日帰り異世界と私と魔法師団長
空月
日帰り異世界と私と魔法師団長
青空の映る水溜まりに落ちれば、そこはもう異世界だ。
いわゆるファンタジー、剣と魔法が一般的で、人間外の種族や上位存在がいて、ついでに性別問わず美形がやたら多い。
異世界の存在が認知されているので、異世界人ということを信じてもらえないなんてことも、異世界人だからと迫害されるようなこともなく、むしろ異世界人ならではのとある性質によってちやほやされたりする。
あまりに異世界人に都合がよすぎて、「夢かな? 私こんなわかりやすく楽してちやほやされたいと思ってたかな?」と思ったこともあるけれど、元の世界との行き来を片手の数を超えるほど経験すれば、現実だと認める気にもなる。そこも含めて夢の可能性もあるけれど、そこまで考えていたらきりがない。
あんまりに生きてるだけで持ち上げられるところが深層願望丸出しの夢感を醸し出しているのは確かだけれど、何もかもが私に都合のいいように運ぶわけでもなかったりする。
異世界人は魂の位相が違うのでこの世界の上位存在ばりにチートになるけれど、何もかもというわけじゃなくて人それぞれチート内容は違う特化型だとか。
元の世界の肉体をそのまま持って来てるんじゃなくて魂に則した仮の体が形作られてそこに入る形なので、この世界で死ぬことはないけれど、だからって外見が変わるわけじゃなくて元とそっくりそのままだから別人にも美形にもなれないとか。
異世界人への福利厚生が充実しているのでほぼニートみたいな生活が許されたりするけれど、特化型チートの内容に応じて何らかの義務は存在するとか。
そんなふうに、基本的に都合はいいけれど、微妙に思い通りにはならないこの異世界で私が得たチートは、『魔力が規格外に豊富、且つ自由自在に扱える』だった。要するに魔法チートだ。
異世界、なんてものに適応できる程度には漫画もアニメも小説も親しんできた人間なので、そりゃあもうテンションが上がった。ファンタジーに触れて育って魔法に憧れない人はいないと思う。
ただし規格外が過ぎて自分でもドン引き案件を起こしてからは、いかに小規模で生活を自堕落にできる魔法を編み出すかに注力している。でも創意工夫が必要ないくらいに自由自在に扱えるので、そういう意味での楽しみは正直ない。楽でいいけど。
この世界では、『異世界人そのものが天からの恩恵である』みたいな考え方をされているので(まあ、『天』という考え方はなくて、『大いなる意思』とかそんな何かだったはずだけれど)、本当に生きてるだけで下にも置かない扱いを受ける。
ニート同然の生活を許される代わりに課せられる義務だって、これをしろあれをしろと言われるんじゃなくて、どうぞよろしくお願いしますとお偉い人に頭を下げられ依頼される感じだ。平々凡々な小市民なので、異世界とはいえお偉い人からそんな対応をされると居心地悪いことこの上ない。
そんなわけで私の義務――王立魔法師団だかなんだかに出向する、というものを果たしているわけなのだけど。
「よう、ご機嫌麗しゅう。あんた、まだこの世界に永住する気にならないわけ?」
「必要以上にへりくだったりしなくていいって言ったのは私だけど、馴れ馴れしすぎてイラっとするからもうちょっと口調なんとかして」
「それは失礼。異世界の御方におかれましては、この世界にて生きるというお気持ちには未だなられないので?」
「中間っていう概念はないの? ……この世界で生きるようになったらチート無くなっちゃうんでしょ。イヤ」
「まるっきり無くなるわけでもないし、チート?だとかには変わりないって過去の事例が証明してるんだけど、それでも?」
「そもそも、しがらみが増えるのがイヤ」
「そりゃまあ、この世界に縁づくって言うのは、つまり添い遂げる人間を決めるってことだからな。確かに『お客様』の今とは比べ物にならないだろうけど」
魔法師団所有の研究棟の中に与えられた、そこかしこに贅の尽くされた豪華な部屋――だった、私の好みで小市民でも落ち着ける程度に飾り気を減らしまくった一室。
魔法師団長とかいう肩書の、すっかりこの部屋を我が物顔で訪ねてくるようになった人物がノック・即侵入という礼儀もへったくれもない形でやってきたので、私はふかふかのソファでくつろぐのをしばらく諦めることにした。
「とりあえず、一応異世界人の前に
「淑女らしさの欠片もない癖に何言ってんだか。あんたいつ来てもソファか机の前でだらっとしてんじゃん」
「異世界人に対する不敬罪いっとく?」
「あんたはそういうところで特権使わないって知ってるからこんな口叩いてる。あと、事実を口にするくらいは許される間柄になれたと自負してるし?」
「あわよくば異世界人っていう名の戦力を魔法師団に引き込もうとしてる魂胆で距離詰めてきてるのは見え見えなんだけど」
「でも距離は縮んだろ? もちろん心の」
「物理的に縮めてきたらその時こそ異世界人に対する不敬罪適用ね」
「何言ってんだよ、それじゃあ深い仲になれないだろ」
「誰が深い仲になんてなるかって断ってるのがわからないの?」
「その上でゴリ押ししようとしてるんだけどわからないか?」
ニヤニヤと笑うその顔面に魔法を使ってクッションを投げつけてみたけれど避けられた。魔法極めてるくせに騎士と張るレベルで身体能力も高いとかふざけないでほしい。魔法ブースト掛ければ私だって張り合えるけれど、素でこれだから天は二物も三物も与えるというやつだ。
前述のとおり美形だらけのこの世界でも飛びぬけて整った外見をしているのがまた腹立たしい。艶やかな金髪はうなじで括られ流され、切れ長の青の瞳は宝石のごとく美しく、そのかんばせは誰しもが見とれてしまうほどに麗しい。……ともかく語彙力が追いつかないような美形なので、形容が平凡なのは許していただきたい。
そんな出来すぎ男なので、そりゃあもうモテる。引く手あまたなんて言葉じゃ足りないくらいモテる。なのに私なんかに秋波を送ってくるその理由が『魔法関係チート持ちの異世界人』ってだけなんだから、多少対応が雑になるのも仕方ないのではないだろうか。いちいち言動を真に受けていたら馬鹿を見る。
「どんなにあなたが優良物件だろうと、この世界で『お客様』以外をやる気はないからいい加減諦めて」
「おお、褒められた。地道な売り込みが結実したな。これはもう押して押して押しまくってオトすしかないな」
「意図的に後半を聞かなかったことにするのやめてくれない?」
「俺が優良物件って認識があるなら、ここは妥協してオチてくれてもいいだろ?」
「だから、しがらみが増えるのがイヤだって言ってるでしょ。せっかく自由気ままに生きられる立場なのに、何を好き好んでそれを捨てないといけないの」
元の世界と違って、生活のためにあくせく働かなくてもいいし、行なったことへの見返りがないということもないし、生きてきた年数分絡みついたしがらみで思うように振舞えないということもないから居心地がいいのだ。言ってしまえば現実逃避先である。なのにこの世界に住んでしまったら、逃避先が逃避先たる所以が消え去ってしまう。
この世界に移住するというのは、この世界に住む人と結婚することと同義だ。結婚なんてしがらみの最たるものである。とはいえ、元の世界の結婚とは定義が違うのだけど。書類書いて判押してはい成立、というわけじゃなくて、魂と魂を縁づかせる儀式がどうとか説明されたけれど忘れた。
ともかくも、私はこの世界を終の棲家にするつもりはない。というのを何度言ってもスルーして口説いてくるこの魔法師団長を黙らせる術を考えるのが最近の暇つぶしの題材だったりする。ちなみに魔法で黙らせるというのは簡単にできるので、それ以外で。
そういうふうに考えられているうちは良いとして、心情が『ウザい』『面倒くさい』という方向に偏ってきたらさくっと元の世界に戻る。そして気持ちが落ち着いたらまた来る。既に実践済みというところで、魔法師団長のしつこさがわかると思う。
来るときに通るのは『青空の映る水溜まり』だけど、帰る時に通るのは『虹の映る湖』だ。
この異世界の天気は三日間雨が降り続けて一日晴れて二日曇って一日晴れて三日雨が降る、というサイクルを繰り返す。この世界の成り立ちに関わる伝承だか神話だかに基づいたサイクルらしいけれど、興味がないので詳細は忘れた。その天候の移り変わりの中で、雨の次の晴れの日には必ず虹が出るようになっている。その虹が出ている時間が、私が元の世界に戻ることができる時間なのだ。
ちなみにこの異世界と元の世界を行ったり来たりする方法は、異世界人ごとに違うらしい。でも誰も彼もわりとお手軽な方法なんだそうだ。日数的な縛りがあるというだけで私の条件が厳しい方に入るというのだから相当だと思う。
今日の天気は雨。二日目の雨なので、帰れるようになるのは明後日だ。この調子で魔法師団長が連日押しかけて来るようなら、そろそろ元の世界に帰ってもいいかもしれない。あんまりこっちに長居すると元の世界の生活とのギャップがきつくなるし。
「あ、そういや、今度うちの団に出張してもらう件なんだけどさー」
さっきまで口説きまがいの台詞を吐いていたその口で、唐突に真面目な(口調は不真面目だけど)話を始めるのも、ちょっと常人とは頭の作りが違うらしい魔法師団長にはよくあることだ。不本意ながらこの魔法師団長とはそれなりに会話を重ねてきているので、唐突な話題の転換には慣れてしまった。私の予定にも関わることなので、ソファから体を起こして話を聞く体勢になる。
「そういうあからさまなまでに態度切り替えるとこ、清々しくて好きだぜ」なんて軽口を叩いてくるのは聞き流す。こっちの世界だからここまで感情に素直に行動しているというのに。
「模擬演習で大規模魔法撃ってもらうのってアリ?」
「それ、人に向けて?」
「うん」
「じゃあ無理」
防ぐ準備ができてるとわかっていても、人に向かって攻撃魔法を撃つとか無理すぎである。万が一がないと知っていても怖い。
「即答かー。んじゃやっぱり最初の予定通り、あんたに向かって一斉に魔法撃つ方でやるしかないか。撃つのはヤなのに撃たれるのは平気なんだ?」
「うん。絶対に防げるってわかってるから」
「うわ、異世界人サマって感じ。だからこそうちの団に入ってもらいたいんだけどなー」
魔法チート様様で、私はこの国の全員が束でかかっても敵わないような魔力を保持しているらしいので、私が全力で守りを固めれば、どんな魔法が来ても防げるのだ。それは感覚としてわかるものなので、私は安心して魔法が使える。でも人に向けて撃つのはこわいので、異世界人特権を振りかざして避けているのである。
まあそういう感じで、いつもの訓練だって、油断してたんだと思う。私も、魔法師団長も。
事件は、何事もなく模擬演習が始まり、魔法を打たれ、それを防ぎ。その繰り返しの後に、演習中に感じたこと――講評みたいなのを魔法師団長に伝えていた時に起こった。
ざわっ、と空気が変わった。
ん?と思って、話途中だったけれど、首を巡らせる。魔法師団長も感じたのだろう、同じように怪訝な顔で周りを見ていた。
と、自分たち――演習に参加した魔法師たちとは少し離れていたのだ――から見える地面が、なんか発光していた。
「えっ――何あれ……魔法陣?」
それは巨大な魔法陣に見えた。
演習場は広大の一言なのだけど、その半分くらいが光って、紋様を浮き上がらせていた。
「ねえ魔法師団長、あれ何? 聞いてないんだけど」
「俺も聞いてないな。遠隔作動魔法陣――あれは召喚用か――は演習場に常時あるけど、作動させる予定はなかったはずだ」
「いや現実見て。あからさまに作動しているしなんか出てこようとしてない?」
召喚用魔法陣というのがあるのは知っていた。私は使ったことがないけど、この世界では魔法の中に召喚魔法というのがあって、魔物を使役するのだ。ちなみに魔物は召喚された時点で魔力で形作られた仮初の命を与えられるとかで(この辺は異世界人とちょっと似ている)、この世界で死んでも本質的な死ではないとかなんとか。だから演習用に魔法陣なんか敷いてあるのだろう。
言いつつも、私はそこまで焦ってはいなかった。何せ私は魔法チート持ちの異世界人サマである。どんな事態になってもどうにかなるだろうと思っていた。
――のだが。
「――――ひっ」
徐々に現れてきたものを見て、息が、止まった。
細長い脚。それは細かい毛におおわれている。それが一本、二本、三本……八本。
合わせるように目が八個、無機質な光を放っている。
くも。
蜘蛛だ。
それも、超巨大な。
それを認識した瞬間、私は無意識に手をそれに向けていた。
「異世界人サマ!?」
突然の魔法発動の気配を感じ取ったのだろう魔法師団長が横で驚いているが、構っている余裕はなかった。
いやもう無理無理無理あのサイズのアレが存在してるの見ちゃったのがむり!!
ぎゅるん、と空間が捻じれる。それに捕らわれた魔物が抵抗するように脚をばたつかせるが(うあああ見てしまった見てしまった見てしまった)あえなく空間に閉じ込められ、そして空間が圧縮され――。
塵も残さず、魔物は消えた。
「あー……あの、異世界人サマ? 目が死んでるけど、大丈夫か?」
もちろん大丈夫じゃない。私は私の知る生き物の中であれが一番きらいなのだ。
その巨大化したものを、わりと間近で見てしまった衝撃がおわかりいただけるだろうか。今すぐ忘れたいのに瞼裏に焼き付いたように姿が消えない。泣きたい。
でもやっちゃった……手加減とか全部頭から飛んでって反射で殲滅してしまった……。
これでもこの世界で私は自分を律してきた。だらけて生きるのはともかく、自分でドン引きする失敗を一度したからには、魔法は自分の意志の下、きちんとコントロールしようとしてきた。
それが、吹っ飛んだ。大嫌いな生き物(の見た目をした魔物)を目にしたというだけで。
生理的に無理なものを見てしまった嫌悪感に遅れて自己嫌悪がやってきた。
その後、どうして予定にないはずの召喚用魔法陣が起動したかの調査のため、ばたばたと演習は終わり、私は自分の部屋に戻ったわけだけれど。
「その、ほら、あれが生理的に無理って人間は多いからさー、異世界人サマもそんな気にすんなって。異世界人サマのおかげで準備なく至近距離に魔物が発生しても被害なく済んだわけだし、むしろ有難いって話で」
ずーんと落ち込む私を前に、どことなくいつもの余裕をちょっと減らした魔法師団長が慰めの言葉らしきものをかけてくる。
わかられている。何故こんなに暗くなっているのかわかられている。それがまた自己嫌悪を加速する。
そうは言われても、あの瞬間、私の頭に被害を最小限に、とかそういうのは全然なかった。とにかく目の前のモノを消し去りたいという本能的な衝動に従って魔法を放ってしまった。
それは、我を忘れるような事態に陥った時に、私が私の意志を保てないということだ。衝動的に動いてしまうかもしれないということだ。
……万が一命の危機に見舞われたら、人にだって魔法を放ってしまうかもしれないということだ。
「いや、あんたは理性的だったって。空間魔法で消滅させてくれたから周りに被害もなかったし。後片付けも楽だったし。現場検証も滞りなく済んだし」
それはその後のことを考えてのことじゃなくて、一刻も早く目の前から消したくて――って。
「心読むのやめて」
「だってそうでもしないとあんた、自分の殻にこもってうじうじ悪い方に考えてすっと姿消してこの世界に来なくなるだろ。勝手に罪悪感抱えて」
この魔法師団長、なんと心を読む魔法も使えるのである。そしてそれを度々私に――ガードを忘れるくらい落ち込んだ私に使ってくるのである。
……そう、魔法の失敗の度に――チートであるはずなのに失敗する度に、私は落ち込む。頑張らないで済むのをいいことに、頑張らないでいたからこんなことを引き起こしてしまったんじゃないか、と思って。
そしてそんな私を、この魔法師団長はずかずかと心を読んで慰めてくる。
「危機に見舞われた人間として、普通の反応だったって。そんな落ち込むようなことじゃないない。さっきから言ってるけど、俺らはむしろ助かったわけだし」
でも。
「それとも――俺に体使って慰めてほしい? それならいつでも、こんな状況でなくたって大歓迎だけど?」
思わず抱きしめていたクッションをぶん投げた。普通に避けられた。
はあ、と肩の力を抜く。この魔法師団長がいる限り、鬱々と落ち込むことなんてさせてもらえないのだ。わかっているのについ考え込んでしまった。
「何ですかねその胡乱な目は。こんな麗しー美男子を目の前にしてあんまりじゃねぇ?」
「それを自分で言う?」
「自他とも認める美男子ですんで」
そんな軽口を叩く魔法師団長の目は、笑っている。私が落ち込むのを止めたことをわかっているのだ。悔しい。
「あんたがこの世界でがんばろうと、がんばらないことをがんばろうと、俺が認めたあんたの価値は目減りしないし、あんたへの評価も変えない。だからあんたは安心して、好きなように過ごせばいい」
優しげに、見守るように、睦言のように、そんなことを魔法師団長が言うものだから、私はかっと赤くなった。
とりあえず手近にあったクッションをもう一つ投げた。魔法を使って加速させたそれは、今度こそ魔法師団長の麗しいかんばせを直撃した。
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