だったら復讐したいレヴ君に協力こそすれ、こんな風に妨害するなんておかしいよ」


 ライラの言う事は最もだった。それに関してはミオも違和感を感じていた。


「ジリスが殺した張本人なら、全て説明はつくが」

「だったらわざわざレヴ君と〝お茶会〟なんてしないと思うよ」

「確かに」


 ライラとミオの疑問に、しかしレヴがあっさりと答えた。


「あいつはそういう奴だ。僕に対する嫌がらせだよ。僕がこうして復讐しようとこの学園に来たことすら、面白がっている。絶対にそうだ」


 レヴがそう吐き捨てた。


 彼が知る限り、ジリスという魔女にはそういう性質があった。困難ほど面白がり、わざと事態を悪化させるような、そんなある種破滅的な性格。


「君がそう言うなら……それで納得するしかないが。だが、もし犯人がジリスでない場合、もっと分からなくなるぞ。あのジリスが、言わば庇っているような立場だからな。それはもう、よっぽどの大物だぞ」

「……そこまでは僕も分からないよ。結局、ジリスに勝って聞くしかない」


 レヴがソファの背もたれへと背中を預けて、天井を見上げた。そんな彼を見て、ライラは反対に俯いてしまう。


「でも、問題は……」


 今の最大の障害は、ライラの姉であるリゼだ。

 ライラとその姉があまり良い関係を築けていないとはいえ、実の姉妹なのは事実。


 だからこそ、レヴはそれ以上は口にしない。

 そしてそれは、言わずともライラへと伝わっていた。


「私ね、お姉ちゃんが怖いんだ。お母さんは厳しかったけど、お姉ちゃんに魔女として劣る私には、魔女じゃなくて母親としてはちゃんと接してくれた。でもお姉ちゃんは違う。私がお姉ちゃんの役に立たない存在だと分かった途端――存在すらも認めてくれなかった。あの人は本気で思っているんだよ――って。でも、それは仕方ないの。お姉ちゃんは優秀で、私は無能だから」


 ライラが震える手を押さえながら寂しげな笑いを浮かべ、そうレヴとミオへと告げた。


 その笑顔が、レヴは嫌いだった。


「私からすれば、まだ妹を妹として見てたエクリシスの方がマシ……な気もしてくるね」


 そうミオが言うものの、レヴは否定する。


「どっちもどっちだよ」

「レヴ君、愛の反対が何か知っているかい? だよ」


 そんな二人の会話を聞いて、ライラが決意して立ち上がった。


「あ、あのさレヴ君!」

「どうしたの? トイレ?」

「違う! もう!」

「レヴ君、レディにそれは失礼すぎるだろ」

「ごめん」


 ミオに窘められてレヴが謝罪する。それを見てライラが何かを言おうとするも、立って言うほどのことでもないことに気付き、言い辛くなってしまっていた。

 彼女はストンともう一度座ると、俯き気味でこう言ったのだった。


「そのレヴ君の目的、私も手伝っていいかな」

「それは嬉しいけど……いいの? 巻き込むことになるけど」

「うん。だってレヴ君、誰か止める役がいないといつか死にそうだもん。それにお姉ちゃんが関係してくるなら……放っておけない」


 ライラがそう言うと、ミオが大きく頷いた。その顔には、計画通りとばかりに悪い笑みが浮かんでいる。


「うんうん。私は煽りこそすれ、止めることはしないからな! ライラのような役回りも必要だ」

「まあ、確かに今ちょっと手詰まり状態だからね。この状況をどうにかしたいけど、良い案がない」

「……私も考えてみるね」


 ライラがそう告げたのを見て、レヴとミオが頷いた。


「よろしくね、ライラ」

「三人寄れば、何か良い案も生まれるさ!」


 こうして、遅くまで三人は話し合ったという。

 それは誰が見ても、平和なひとときだった。


 だけども密かにライラは二人に明かしていない決意を胸に抱いていた。


 それが翌日、行動として表れることになる。

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