◆触れるだけの
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……一体何のつもり?」
柄にもなくじっと耐えていたけど、ついに耐えきれなくなって、私は魔法師団長を睨めつけた。
だけど、いつものノック即入室の流れを経て部屋に入ってきてから、延々と人の顔を見つめてにこにこしていた魔法師団長には響かない。笑みを浮かべたまま返された。
「んー? いや、異世界人サマだなぁって」
「……ついに頭おかしくなったの?」
「即その結論に至る容赦のなさが好きだなぁ、としみじみしてる」
「…………」
閉口する。これはなんかつついたら面倒なやつだ。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「…………何かあったの?」
……でもやっぱり、ただただひたすら見つめてくる視線に耐えきれなくて訊いてしまった。
「いや? あんたが気にするようなことは何も」
するりと逃げる猫のように、魔法師団長が笑みを塗り替える。……その事実をわかってしまう。わかってしまうだけの関係を、もう築いてしまった。
――線を引かれた。意図的に。
それはいつものことと言えばいつものことで。でもなんだかそのときは、無性に苛立った。
でも、それを表に出してぶつけるようなことはしない。私はただの『お客様』で――自制心を持っていなければ何がどう作用するかもわからないチート持ちだから。
「……本当に、あんたが気にするようなことは何もない。でも――そうだな、ひとつ、オネガイしても?」
「……何?」
「あんたに触れたい」
「…………」
「その薬指――俺の贈った指輪の填まった薬指に。ダメ?」
――その『オネガイ』を。
はねのける選択肢が、頭を過らなかったかと言えば嘘になる。
でも、結局。
「……別に、それくらいなら」
そう、頷いてしまったのは、どうしてだったのか。
いつもとどこか違う、魔法師団長の雰囲気にあてられたのか。
ずっとずっと、魔法師団長が律していた『私に触れる』という行動を、その線を、踏み越える発言をしたことに驚いてしまったからなのか。
何をどう理由づけて言い訳しても、私がそれをゆるしたのは確かで。
自分から言い出したくせに、私がゆるしたことにちょっと意外そうな顔をした魔法師団長は、だけどすぐに、びっくりするほどやわらかに微笑んで。
すい、と私の手をすくい取って、薬指の指輪に唇でそっと触れた。
それは、何かの願いのようで。祈りのようで。
私は何も言えずに、それをただ見つめていた。
「――じゃあ、達者で、異世界人サマ」
そう、まるで末期の別れのように告げて、魔法師団長が去って行くまで――何も言えずに。
――その、魔法師団長の不可解な言動の理由を知ったのは、元の世界に帰って、また異世界を訪れたあと。
いつもならすぐにご機嫌伺いに顔を出す魔法師団長がいつまで経っても現れなくて、身の回りのことを整えに来たメイドさん(基本的に自分のことは自分でするけれど、そのための準備をしてくれる人だ)に、訊ねてからだった。
――『継承の儀』というのが、あるのだという。
代々の魔法師団長が臨むというそれは、歴代の魔法師団長の技と力を込めた大きな結晶の中に入り、それらを身に受け容れるという儀式で――受け容れること自体の成功率は5割、そのうち、受け容れる側の元の人格を保持できる確率は――1割。
……そんな儀式のことも、人格が書き換わるかもしれないことも、知らなかった。知らされなかった。
――それが、悔しいなんて、……かなしいなんて。
こんな感情、この世界で持つつもりは、なかったのに。
「――お、異世界人サマ。来てたんだ?」
言葉にならない気持ちでいっぱいになって、部屋に閉じこもろうと自室の扉を開けたら、あっけらかんと笑う魔法師団長がいた。
「……っ」
「ごめんごめん、不法侵入するつもりはなくて――ちょっとした儀式が終わったんだけど、そこからちょっといろいろ加減がきかなくなってて。あー、異世界人サマに会いたいなって、儀式が終わって思ったら、部屋に転移しちゃったっていう――」
「――っ、ばか……!」
「え、なに、なんでそんなかわいい顔で罵倒されてんの俺」
いつものように軽口を叩く魔法師団長に、部屋のクッションが軒並み当たるまで、あと1秒。
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