3-2.「旦那様は……私の仕事を見たら、幻滅されるかもしれません。でも、いまの言葉は、嬉しいです」

(よく考えてみると、順序が逆だったかもしれません)


 夫婦そろって馬車に揺られながら、ハタノはふと考えた。


 帝国であっても“才”の低い一般市民の結婚は、自由恋愛の末に行われることも多い。その過程でお互いの意思疎通を行い、価値観をすり合わせるために実行されるイベントが、デート、である。

 つまりは結婚前にするのが普通、らしいが……。


(まあ、デートが必要な関係であれば、私は結婚していなかったと思いますが)


 仕事が好きなわけではないが、元々、仕事以外に能の無い男である。

 デートのための服選びと言われても、ぴんと来ない。

 その証拠に、ハタノはデートにもかかわらず緑一色の普段着である。


 もっとも妻は妻で、薄水色の和服――彼女の普段着らしい――のうえ帯刀してるので、お互い様。

 その妻は馬車の外を眺め、とくに感情の伺えない無表情っぷり。


 色気には無縁な二人であった。


*


 小一時間ほど揺られて到着したのは、帝都第二の都市ベルリア。

 南方に大きな歓楽街、中央に商店を構えた大通りがあるのが特徴的な、活気にあふれた街だ。

 並ぶ建物も帝都程でないにしろ四階層、五階層と高い建物が連なり、都市としての力強さが伺える。


 大通りに到着するなり、チヒロがぺこりと頭を下げた。


「すみません、旦那様。デートの手配をすべて任せてしまって」

「お構いなく。一般的には、男性が女性をエスコートするのが作法だそうですので。……とはいえ、実はまだプランを正確には決めてないのですが」


 事前調査によれば、デートはカフェでの食事を中心に添えつつ、商店街を巡って買い物をするという。

 近年では恋人とともに演劇を見学するのも、人気を博しているらしい。

 ハタノも事前に、入場チケットを購入している。


 もっとも妻は草しか食べず、また国防の一旦を担う勇者は帝国の許可なく遠出ができない。

 煩わしい手続きを増やしたくない二人は、地元から近い小帝都にて、デートプランを実行することにした。


「チヒロさん。なにか買いたいものはありますか? 事前調査によりますと、デートでは男性が女性に対し、アクセサリなどを買うのが主流だと聞きます」

「アクセサリ、ですか。確かに、イヤリングやネックレスの中には魔法加護のついたものがあります。戦への備えでしょうか?」

「はい。愛しい女性を守りたいと男が思うのは、自然なことかと。帝都近郊の魔物、あるいは暴漢への対抗手段として、魔法障壁効果を添えたアクセサリを女性に贈る気持ちは理解します」

「……その場合、鎧の方が宜しいのでは?」

「普段使いに鎧は重いですし、仕事をする上では邪魔になります。私も、治癒院では鎧は着ませんし」

「確かに。しかし旦那様、それら市販品は“勇者”専用の品より価値があるのでしょうか」


 チヒロが自分の耳を示す。今日は身につけてないが、戦時には魔法防護のピアスを装備するらしい。

 どれも一級品のはずだ。帝国内に十数名しかいない”勇者”の装備を惜しむ理由がない。


「質は、落ちると思います。一般市民は戦闘職ではありませんし」

「では、その過程は飛ばしましょう。一般市民には必要でも、私達には不要な過程かと」

「そうですね。デートは初体験ですが、内容を効率化するに越したことはありません」

「では食事につきましては?」

「そちらは元々、チヒロさんに合わせて省いてあります。無理に食事をして、いざという時に魔力ポーションを飲めないのは困るかと考えまして」

「ご配慮頂き、ありがとうございます。では、残りは何を致しましょう?」

「…………」

「…………」

「……チヒロさん。まだ舞台まで時間がありますので、散歩でもしましょうか。それで暴漢がいれば勇者が退治し、怪我人がいれば治癒師しましょう」

「ええ。仕事をしてる方が、落ち着きます」


 なぜか納得する二人。

 そんなハタノの頭の片隅でミカが「あんた達バカなの?」と声をあげた気がしたが、まあ気のせいだろう、と、舞台演劇の時間まで二人はぶらぶらと町中を歩くのだった。





 歓楽街よりすこし離れた公共ホールは、満席にちかい賑わいを見せていた。

 端の座席に腰掛け、のんびりと開演を待つ。ハタノが購入した舞台演劇だ。

 そういえば、ハタノはこの手の出し物を見たことがない――芝居や吟遊詩人の歌すらも記憶にないなと思っていると、やがて舞台が幕を開けた。


 ――内容は奇しくも、竜にさらわれし姫を勇者が助けるラブロマンスだ。


 勇者を演じる若き俳優と、美しき姫が、”才”の差をこえて愛を誓う。

 その二人を引き裂くように現われるのが、悪しき王国ガルアの僕、巨大な銀竜だ。顎だけで大人の背丈ほどある獰猛な姿――“幻術師”により作られた映像に、観客達が驚きの悲鳴をあげる。

 会場に冷たいスモークのような煙が焚かれていることもあり、雰囲気がある。


 その様子を見つつ、ハタノは居住まいを正した。


(ミカさんの話によれば、公演の最中に気の利くことを語れ、と)


 デートの本質は舞台を楽しむことではなく、舞台の最中に相手を褒め称えること、らしい。

 たとえば見目麗しい女優を前に、妻が「あの人は美しいわね」と行ったらすかさず旦那は「君の方が美しいよ」と声をかけ「まあ、旦那様ったら」という会話を繰り広げるのが大事らしい。

 自称恋愛の”才”を持つミカの情報だ、間違いない。


(先程はつい勢いで、アクセサリの実用面を話しましたが、……本来は可愛いアクセサリを渡すのが通例なのでしょう)


 ハタノは過ちを修正出来る男である。

 今こそ挽回の時。ここでウィットかつ知的な甘言を伝える。旦那の腕の見せ所だ。が――


(しかし、知的でウィットに富んだ甘言、とは)


 苦手だ。本当に苦手だ。少なくとも、甘言やらウィット、なんて全く分からない。

 患者に病状を説明してる方が、まだマシである。

 なのでハタノは叡智を絞り、幻の銀竜を見上げながら、ウィットを捨て知的に全振りすることにした。


「チヒロさん。竜を解剖学的な観点から考察しますと、どうやって飛行しているのでしょうか?」


 よし。デートに相応しい完璧な話題だ、と、ハタノは内心でガッツポーズをした。

 チヒロがふむ、と顎に手をあてる。


「旦那様。竜の翼は、じつは翼としての機能はなく、強大な魔力貯蔵庫の役目を果たしていると聞きます。と同時に、竜独自の魔力を操る臓器でもあり、その翼より放たれる魔力で、地の力をコントロールしていると聞きます」

「地の力を、ですか?」

「私も詳しくは存じませんが、引力、と呼ばれる万物を地に引き寄せる力。それを無効化し飛翔することが、竜の魔力であれば可能だと。よって竜は、そもそも翼として空を飛んでいる訳ではないのです」


 翼に、膨大な魔力の貯蔵……なるほど、面白い知見だ。

 人間はその魔力の大半を血中に宿しているが、竜は翼に宿しているらしい。


「では、チヒロさん。もし人が竜の翼を得たら、空を飛べたり、より膨大な魔力を得られるのでしょうか?」

「理論上は考えられますが……生物として可能ですか? 旦那様」

「いえ。魔力拒絶が起きて死ぬでしょうね」


 魔嚙草やポーションといった特別に品種改良された種を除き、他者の魔力を取り込むことは毒になる。

 本人の魔力と、別生物の魔力が体内で喧嘩を起こすのだ。

 その副作用は人同士ですら起きるのだから、人と竜ともなれば尚更だろう。


(これがデート。知的でウィットに富んだ会話)


 確かに、好奇心は満たされる。面白い。

 ……が、それなら別に、演劇を見る必要は無いのでは?


(何か間違っている気がしますが……)


 悩む間に、舞台では試練を乗り越え、真実の愛を学んだ勇者がふたたび竜と相対していた。

 銀竜より白いブレスを模した霧が放たれる。それらをかいくぐり、足下から切り上げる勇者役の俳優。

 戦士系の”才”の持ち主なのだろう、華麗なステップでターンを決める姿は、ハタノから見ても様になっているが――


(そういえば、実際の”勇者”の戦闘は、どういうものなんでしょう)


 チヒロも彼ように、勇ましく戦うのだろうか?


 と、ハタノは隣を伺い――眉を寄せた。


 妻は無表情なまま、舞台をじっと見つめている。

 食事をする時。朝起きた時や眠るときと同じ、とくに感情のない顔色。


 けど、ハタノはその横顔を見つめ、なんとなく察する。

 彼女はあまり、楽しんでいないような気がした。


*


 その後、ハタノ達は一応街中を見て回った。夫婦で買い物をするのもデートの慣例だという。

 が、成果はなかった。

 魔力ポーションにしろ武具にしろ、勇者あるいは治癒師として普段使いしている品の方が、質が高かったからだ。




 なので帰りの馬車にて、ハタノは妻に素直な感想を打ち明けた。


「成果はありませんでしたね。申し訳ございません」

「いえ。旦那様が謝ることではありません。失敗もまた経験です」

「ええ。……とはいえ、チヒロさんがあまり楽しめてないのは残念だな、と思うのも本当です」

「そう見えますか?」

「何となく、ですけどね」


 チヒロは無表情だが、その内側には明白な意思がある。

 不機嫌な時はほんのわずかに眉を寄せるし、喜ばしい時は、ゆるやかにだが唇を薄く微笑ませる。

 肌を重ねている時は、言わずもがな、だ。


 その微細な変化から、察するに……今日はあまり楽しんでなさそうな、気がする。


 ――返事は、ずいぶん遅れてやってきた。


「旦那様は……勇者を、格好良いと思いますか?」

「と、言いますと?」

「勇者は英雄として竜を屠り、愛しき人を救い、民の模範となる。勇者はそのように格好良い仕事である、と」


 ああ、演劇の話か。

 確かに物語の中の勇者は、果敢で勇ましいものであったが……。


「実際のことは、分かりませんが――物語と現実は違います。勇者だからといって、格好良いことばかりでは無いでしょう。仕事ですから、人に言いづらいこともあるでしょう。それは治癒師も同じです」

「……ええ」

「ただ、チヒロさんが、仕事に真摯な方であることは分かります。そして私は、仕事に対して一生懸命に取り組んでいる方は、とても格好良いと思いますね」


 ハタノは勇ましい者よりも、着実な成果を出す者を好む。

 そしてチヒロは、ハタノ以上に、正しく勇者であろうとする人だ。

 恋愛には疎くても、仕事に対しては真摯に向き合っていることだろう。


 チヒロが目を細め、寂しげに笑った。


「旦那様は……私の仕事を見たら、幻滅されるかもしれません。でも、いまの言葉は、嬉しいです」

「それを言ったら、治癒師の仕事も人に言えないところは沢山あります。残念ながら、治癒師は万能の仕事ではありませんし、そもそも仕事である以上、万全を尽くしたからこそ恨まれることは多くあります。それは、避けられないことかと」

「……お互い大変ですね。旦那様」

「チヒロさんこそ」


 双方、人の命に関わる仕事をしているせいか、彼女とハタノはよく似ている。

 そのことを微笑ましく思うのは、ハタノだけではないらしい。


「理解ある旦那様がいるのは、幸せなことです」

「私こそ。或いはこれが、デートの効能、なのでしょうか?」

「かもしれません。であれば、此度のことも無駄ではなかった、と」


 ふふ、と薄く笑うチヒロさん。


 ああ。最後には少し、喜んで貰えたらしい。

 それがデートである必要性は、まだ分からないが……。


 何事も経験だなと思いつつ、馬車がいつもの田舎街に戻り。


 二人が降りようとして――事件は起きた。


「っ、勇者様! お願いです、今すぐ来てください!」


 ダンダン、とドアが叩かれる。

 まだ若い、背中に弓を背負った見知らぬ少年が、チヒロに引きつった声で急報を告げた。


「迷宮街シノアで落盤事故、そして魔物の大量発生です! 迷宮内に取り残された人が、五十名以上――至急、応援をお願いします!」

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