第11話:VS〝爆ぜる空の魔女〟<後編>
「っ……かはっ!」
予想外の攻撃に、レヴの身体があっさりと窓際まで吹っ飛んだ。身体が窓へと激突し、ガラスが四散する。四肢が千切れたような感覚と共に、激痛が全身に走った。
辛うじて講義室側の床へと落ちたが、とっさに受け身を取っていなければ、中庭まで飛ばされていただろう。
「それで? 死角に回って……どうするんだっけ?」
舞台の上から、エクリシスがそんな言葉をレヴへと投げつけた。
「予め死角に爆発の魔術を用意していた? だから一歩も動かない宣言をしたってことか」
レヴが立ち上がり、窓ガラスの破片を払っていく。爆発が直撃したはずなのに、制服が僅かに焦げている程度で済んでいた。
「いやあ、参った参った。流石は〝
レヴが額から血を流しながらも、感心したような声を出した。
「……不可解ね。どうやってあれを受けてなお、そこまで被害を抑えられるのかしら。その玩具に秘密が?」
流石のエクリシスも、レヴが回避や防御の際に必ずムーンハウルを使っていることに気付いていた。
「でもおかしいわね。さっきからこの場のエーテルが、私の魔術以外で全く動いていない」
「魔術を使っていないからね」
レヴがそう言って、笑みを浮かべた。なぜか、右目だけ閉じた状態で。
「そんなわけない。あれは魔術以外の何ものでもない動きよ。でも、確かにエーテルが動いていないとなると……」
エクリシスもまた、レヴの不可解な魔術の正体を探っていた。
しかしエーテルに干渉せず魔術を発動することは絶対に不可能だ。となると、魔術ではない――が正解になってしまう。
「ありえない。絶対に何か仕掛けがある」
「何にせよ、君が死角に魔術を仕込んでいるのは分かった。次はもう――通用しない」
レヴが右目を瞑ったまま、床を蹴って加速。低い姿勢を保ち、エクリシスの視線を切るように座席の間を縫って接近。
しかし。
「死角に魔術を仕込む? 馬鹿ね、そんなことしていないわよ」
エクリシスがそう宣言すると同時に――レヴの
それは、視線を爆発させるという魔術の前提を覆すような攻撃。
「嘘だろ?」
レヴがここに来て、初めて焦りを覚えた。
間違いなく、エクリシスの視界から外れている場所まで爆発している。この地点に自分が来ることを事前に予想することは不可能であり、つまり事前に仕込んでいたという線は薄い。かといって視線での座標指定がないと、この速度で爆発を起こすことは不可能だ。
魔術は万能ではない。
それは、レヴが常に自分へと言い聞かせている言葉であり、また信念でもあった。
不可能だと思われる現象にも、必ず理屈がある。
だけども、早くそれを見付けないと――死んでしまう。
「来て、早々に使うことになるとはね!」
レヴがここで、閉じていた右目を開いた。
紫色だった瞳の縁が、妖しく銀色に輝いている。
「――〝見えない月〟」
そんな言葉と同時に――レヴの周囲の床が座席ごと捲り上がり、まるでレヴを守るように包み込んだ。
レヴを守った結果、爆発四散した床材や座席に混じって、無事だったレヴがエクリシスへと突撃する。
「無駄よ」
エクリシスが再び、レヴの周囲を爆発させる。
しかしその途中で、まるで重力を無視したような動きでレヴが天井へと
「なにその動き」
エクリシスがレヴのいる天井付近を爆発させようとするも、再び、重力と共に床へと戻ったレヴの立体的な機動に、爆発がついていかない。
レヴはなぜかエクリシスへと向かわず、回避を優先し、講義室を上へ下へと跳ね回り、爆発を避けていく。
「ハア……ハア! あんた、おかしいわよ。何よその魔術! 何よその目!」
エクリシスが、すっかり爆発によって荒れてしまった講義室の、窓際に立つレヴを視て叫ぶ。
その右目がまるで月のように銀色に輝いているのが、気味が悪くて仕方なかった。
「君の魔術、ようやく理解したよ、エクリシス。君は素晴らしい魔女だ。まさか
レヴが少しだけふらつきながら、ここまでの行動で分かったエクリシスの魔術を解説していく。
「君は凄い。起爆の魔眼だけでも強いのに、それで満足しなかった。僕はてっきり君は魔眼を使う<竜脈型>の魔女だと思っていたけど、それは間違いだ。君の本質は<月纏型<。君は、月因子が含まれているあるものを爆発させていた」
レヴは回避に専念していた時に、とある違和感に気付いた。それは、とある場所でだけ、やけに爆発の精度が甘かった点だ。
それを確信するためにわざと色々な場所で爆発を起こさせた。
舞台の上で、座席の中で、天井で――そして、今立っている窓際で。
「君の魔術は、なぜかこの窓際ではやけに精度が悪かった。それはなぜか――」
その言葉と同時に、窓から抜けてきた風が、レヴの金髪を揺らした。
「ここは
風が吹き込む場所では精度が甘くなり、逆に無風に近い奥や天井では恐ろしいほどの速度と精度で爆発が起きた。
そして、思い出すのは、〝
そこから導かれる答えは――
「君は大気に含まれる月因子に干渉し、
それこそが、エクリシス・サザールの魔術――〝
理屈はシンプルで、大気中に含まれる月因子に干渉し空気を爆発物へと変換し、あとは術者の好きなタイミングで爆発させるというだけ。
つまり、敵対者は常に爆弾に囲まれている状態で戦う必要があるということだ。
「分かれば単純だが、そう簡単なものでもない。そもそも、大気中の月因子に干渉して空気を変換させるのには、ある程度の時間が掛かる」
それが<月纏型>の魔女の最大の弱点だった。月因子はどこにでもあるがゆえに干渉さえすれば、範囲は無限大だ。しかし、それだけの範囲に干渉するにはどうしても時間が掛かってしまう。
「だけども君は起爆の魔眼を使うことで、あたかも竜脈型だと思わせた。魔眼だけで殺せれば良し。もしそれで殺しきれなくても、魔眼だと見抜いた相手が死角から攻撃してくる、あるいは視界を潰そうと動くのは自明。そうなった時には既に君の本命の魔術の仕込みは完了している。この程度の空間なら……五分程度かな? 自身の周囲に関しては三十秒も掛からないか」
二つの方法で爆発の魔術を使うエクリシスは、間違いなく魔女としては上位の存在だった。
「あるいはこれが屋外だったら、また話は変わったかもしれないけど、そこも上手く操作した」
風の影響が受けやすい屋外では、おそらくその精度は半減するだろう。しかし、客席を用意できる決闘の場としては圧倒的に屋内の方が多いと推測できる。
彼女は予めそうやって自分でできる準備はしていたのだ。
ただ、見せしめにする為に観客を入れたわけで決してなかった。
「一度、展開完了したら、あとは相手の周囲をひたすら爆発させればいい。人は空気なしには生きられない。どこかで必ず力尽きるだろうさ。あるいは、吸った空気すらも爆発させれるのかな?」
それが出来ていればやっているだろうから、無理だとはレヴも分かっていた。基本的に人の体内に魔術で干渉するのは難しいと言われていて、だからこそ脳に干渉したユーレリアの<睡眠>の魔術式の凄さが改めて理解できる。
「……ふう。正直、そこまで見破られたのは初めてよ。で、どうするの? まだ逃げ回る? 確かに風のある場所だと精度が甘くなる。でもこうなったらもうお終い。悪いけど、君には死んでもらう」
エクリシスが笑みを浮かべ、右手を掲げた。
「〝ああ、もう全部、
そんな詠唱と共に、エクリシスは講義室内の空気を全て――爆発させた。
それこそが、エクリシスの最後の手だった。レヴが推測をペラペラと喋っているうちに再び月因子へと干渉し、この講義室内の空気全てを変換して、一気に爆発させた。
自分の周囲を除いて、全て起爆すれば回避は不可能。決闘の会場からの離脱が負けという〝お茶会〟のルールがある以上、相手は死ぬか逃げるかのいずれしかなく、どちらにせよエクリシスの勝利は揺るがない。
はずだった。
「……嘘」
エクリシスが信じられないとばかりに声を出した。
なぜなら――破壊の限りが尽くされた講義室の窓際、レヴが立っていたはずの位置に、
まるで月のように宙に浮くそれが、まるで魔法でも解けたかのようにバシャリと床へと落ちた。
その中からゆっくりと床へと降りたのは、レヴだった。
「まあ空気を爆発できるなら、最終そうするよね。でも僕も無駄にお喋りをしていたわけではないよ」
レヴがゆっくりと左手を動かすと、床を濡らしていた水がまるで蛇のようにかま首をもたげ、レヴの周囲へと巻き付いていく。
「水流操作!? でも……その量の水をどこから!?」
少なくともこの場所にはそんな大量の水はない。かといって、こんな土壇場で水を召喚したとは思えなかった。
するとレヴが視線を窓の方へと向けた。
割れた窓の向こう。その先は中庭であり、その中央にあるのは――
「
レヴが再び水球を纏いつつ、エクリシスへと突進する。
「ああ……ああああああ!」
エクリシスがレヴを爆発させようとするも、水球を纏っているせいで、爆発させる空気がレヴの周囲にはなかった。さらに水は表面で意図的に渦巻かせているせいで、レヴ本人を視認できない。
つまり魔眼での起爆も、空気の起爆も完全に封じられてしまっていた。
「ありえない……何よそれ! そんなの反則よ!」
目の前に迫る水球から、逃げようとするエクリシス。
しかし、水球から飛び出たレヴがその後頭部へと、ムーンハウルの柄を叩き付けた。
「っ……!」
その衝撃で――エクリシスの意識はあっけなく刈り取られたのだった。
「勝者、レヴ・アーレス」
そんな声と共に、月の仮面と竜の仮面を被った二人が現れた。
同時に遮音の魔術が解かれたのか――二階席から万雷の拍手がレヴへと注がれる。
「これで、少しはジリスに近付けたかな」
そうレヴは呟いて、床で気絶しているエクリシスを見つめた。
エクリシス・サザールとの決闘は――見事レヴの勝利で終わったのだった。
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