【完結】不器用”勇者”の幸せな契約婚 ―奥手で誠実すぎる二人は、最高に相性がいいようです―
時田唯
第一章
1-1.「女は好きか? お前、童貞か?」
嗅ぎ慣れた血の香りを払いながら、ハタノは年配の治癒師の腕を掴んだ。
「すみませんが、私と術者を交代して頂けませんか」
「は? ですが、ハタノさん。いま治癒を止めたら患者が――」
「治癒魔法は、漠然と使えば良いものではありませんので」
帝都ヴェールマイン、帝都中央治癒院。
その急患室にて、ハタノは治癒師を押しのけながら寝台の前に立った。
ちっ、と年配の治癒師が舌打ちするのを無視して、患者を見下ろす。
寝台でうめいているのは、二十歳頃と思われる男性だ。
帝国指定の軽鎧。魔物退治を担当する国の兵士らしく、その身体はきっちりと鍛え上げられた肉体に包まれているが――男の左腕は、肩から先が半分ほど裂かれていた。
本来見えてはならない筋繊維と肩の骨が覗き、不慣れな新人スタッフが吐き気を催して身を引く。
ハタノはじっと断面を観察する。
断面は鋭利で、骨すらも一部裂かれているだろう。
「ミカさん。緩和と持続をお願いします」
「了解っ」
控えていた治癒助士に指示を出しつつ、ハタノは袋より”治針”と呼ばれる小さな針を取り出す。
ハタノの手先に白い光が宿り、その光が針先をも包む。
――治癒魔法。
治癒の”才”に選ばれし者が放つその力は、万物を癒す奇跡の魔法と呼ばれている。
が、治癒魔法は万能ではない。
(骨。神経。血管。内側から丁寧に)
治癒魔法は傷を癒す力を持つものの、その治癒力はあくまで人間のもつ自然再生力を強化するに過ぎない。
皮膚や骨などは治癒できても、切断された血管や神経など人間の再生力で追いつかないものは”復元”という別の治癒魔法が必要になる。
先の男が行ったように、ただ漫然と治癒魔法をかけても意味がない。
ハタノは断面から覗く上腕骨に針を押しつけ、光を灯しながらゆっくりと引き抜いていく。
神経の復元は再生速度が低いため、目視で確認。
腕の血管、神経、筋肉すべての形を意識に置き、治癒漏れがないかを把握しつつ、丁寧に。
「っ、くあっ……!」
「ミカ、軽減追加」
「はいっ」
男が復元痛に身をよじるが、助手のミカが赤い光を放ち、痛覚緩和、そして催眠作用のある補助魔法をかけて落ち着かせる。
ミカの判断に感謝しつつ、ハタノは割れ物を扱うように針先をゆっくりと傷跡に沿わせていく。
無論、浄化の魔法も忘れない。傷が治癒されても”汚染”と呼ばれる現象を起こさないように。
ぽたり、と額から汗が零れる。
ハタノはじっと唇を嚙み、男から視線を逸らさず集中を維持し続け――
「お疲れ様でした!」
「ありがとうございます。ミカさんや皆さんの尽力のお陰で、切り抜けられました」
ふっ、とハタノは息をつく。
寝台にて眠る男の左腕は、切断痕それ自体がなかったかのように、きれいに復元されていた。
もっとも、完璧かどうかはまだ不明だ。
治癒魔法による人工的な復元への後遺症は、男が実際に腕を動かしてみるまでわからない。
それでも漫然と治癒魔法を使った時に比べ、予後が改善されるのは間違いない。
「ミカさん。すみませんが、後処置をお願いします」
「了解しましたっ」
ミカに後を任せ、ハタノは急患室を後にした。
仕事は山積みだが、一旦、魔力回復が必要だ。
治癒院の外に出たハタノはポケットから魔力回復用ポーションを掴み、無理やり喉へと流し込む。
ふぅ、と一息つきつつ、ポーション中毒を懸念すべきか、と、ぼんやり思っていると――
ぼそり、と、声が聞こえた。
(ハタノの奴、また人の患者奪ったらしいぞ。しかもヴェイロン治癒師の患者を横取りだとよ)
(マジかよ。先輩の患者を取るか普通? ホント、偉そうだよな。俺達より強い”才”に恵まれただけなのに)
(何でも自分でやらなきゃ気が済まないんだろうよ。つう、かあいつの治癒、おかしいよな。治癒魔法使う前に患者の腹を割くって噂だぜ。ガイレス教授も、あいつは異端だって言ってたしよ)
物陰で喋っている彼等は、ハタノが聞いていることに気付かない。
ハタノもまた、彼等を相手にしない。
陰口を叩かれていることは、昔から知っていた。
自分が他の治癒師の仕事を奪っていることも。治癒方針が異なることも。
それは陰口に留まらず、私物を盗まれたことや、お前の治癒はおかしいと唾を吐き付けられたこともある。
が、ハタノはそれらの苦言に「すみません」と謝りながら仕事に励んでいる。
――言い返しても、意味がない。
”治癒師”の才に恵まれ、生まれた時から両親に「お前は人を救う立派な治癒師になるのだ」と教えられてきた。
ハタノは親の教えの通りに学び、魔力を鍛え、”治癒師”の才を発揮し、いまの仕事に従事している。
好きで、働いている訳ではない。
けれど自分が働かなければ、人が死ぬ。
その現実を前に、ただ仕事に従事しているだけだ。
誰よりも朝早く、治癒院に顔を出し。
誰よりも夜遅く、治癒院から帰宅する。
陰口を言う彼等に、思うところがない訳ではないが……
”才”には個人差がある。
彼等とて、彼等なりに努力しているはずだ。そこを責めてはダメだ、と思う。
それに他の者のことを考える暇があるなら、より効率的かつ建設的な業務改善に取り組んだ方がいい。
それが仕事というものだ。
(時々、虚しくはなりますが)
特定の恋人もいない。
時間が余れば、医学書を開くのが日課だ。
そんなハタノもいずれ”治癒師”の才を子に受け継ぐために、帝国より指定された相手と結ばされることになるだろうが……当分先のことだろう。
そもそもハタノは自分が誰かと結ばれるイメージすら、つかない。
話していていて、自分ほどつまらない人間もいない、と思うからだ。
二本目のポーションを口に咥えつつ、空を見上げる。
快晴。雲一つない、いい天気だ。
ハタノの住む帝都は、平和からはほど遠いものの、晴天の空は少しばかり心を明るくしてくれる。
……せめて今日一日、何事もなく平和でありますように。
これ以上、患者が増えませんように。
そんなことを天に祈り――
雷鳴が、轟いた。
ぽろ、と咥えたポーション瓶を落とすハタノの前で、晴天を切り裂く雷が走る。
雷撃はバチバチと火花を散らし――中から現われたのは、雷を纏いし白き獅子。
その姿がゆっくりと、人型へと変貌していく。
たなびく黄金のショートヘア。
黒の軍服に身を包み、胸元に”雷”の符をつけたその女はハタノを見るなり、にやり、と唇の端を釣り上げた。
「女は好きか? お前、童貞か?」
「は……?」
「美女を見れば抱きたいという欲を抱くだろう? 性行為はよき快楽だ。生きている、という実感と快楽が得られるからな。お前はどうだ?」
意味のわからない質問だが、彼女が何者かは、分かる。
”神の雷”の才をもつ、我等が帝国最高戦力のひとり。
雷帝メアリス。
その雷帝が、瞳をぎらつかせてハタノに笑う。
「光栄に思うがいい、治癒師ハタノ。お前に最高の女をあてがってやる。才は”勇者”。お前は今からその女と契りを交わせ。抱け、そして孕ませろ」
「は」
「断るなら死ね。五秒で消し炭にしてやる。返事はイエスのみ受け付ける。どうする?」
雷帝の右手に雷が宿る。
拒否権など、最初から無いに等しかった。
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新作始めました。シリアスもありますが基本的にはラブコメです。
宜しければ御評価頂けると嬉しいです。
夫婦の初夜は四話くらいから。明日には投稿いたします。
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