第24話 怒り

「こちらの由依さんをご自宅まで送りして欲しい。家の場所は息子に聞いてくれ」

 ホテルの出口でそう話している父さんが手配してくれていたのは、今日のレストランなどの段取りをしてくれたアテンダーさんとの事だった。


「サトウです。宜しくね、おふたりさん」

「息子の理です。こちらは同じ学校の星野由依さんです」

 挨拶してくれたアテンダーのサトウさんは黒目も白目も見えないほどに目が細い。マスクを着けている事もあるが表情がまったく読み取れない。


「そんな、お食事をご馳走していただいたうえ、こんな贅沢なんてだめです」

「素敵なピアノの演奏を聞かせてもらった。お礼だよ」

「えっー! やめてやめて! 断られるとボクの仕事、無くなっちゃうから困るんだげど」

 少し年代を間違えているジェントリーな父さんの返しに、サトウさんが適当とも思える言葉を乗せてくれた為か、星野さんは父さんに素直に頭を下げお礼を告げていた。


「父さん助かるよ。いろいろありがとう」

「いや、こっちも久しぶりに会えて楽しかった」

「また、会いに来るよ」

「おう、まぁ、そのくらいの時分じぶんにはお前にも腹違いの妹が生まれている頃だから楽しみにしてろよ。特別に逢わせてやる」

 父さんの言葉にはかなり驚いたが、僕はそれを悟られぬよう手を挙げて応え、星野さんに車に乗るように目線で合図する。


「環状2号線に出てもらって、鶴見の獅子ヶ谷の信号辺りで停めて下さい」

「了解だよ。完全運転でシャシャッと帰りましょう」

 僕の言葉にサトウさんはわざとらしいくらい大きく頷くと自身も運転席に乗り込んだ。


 ⇒⇒⇒


 夜の国道15号線が混んでいるからだろう、サトウさんの運転するフリードは路地から路地へと進んでいた。次から次へとヘッドライトに照らされる狭い道。


「サイトさんってアテンダーのお仕事をされているんですよね」

「そうだよ。おかげさまで結構繁盛してるよ」

「アテンダーってどんな仕事なんですか? 」

「よくその質問受けるんだよなねぇ。でも一言では言えないなぁ。まぁ、手配師? 雑用係? なんでも屋? そんなトコかな? 」

 車はいつの間にか多摩川を渡ろうとしていた。どこをどう走ったかは分からないが、とぼけた物言いに反し、道にはかなり詳しいのだろう。


「今日のレストランの予約もサトウさんがして下さったんですか? 」

「そうだよぉ。芸能人が予約とかして角が立ったりしたら大変でしょ? だから代わりにボクがしたんだ。快適だったでしょ? 鷹野さんとキミたちが楽しい時間が送れるよう、頑張ったんだよねえ。キミたちの性別、年齢、趣味、特技、食べ物の好き嫌いまでを調べてさぁ、それに合った場所を予約し、マスコミや一般人が騒ぎ立てぬよう導線も確保したんだよねぇ」

 言われてみれば不思議なものでホテルに入ってからレストランに入るまで、人とすれ違った記憶はほとんどない。一体どのような段取りを組めばそのようなことができるのだろう。


「私たちの事、調べたんですか? 」

「うん」

「どうやってですか?」

「それはねぇ、ヒ・ミ・ツ」

 惚けた物言い。そして星野さんや僕にもそれが伝わるとようにワザと振る舞っているのは明らかだった。

 さらに厄介なのは星野さんが僕に対して怒っている事。なにせ一切口を利こうとしないどころか、コチラを向こうとすらしてくれない。


「アテンダーにはいくつかタイプがあると聞いたのですが」

「あるねぇ」

 次々と質問を重ねる星野さん、まるで尋問だったが、これまでのサトウさんの返し方を見る限り相手にはしてくれないだろう。


「芸能人に女性を紹介するアテンダーをご存知ですか? 」

「知ってるねぇ。でもキミたちの言うアテンダーとは違うと思うなぁ。アテンダーはそこそこいるし」

 指摘され始めて気がついた。当たり前の話だがアテンダーは多種多様。当然、何人もいるはずだ。 


「私はこの前、友だちを殺されています。横浜で起きた女子高生の殺人事件です。その子に関わったアテンダーを探しています」

「そのアテンダーを探すのはボクでも無理かなぁ」

「何故ですか? 」

「居ないものは探せないよぉ。当然紹介も出来ないしぃ」  

「それってどう言う意味ですか? 」

 僕も星野さんと同じ疑問が浮かぶと同時に頭の中で漠然と想い描いていたある仮説が脳裏をぎる。


 そんな中、星野さんのスマホがsignの着信を告げた。


「嘘でしょ・・・・・ 何よその記者発表・・・・・ 」

 尋常じゃない星野さんの驚き方、いや、怖がりがり方に何かを察したのか、サトウさんが車のラジオをつけた。


「・・・・・繰り返します。先ほど神奈川県警で開かれた記者会見によりますと、本日17時ごろ横浜市内で発生したオートバイの事故により亡くなった高校生の所持品の中から、先週発生した横浜女子高生ラブホテル殺人事件に使用されたと思われる凶器が発見されたとの事です。凶器は同校の制服のネクタイであり、そのネクタイからは、被害者の皮膚の一部や使用していたファンデーションが付着していたとの事です。また、亡くなった高校生の指紋も付着していたとの事です。警察は事件の詳しい経緯や動機について調べを急いでおります」

 ラジオから聞こえてくる滑舌の良いアナウンサーの声。その声がどこかいやらしく聞こえるのは何故だろうか。


「意味は説明しなくても良くなったみたいだね。ホイ、着いた」

 会話を切るかのようなブレーキ音をたて、フリードは獅子ケ谷の交差点の信号の前でハザードランプを灯す音を立てて停車した。


「ありがとうございます。サトウさんもお仕事頑張ってください」

「ありがとねぇ」

 これ以上、質問を重ねても意味が無いとの判断、そして何より飛び込んで来た衝撃的なニュースのせいだろう。星野さんは足取り重そうに車を降りるとサトウさんにお辞儀をしていた。僕も星野さんを追い掛けるように車を降り、走り去るサトウさんの車を見送る。


 獅子ヶ谷がその名の通り谷合にあるためだろう。吹く風は強く、そして冷たかった。

「ピアノ、上手なんだね」

「鷹野さんとまでは言わないけど、あんなニュースを聞いた後なのに、もう少し気の利いた会話の始め方は出来ないの? 」

 僕が車中でずっと考えていた切り出しの言葉を星野さんはバッサリと切り捨てた。


「気が利かないの認めるけど、ニュースを聞いた通り西野さんの事件は解決した。もう、星野さんや僕が出る幕はないよ」

「嘘ね。村崎、事件が終わったのなら、なんでそんな泣きそうな目をしてるのよ」

「元からこういう目なんだよ」

「もういい! 私、パパ活してみたいってボヤッターで呟いてみるから」

「何を言って・・・・・ 」

「そうすれば、そのアテンダーの方から接触してくるかも知れないでしょ」

 僕の反論を遮るかのように星野さんは言葉を重ねて来た。


「自分が何を呟こうとしているのか、分かっているのか」

「村崎が隠し事してるんだから、頭の悪い私が出来る手なんてそれくらいしか無いじゃない」

 静かな声。そして静かな怒り。多分、星野さんは本当に怒ると冷たさを感じるくらいに静かな声になるのだろう。

「隠し事なんてしちゃいない」

 星野さんは僕を見つめ、悲しそうに笑っていた。


「村崎って、お父さんと同じで嘘をつく時、視線を上に逃すよね。私、鷹野さんがタバコを吸わないことくらい、ファンだから知ってるもん。タバコの話をした時の鷹野さんも視線を上に逃してた。村崎、なかなか戻ってこなかったし、タバコも持って帰ってこなかった。あの時どこへ行ってたのよ」

 星野さんの観察力の鋭さ、そして何より自分の迂闊さに僕は心の中で舌打ちをする。


「星野さんには関係ないことだよ」

「関係ないって何よ! 2人で真相を突き止めるって話したじゃない」

「世の中には知らないままの方が良い事だってある。父さんもそれが分かっているから僕だけに情報を教えるため、いろいろ策を講じてくれたんだ。はっきり言ってここから先は星野さんが入っていい領分じゃない」

 今日、連れてくるべきでは無かった。心のどこかにあった自分の女たらしの部分。星野さんと時間を過ごしたいという思いがこの状態を招いた。


「男だ女だなんて、関係ないでしょ! だいたい村崎、鷹野さんからの情報だけで無く、シルヴァから仕入れた情報もナイショにしてるじゃない」

「あの件は星野さんも納得していただろ! 」

「シルヴァの行動には納得してるけど、村崎には納得してない! 光月先生チャコちゃんにもデレデレしてるし、村崎って女の子にもらだらしが無いし、フッた私をお父さんに合わせても平然としてるとか、デリカシーが無さ過ぎよ! 」

「・・・・・ るせえな、ヤキモチなら辞めてくれ」

 もっと適切な言葉はあったのかもしれない。だが、僕の中で渦巻く様々な嫌な予感が気持ちを焦らせ、そして言葉を荒ませた。


 沈黙が流れ、強く冷たい風が一陣吹き抜けた。


「さようなら」


 星野さんはそう言うと、振り返りもせず、獅子ヶ谷の坂道を登り出した。

 たぶん2度と口も聞いてもらえないだろう。嘘をつき、約束を破ったのは僕だからそれは仕方がない。だが、逆に今は急がなくてはならない。星野さんの性格からすると本当にボヤッターで呟いて危険な目に遭う可能性がある。


 タクシーを捕え横浜へ向かおうと環状2号線に目を向けると一台の車が目の前で急停車をする。

 助手席側のパワーウインドが下がり聞こえて来た声。


「乗るか? 」

 声のトーンも話し方もさっきまでとはまるで違う。

「横浜駅までお願いできますか?」

「いいぜ」

 僕は小さく頷くと人差し指だけで手招きするサトウさんの運転するフリードの助手席へと乗り込んだ。


 ⇒⇒⇒


「横浜駅に着いたらどうするつもりだ? 」

 走りだして直ぐに掛けられた言葉に僕は運転するサトウさんに視線を向ける。

 ノーマスク。その上、糸のように細かった目はクッキリと見開かれていた。


「このリストの中の女の子をひとり呼び出します。ひとり引っかかる子がいるんです」

 僕はポケットから例のリストを取り出し、記載されているメールアドレスに空メールを送った。秒で返って来た返信メール。


「なるほど。そんなリストが出回ってるのか」

「何か分かるんですか? 」

「分かる事はふたつ。そのリストを取りまとめたヤツは三流以下の仕事しか出来ない素人って事と、そのサイトは絶対に芸能人は使わないって事だ」

 サトウさんは僕のリストを一瞬見ただけ。それだけで断言をした。


「なぜ、素人と断言出来るんですか? 」

「アテンダーは裏街道の信用商売。だから結果と信用は残すが、痕跡と遺恨は残さないのが流儀だ。だがそいつはリストなんて物を表に流れる事を許してる所か、人まで死なせてしまっている。だから素人だと断言出来る」

 アテンダーの流儀が何なのかなど僕には分からない。だが、リストなんてものが世間に流れれば顧客にとってもアテンダーにとってもリスクにしかならないのは間違いないだろう。


「芸能人は利用しないと言うのは何故分かるんですか? 」

「そのキャッチコピーが一般人の顧客や働く側に優越感を与えるものにしか過ぎないからだよ。キミのお母さんやお姉さんのお店でも使っている手じゃないか」

 考えもしなかった。自分の視野の狭さが恥ずかしくなる。確かにサトウさんの指摘通り、母さんや姉さんが切り盛りしている美容院も芸能人御用達と言われているが、芸能人顧客数は全顧客数の5%にも満たない。だがその訴求力、看板効果はとてつもない。


 ある仮説が浮かんだ。


 サトウさんの運転するフリードは大豆田まめどの交差点を左折し、綱島街道に入ろうとしていた。前を走る車が点滅させている左折のウィンカーのリズムが僕の心臓の鼓動を早くする。


「さっきボクが言った『居ないものは探せない』の意味、分かったみたいだな」

「はい」

 僕はそう答えたのち、スマホをタップし空メールを送信後、秒で届いたURLにログインし、パスワードである『CCW Heist 250を』を入力する。

 スマホに映し出されたのは、メモと同じようなリスト。西野さんであろう人物の名前は既に削除されいたが、驚いた事に女の子の人数は10人ほど増えており、ランキングもベスト20と音楽チャートのように長大なものとなっていた。リストと比べてみると、トップ3の顔ぶれは変わっておらず、それ以外は新旧が入り乱れている状態だ。


 直ぐに利用できると言う意味であろう、ランクの横に『即利用可』の表記のある女の子を選び僕はエンターを押す。

 選んだ子のイニシャルは『S.S』。ランキングは3位。リストを見た時から引っかかるモノがあったその子の身長は163センチで体重は49キロ。81C・61・87のスリーサイズで黒髪ロングの表記。金額は表記されている女性の中で最も高い時間当たり9万円。この金額でランキング上位にいるのは在籍校名のインパクトだろう。

 再び秒でスマホに返ってきたサイトからの返答。表示されたポップには横浜西口にあるホテル『GO』を利用するようにとの指示とひとつのQRコード。注釈でホテルロビーにある読み取り機に翳すようにと書かれている


「気をつけろよ」

 僕の行動を逐一見ていただろうサトウさんはポツリと呟く。

 国道1号線に出た車は西側へと進んでいた。横浜駅にはあと10分も掛からないだろう。僕はもうひとつの疑問を口にする事にした。

「何故、僕には色々と教えてくれたんですか? 」

 サトウさんはニヤりと笑う。


「鷹野さんにはお世話になっているからと言うのもあるけど、まぁ、君が面白いからかな」

「僕が面白い? 」

「キミ、有名進学高校の受験に失敗して、今の高校に行っただろ? 」

「はい」

 事実だからしょうがないが、僕が受験に失敗た事を面白いと言うのなら流石にムカつく。


「鷹野さんはそれを気にしていた。自分の離婚話が持ち上がった時期とキミの受験時期が重なり、そのせいで失敗したんじゃないかと。それ以来、鷹野さんは定期的にキミらの近況をコッソリと調べるよう、ボクに依頼してくる。それで2年程見てきたキミは、不器用で勝手で、ええカッコしいで、どこか人を小馬鹿にしていて、そのひねくれ具合が凄く面白かった。さっきも車の中で星野さんと一緒にいる時、一言喋らなかったのはボクの人柄を探るのもあったんだろうけど、何よりボクを利用して彼女に今回の一件から手を引かせるのが狙いだったんだろ? 」

 驚かされた。サトウさんが全てを見透かしていた事に。そして、父さんが僕らをそこまで気にかけていてくれた事にも。


「でも、星野さんは諦めてくれませんでした」

「そりゃあ無理だろ。好きな男の子が自分が横にいるの頼ってくれない、甘えてくれないじゃ、寂しくもなるし、惨めに思い意地にもなる・・・・・ でも、キミも意地を貫くんだろ? 」

「はい」

「いいねぇ。やっぱりキミは面白い」

 サトウさんがそう笑うと車を横浜駅西口の繁華街に車を停めてくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」

 車を降りマスクを外して深く頭を下げる僕にサトウさんは、少し驚いたような顔を見せる。始めて表情の変化を見る事ができた。


「キミはそんな顔をしてたんだね。最後に素顔を見れて良かったよ」

 意味の分からない言葉を残し、サトウさんの車と共に夜の街へと消えてしまった。僕はおそらく偽名であろうサトウさんの本名は何なのだろうと考えつつ、横浜のホテル街へと歩き始めた。

 


 

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