第12話:レヴの要求
「うーん……」
エクリシスが目を覚まし、上体を起こすと、そこはまだあの大講義室の舞台の上だった。爆発によって破壊尽くされたはずのそこは、既に魔術によって元通りに直っている。
彼女の傍には、自分を負かした相手――レヴが座っていた。
その顔に浮かぶ笑みを見て、エクリシスがため息をつく。
「はあ……私は負けたのね。なんで殺さなかったの。あんたなら出来たでしょ?」
「殺したらこうやって話せないからね。それに僕も実はさっきまで倒れていた」
その言葉通り、エクリシスに勝利後――レヴは突如として床へと倒れた。
〝お茶会〟のルール上、誰もそれを心配することはなかったが、もしいれば、レヴの全身が湯気が出るほど発熱し、その右目から僅かに出血していることに気付いただろう。
だが結果として誰もそれを知ることもなく、三十分ほどでレヴは起き上がれるようになっていた。
そのせいもあって既に大講義室には観客もおらず、レヴとエクリシスの二人っきりだった。
「あんた強いのね。そこまで強くて、なんで〝
身体を起こそうとするエクリシスに、先に立ち上がったレヴが手を差し出した。
「それは僕が聞きたいぐらいだよ」
「ま、その強さならすぐに序列が上がるわよ。それで何が欲しいの? 〝お茶会〟の勝者は敗者に一つだけ何かを要求できるって話、忘れたわけじゃないでしょ?」
レヴの手を借りて立ったエクリシスが、そう問うた。それ以外の理由で、自分が目覚めるまで待っている理由がないと思ったからだ。
「ん? ああ、そういえばそんなルールがあったね」
「……? そのために私が起きるまで待っていたんでしょ?」
「んー、そうじゃないけど、結果そうなるかな」
レヴが何か考え込むような顔をするも、すぐに笑顔へと戻った。
「エクリシスさんは、〝星〟でしかも〝
レヴがジリスの名前を口にした時。隠しきれないその殺気を感じて、エクリシスは全身に鳥肌が立つ感覚に襲われた。
普通に考えれば、それ自体はなんでもない要求だ。なのになぜこんなにも恐怖を感じるのだろうか? それが分からないがゆえに彼女は視線を伏せて、謝るしかなかった。
「……ごめんなさい。それは実現不可能なことだから、できないわ。確かに私はジリス先生に何度か手ほどきをしてもらったけども、その程度の関係性でしかないの。多分、向こうは私の名前も顔も覚えていないわ」
「そっか。なら仕方ない。うーん、そうなると特に要求はないからなあ……」
そう言って元の雰囲気に戻ったレヴが悩みはじめる。
要求と言っても、欲しいものは特にない。
この学園に来た目的を考えるとジリスを紹介してもらえたら一番だったが、それが無理となると何も思い浮かばなかった。
そうやって考えていると、なぜかとある少女の顔を思い出した。
それからレヴは少しだけ逡巡するも、結局それを口にする。
「じゃあ……イクスをちゃんと妹として扱って、優しくしてあげてよ」
そのレヴの言葉に、エクリシスが困惑した表情を浮かべた。もっと無理難題を言われると思っていただけに、その要求はあまりに予想外だった。
「は? なによそれ」
「姉は妹を守るものだからね。守るが面倒だって言うなら、守る必要がないぐらいに鍛えないと」
僕がそうだったから――まではレヴは口にしなかった。
「なんで、私があんな奴のために。って、はあ……それは確かに、私に実現可能な要求ではあるけども」
エクリシスが諦めたような口調でため息をついた。それが実現可能な要求なら、必ず飲まなければならないのが〝お茶会〟のルールだ。
「分かったわよ。優しくなんて出来る気がしないけど、精々鍛えてやるわよ――あんたに勝てるぐらいにね」
不敵な笑みと共に、エクリシスがそう宣言した。
その顔を見て、レヴが満足そうに頷く。
「じゃあ、これで終わりだね。さて……ミオの話だと、放っておいても〝
レヴが周囲を確認するも、誰かが来る気配はない。
「あんた〝
エクリシスが興味本位でそう聞くと、レヴが微笑む。
「その通り。ところで、その中にある序列ってやつがイマイチ分からないんだけど、どういう形なの?」
「ま、ついでに教えてあげる。〝
「へえ。それでエクリシスさんは、どこだったの?」
「私は〝ファイブ・オ・クロック〟よ。でも、今日の敗北で〝ブレックファスト〟からやり直しね。十の勝利より、一の敗北の方が重いのよ。というか普通、〝お茶会〟での敗北は死を意味するからね。屈辱的よ」
そう言うものの、エクリシスは清々しい顔付きになっていた。負けると死ぬか、あるいはすぐに底へと落ちるシビアなルールだが、なぜだか悪い気分ではなかった。
散々、苛立たされた相手のはずなのに、レヴのことを妙に憎めないのが原因だろう。
「それで、どこまで上がればジリスに会える?」
「私が初めてジリス先生に声を掛けられたのは〝イレブンジズ〟に入れた時ね。少なくともその辺りまで行けば、この学園でも上位の魔女だと呼ばれるわ」
「〝イレブンジズ〟か……というかエクリシスさんに勝ったんだから、すぐに〝ファイブ・オ・クロック〟でもいいんじゃない?」
「そういうルールはないわよ。例えあんたが〝ナイトキャップ〟に勝てたとしても、勝ち点は一にしかならない」
それを聞いて、面倒臭いなあ……と思うレヴだった。
「あと何回勝てばいいんだろう」
「どれだけ勝ち点を稼いでも、席が空かなければ永遠に上がれないからね。まずは同階級の奴から勝ち点を取りつつ、タイミングを見て、〝イレブンジズ〟の誰かに〝お茶会〟を申し込んで勝つしかない」
「遠いなあ……」
とはいえそれ以外に道がない以上は、レヴはそうする他なかった。
なえなら彼には確信があったからだ。ジリスが復讐相手であってもそうでなくても、彼女なら必ず何かを知っている、と。
「ま、精々頑張りなさい。でもあんたの魔術、多分明日には〝
エクリシスが意地悪そうにそうレヴへと告げた。
「あの観客は、全員〝
新入生に対する嫌がらせという意味では、なかなかの手であるとレヴは感心していた。
例え万が一負けたとしても、どんな魔術を使うかが〝
それは今後の〝お茶会〟に大きく影響するだろう。
「今頃、君の魔術について分析しているころでしょうね」
「ま、知られたところで問題ないけどね」
レヴが余裕の表情で、そう言葉を返した。
「でしょうね。私も大体検討がついているけど……まあ黙っておくわ」
エクリシスがそう言って、笑みを浮かべる。
「助かるよ。流石に手を晒しすぎたしね」
「じゃ、私はいい加減、寮に帰るわ。あーあ。明日の夜からはイクスを修業させないと」
そんな言葉と共に、手をヒラヒラと振ってエクリシスが去っていった。
一人残されたレヴが、身体をほぐすように伸ばしていく。
「――ミオ。いるんだろ」
レヴがそう声を出すと、舞台の床を通り抜けた半透明の少女――ミオが現れた。
「おや、バレていたとは」
「バレバレだよ。話は大体聞いていたんでしょ」
「勿論さ。いやしかし、ほんと良く勝てたね。あの爆発の魔術をまさか完封するとは思わなかった。君は素晴らしい魔女だ」
ミオが心からそう賞賛した。
「ありがとう」
「だけども……
「……使わないと死んでいたからね」
「それはそうだが……その眼は……」
ミオが心配そうにレヴを見つめるが、それ以上掛ける言葉がなかった。
「そういえば〝
レヴがそう問うも、それにミオは答えることはできない。
「いや、うーん。普通なら、格上を倒したような有能な新入生を放っておくはずがないのだが……」
なんてミオが悩んでいると――
「なるほど、
レヴが納得といった表情とともに、講義室の入口の方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは。
「随分とまあ、その眼を上手く使いこなせるようになったじゃねえか――〝
獰猛な笑みを浮かべる、五芒星が描かれた赤いローブを纏ったくすんだ赤毛の美女だった。
「久しぶりだね……
それはまさにレブが会うことを渇望していた――ジリス・アーレス、その人だった。
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