第17話 水たまり 後編最終話

父娘の会話を、母親は聞くだけになっていた。二人とも真剣であるし、楽しそうでもあったからだ。そして性格上、中途半端に終わらせるのは嫌いなところが、そっくり似ていた。

「お店の人には先に聞かないの? 」

「止めておこう、万が一彼女がいなくなったら、こちらの責任になる。損害賠償でとんでもない額を請求されたら困る」

「さすがお父さん! で、店はここでしょ? 彼女どこを通ってくるかな」

「多分この道だ、それ以外に道はない」

「じゃあここで待ち伏せ? 」

「だな」

 明日は土曜日で学校は休みだ。朝早く下調べをしてからの実行と言う事になった。



「再開発していたよね、丁度いい」

一家は車の中で話し合った。繁華街は空き地と小さなビルの解体のための、頑丈そうな白いカバーが掛かっていた。

「何て話しかける? 」母親は不安そうにそう聞いた。

「何だ、ちょっと不安そうだな」

「だって、今の時代迂闊に聞けないでしょ? それこそお店の人に「変な人に話しかけられて」なんて言われたら・・・・・」

「そのための変装、ちょっとしたね。私はとにかく顔が近くで見てみたいな、それととにかく後ろ姿だけでも撮りたい」

母親の顔は何故か晴れないが、日はどんどん傾いて行った。

「さあ、そろそろ出ようか」

ぽつぽつと夜の街に人が現れ始めた。

一時間ほどは何の変化も無かった。しかし慣れた親二人は娘に

「そろそろだから準備しておいて」と注意を促した途端だった。

「いた! 大通りから一本入った所の道を歩いている、パーカーを着て、マスクしてうつむいている! 」

「冗談お母さん、人違いでしょ。パーカーのはずない。今から店でしょ? 」

「彼女、店で着替えるみたいよ。パパ、そっち行く、手が白い!マスクで隠せない部分も!」

「わかった、見えた!」「私も今見た! 」

父親はそこから店へと曲がる道から、娘は反対側から、母親は彼女の後ろ。そしてもう一つの道は、工事のため行き止まりになっていた。

ターゲットの彼女に逃げ場は無かった。

姫は三本の道が出会う所に先に着き、ほんの数秒、彼女がやってくるのを興奮気味に待った。そして

「あの・・・・・すいません」話しかけた途端、

彼女の目が急に姫を見つめた。大きな目、まだお化粧もしていないのに、はっきりとした強さを持った、威圧的ではないにせよ、見たことの無いような澄みきった瞳だった。一瞬、その美し過ぎるまでの瞳に姫が動けないでいると、彼女はさっと行き止まりの路地に入って行った。

「ラッキー! 三人で話が聞けそう!! 」

と思った瞬間、父親の声がした。

「え!! 」

姫が慌てて彼女を追うと、

「え! いない!! どうして??? 」

ほとんどが一階建ての小さな店で、閉まっているものや、完全に閉店してそのままのものもある。それも確認済みだった。

「どこに行ったの? 」

三人でしばらく慌てたが、一分も経たぬうち父親はすぐさま「帰るぞ」と言ってその場から立ち去ろうとした。

「どうしてお父さん! 」「姫、し! 大きな声を出さないで! 」

母親の言葉を素直に聞いた娘は

「だって、おかしい、でも近くにいるはず! 」小声で話したが

「とにかく帰るぞ」「そうね」

親二人に引っ張られるように、姫は後ろ向きで路地から出ようとしたとき、親の手をさっとすり抜けて、元の所に戻った。

「姫! 」娘が屋根の上にでも登るのかと思いきや、しゃがみ込んで地面を見ている。

「姫、どうしたの?? 」

「大きな水たまり・・・・さっきまで無かった」 

「工事現場から漏れたのかもしれない、とにかく行くぞ」

事務所に帰るまで、三人は無言だった。


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