◆バレンタイン
「ほい、異世界人サマ。ハッピーバレンタイン」
今日もまた、ノック即入室なんてしてきた魔法師団長が、そんなことを言いながらかわいらしくラッピングした代物を差し出してきたので、私はドン引きした。
「何その反応。傷つくなー」
「顔笑ってるけど」
「俺の前で取り繕わないでくれる異世界人サマが嬉しくて」
「意図的に誤解していく姿勢やめてくれる?」
こっちの世界ではあまり取り繕ったりしないことにしているだけであって、魔法師団長の前だからとか関係ない。
「それはともかく、俺が誠心誠意込めて作ったバレンタインチョコ、受け取ってくれねぇの?」
「なんか変な魔法とかかかってそうだからやだ」
「ひでぇなー」
言いつつもやっぱり魔法師団長の顔は笑っている。やっぱりマゾなのかもしれない。
そもそもこの世界になぜバレンタインが。どうせ異世界からの輸入だろうけど、そもそもチョコレートに相当するものがあったんだろうか。なんとなくない気がする。そしてそれなのに魔法師団長の差し出してるものはちゃんとチョコレートな気がする。この魔法師団長も大概チートなので魔法で何とかしたんじゃないかという気がする。
「というか誠心誠意という言葉ほどあなたに似合わない言葉もないんじゃないかと思うんだけど」
「辛辣ー。そんなところも好きだぜ?」
「あなたのそんなところが嫌い」
「そんな言葉を投げかけてもいいと思うほどに気を許してくれて嬉しいぜ」
「二度目だけど意図的に誤解していくのやめて」
「誤解じゃなくて理解だって」
だめだこれは。受け取るまで延々こんな会話を続けるつもりだ。
そう悟って、私は仕方なく魔法師団長の手からかわいらしい包みを受け取った。
「この夢見がちなラッピングは何なの」
「やっぱ愛を伝えるなら見た目にもこだわらないとと思って」
「完全に逆効果だしあなたがこれを包んだかと思うと頭を心配する」
「異世界人サマの心配いただきましたー。愛だな」
「率直にけなしたつもりだったんだけど、どこまでポジティブなの」
普通に、可愛い系でもない見た目のいい成人男性が、ピンクとフリルとハートをふんだんに使ったラッピングをしている様を想像したら、やばいものを見た気になると思う。
……いや、これは偏見かもしれない。でも少なくともこの魔法師団長に対しては引く。
「異世界人サマが俺に向ける言葉は全部愛の証だと思ってるからな」
「その発言、ふつうにストーカー理論でドン引きなんだけど」
「でもストーカー行為はしてないだろ?」
「そういう問題じゃない」
何を言っても、私がバレンタインチョコを受け取ったことが嬉しいのか、にこにことした笑顔を返される。
いや、この魔法師団長は元々私の前で笑顔を崩すことは稀なのだけど。
……そういうところが、利潤ありきの関係であり、私は異世界人という『お客様』なのだと思わされる。
とにかく私に不快な思いをさせないようにしているのだ、この男は。そしてあわよくば好意を持たせようとしてくる。
別にそれがどうとかはないし、そう感じさせる隙を作っているところが、この男の絶妙な距離の取り方だと思う。私が、その方が楽だとわかっているのだ。……わかられているのだ。
「ま、そのチョコ、心配なら魔法で精査してくれて構わないし、そのうえで捨ててくれたっていいぜ。受け取ってくれただけで十分だから」
「……受け取った時点で発動する魔法でもかけたの?」
「その手があったかー。でもそんなことしたって、あんたの無意識ではじかれるからな。今度試してみてもいいけど?」
「それを聞いて今度あなたからのプレゼントを受け取ると思う?」
「思わない。……渋々でも、受け取ってくれただけ奇跡だってわかってるって」
……わかられている。
しがらみを増やしたくない異世界で、モノを受け取るという行為が、私にとってどれくらい重いものか。
それでも受け取ったことの、意味を。
「用は終わったでしょ。帰って」
「お、照れてるな異世界人サマ」
「魔法でどことも知れない場所に飛ばされたくなかったら今すぐ回れ右して出て行って」
魔法師団長は「はいはい」と笑って――こっちが息を呑むくらい優しい瞳で笑って――出て行った。
ひとりになった部屋で、私は手近にあったクッションに顔をうずめる。
……魔法師団長の言う『愛』はなくても、『親愛』の芽くらいは出ているのだと、たぶん、もっと前からわかっていた。でも、わからないふりをしていた。――その自覚の衝撃を、やりすごすために。
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