◆その指に




「よう、異世界人サマ。ご機嫌麗しゅう……は、ないみたいだな」

「……それがわかってるなら、出てって」


 ノック即入室。ノックの意味がまるでないいつものパターンで部屋に侵入してきた魔法師団長に、私はクッションに顔をうずめたままそう返した。


「おや、顔も見せていただけないとは、これはこれは」

「…………」

「よっぽど『向こう』でヤなことでも?」

「…………」

「なるほどなるほど」


 沈黙を答えとして受け取って、魔法師団長は勝手に納得する。


「愚痴聞きます? それともチートで憂さ晴らしでもします?」

「……とりあえずその半端な敬語やめて」

「今のあんたはこれくらい距離空けてた方がいいかなと思ったけど、そう言うなら」

「…………」


 いつもどおりに戻った魔法師団長の口調に、ほっとする。ほっとする自分を自覚する。

 

 ――ほっとしたくなんて、ないのに。


「………………」

「………………」

「……何か、言わないの。いつもみたいに」

「あんたが言ってほしいなら言うぜ?」

「…………」


 いつもの戯言を垂れ流さない魔法師団長は、ただ穏やかな笑みを浮かべて私を見ている。

 慈しむように。労わるように。

 それを優しさと思えるのだったら、もっと話は簡単だったのに。


「……この間の」

「ん?」

「『何でもない日のプレゼント』」

「ああ、あれな。あれが?」


 言うか言うまいか、一瞬迷う。


「……助かった」

「……うん?」

「……虫よけに使ったから」


 そこで魔法師団長は、クッションにうずもれた私の指に『プレゼント』がはまっていることに気づいたらしい。

 そうして、私が『向こう』で遭った『ヤなこと』にも大体想像がついたみたいだった。


「そりゃ、お役に立ってよかった」

「……でもこれ、外れないんだけど」

「そーいう魔法かけたからなー。出来心ではめてくれたら儲けもんと思って」

「……どうしてそういうことするかな……」


 だから素直に感謝もできない。


 『ありがとう』とは言えない。


「それくらいしないと、重過ぎになっちまうだろ?」


 『指輪』を贈る時点で重いだろう、と思うものの、この男にとっては何らかの線引きがあるんだろう、たぶん。


「ま、『ヤなこと』が落ち着くまではつけとけば? 鎮静作用とかいろいろ効果付けてあるし」

「…………」

「好きにすればいい。それはあんたを縛るものじゃないんだから」


 ……そう、これは私を縛るものじゃない。

 ただ、『何でもない日』にかこつけて渡されただけの指輪。

 ペアリングでもないし、婚約指輪でも、結婚指輪でもない。

 本当に本当に外したかったら、『チート』で外せるのだろう、それだけのもの。


 ……だけど。


 魔法師団長の魔法がこれでもかと詰め込まれたこれは、確かなこの世界とのつながりで。

 それを利用して、それを支えに、『向こう』を乗り切っただなんて、――まだ、知られたくはなかった。

 私の中での『向こう』と『こちら』の比重が変化してきているなんて、知られたくはなかった。


 魔法師団長はやっぱり笑顔で私を見ている。その笑顔が微塵も揺らがないのを見て、ぼんやりと思う。


 この完璧な笑顔以外の顔を、向けられるようになったら。

 いったい私は、どうするつもりなんだろう。


 ……私の指にはまっているのと同じものが、その指にはまったら。


 そんな夢想、できもしなくて、私は強くクッションに顔を押し付けた。



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