第7話
“いよっ! 待ってました!”
“エミル! そこの初心者ストリーマーにレクチャーしてやってくれ! このままじゃ耐えきれん!”
“コラボ配信だっつーからワクテカしてたのに……イミフな光景みせられたらさあああ”
エミルの登場のおかげで同接数が持ち直す。
恵美が咳払いをした。神妙な面持ちで俺に話しかけてくる。
「よいかね、せんせーくん! キミは肝心な要素をはき違えているのだよ……配信者にとってイチバン大切な心がけはなんでしょうか?」
ズズイと迫られ、俺は視線を泳がせた。まよった末に解答を口にする。
「そ、それは……斬新さだろ!? ほかのチャンネルでは扱ってない企画をやらないと人目を引けない!」
「ブブー! それじゃ不十分です!」
恵美が両腕で大きくバッテンを作った。
「結論から先に言うと……『分かりやすさ』と『共感のしやすさ』! このふたつが欠けてちゃ、どんなに斬新でもウケないのだよ!」
「分かりやすさと共感のしやすさ……」
俺は恵美の言葉を反芻した。
「たとえば……せんせーはさ、探索を終えて疲れ切ってる時にナニを食べたい? 高級料亭の和食料理なんて欲しいと思う?」
俺はしずかに首を横に振る。
「……いや。フルコースを食べには行かないだろうな……もっと早く出来上がって、なおかつ腹に溜まるモノが欲しくなる」
我が意を得たりとばかり、恵美が指をパチリと鳴らす。
「まさにソレだし! 牛丼とかラーメンとか高カロリーなモノがいいっしょ? ……それはね、せんせーだけの感性じゃない。みんな同じなんだよ」
……なるほど、道理だな。俺は人形のように頷きっぱなしだった。
「視聴者は保守的なんだよ。普遍的な興味や欲望をくすぐる内容じゃないと! 物珍しいだけじゃダメ! オリジナリティってのは、定番の味の組み合わせ方のコト!」
恵美の一言一句が俺の内部にしみこんでいく。
「いつも命をかけてる冒険者からしたらさ、ミーチューバーは気楽な職業と思われてるかもだけど……とんでもない! 売れてる人たちは日夜、血眼になって答えを探してんの! 視聴者はどんなコトに興味があるのか? どうすれば琴線をくすぐれるのか?」
冒険者とは違う戦場に身を投じているってコトか。
「ほいじゃさ……その点を踏まえて! せんせーがこれまでやってきた配信について、自分でどう思う?」
俺はしばし考えこんだ末、ため息のような言葉を吐く。
「……まったくダメだな。リスナーに寄りそえてなかった」
「分かってんジャン! ウチから言えることはひとつ――配信業ナメんなし!」
恵美の喝破に、俺はぐうの音も出ない。
ようするに、ひとりよがりだったんだろう。
俺が到達している最深層は第7層。そこに行く資格を持つ者は日本に10人くらいだ。
その光景を見せていれば、視聴者は満足するに決まってる。なぜなら希少な動画だから。
そんな風にタカをくくっていた。思考停止してニーズを考慮していなかった。
まず、前提として第7層は吹雪に閉ざされている。視界不良でロクな動画をとれない。
次に、俺の戦いぶり。速すぎて何をしてるのか伝わってこないと指摘された。
俺はこれまで視聴者を置いてきぼりにしつづけてきた。
バスらないのは我慢スキルのせいだと決めつけていたが、ほかにも原因があった。
分かりやすさも共感性も……なにもかもが欠けている。目からウロコが落ちた思いだ。
“さっすが俺のエミル! 日本最強クラスの冒険者がタジタジになってんぞ!”
“お前の、じゃない。みんなの、な。言葉に気をつけろバカタレ”
“コレ、有料レベルのコーチングじゃね?”
コメントが続々と恵美を支持・称賛していた。
仕切り直しとばかり、恵美が両手をパシンと打ち合わせる。
「そいじゃ、お手本を見せてしんぜよう! ……せんせー、ついてきて! これからはウチのターンだし! モンスターを倒していくから! 約束通り、指導をお願い!」
恵美が軽快な足取りで先に進んでいく。
俺はヒナ鳥のようにその後につづいた。
★ ★ ★
恵美がモンスターとの戦闘を繰り広げていく。
「おりゃああ!」
威勢はいいが、実力がともなっていない。体軸と重心がブレている。
しかし体さばきの筋は悪くない。鍛えれば伸びる予感を抱かせた。
なんの変哲もない新米の戦闘……だというのに同接数は3000まで伸びていた。
それはなぜなのか。俺は新たに得た知見を基に推測していく。
もちろん、恵美が有名だからという理由もあるだろう。
だが、恵美だってイチから登りつめたはず。その秘訣を分解しなければならない。
まず、恵美は男どもの目を吸い寄せずにはいられない美少女だ。凡庸な顔立ちの俺とは違い、画面内に立っているだけで絵になる。
それだけじゃない。恵美は一生懸命な姿を見せていた。全力投球と顔に書いてある。
俺の偏見かもしれないが、ギャルという人種は「ダリィ……」が口癖のイメージだった。
ところが、恵美は泥にまみれることも汗を流すことも厭わない。
話の受け答えもしっかりしている。社会人顔負けの覚悟、その片鱗がにじんでいた。
軽薄そうな外見とは真逆の印象――そのギャップがリスナーの心をつかんで離さないのかもしれない。
素人であることがハンディキャップになっていない。
目で追えないような速度域に達していないので、一挙手一投足がバッチリとカメラにおさまっている。
“そこだ、ぶちかませエミル!”
“やれる! エミルなら出来る!”
“お! 今の攻撃! クリーンヒットじゃね?”
“初心者の時点で、ここまでやれるなんてスゴイ!”
“コボルトもなんなく撃破、と! いやー、ウチの子は何やらせても天才だわ! モノがちがうぜ!”
“ウチの、じゃない。みんなの、だ。何回、注意すれば理解できる?”
コメントが応援一色に染まる。リスナーの荒い息遣いが聞こえてくるかのよう。
俺は人知れず感嘆の吐息をつく。
「これが大物ミーチューバーの実力か……!」
しかし水をさすように、不穏なコメントも目立ちはじめる。
“そうじゃないって! もっとこう……効率よく動けないモンかな?”
“素人丸出しで見てらんねえよ”
“囲いにおだてられてて草”
俺はまゆをひそめる。彼らはファンというよりアンチに思えた。
もとより、俺は他人に意見を押しつけられるのを嫌う性分だ。
「――あのさ……何人かロムってくれないか?」
ついつい、声を張って注意してしまう。
それに反応し、ドローンのカメラが俺のほうを向く。
俺は荒っぽくならないよう言葉を選んで告げる。
「エミルが未熟なのはその通り……だけど、言いかたってあるだろ? 言葉はどんな武器より強力にもなりうる」
俺はカメラのレンズをまっすぐ見据える。
「エミルには俺がついてる。俺より強い冒険者以外のアドバイスは不要だ……それでも我慢できないって言うなら……悪いけど、黙って去ってくれ」
ひと息にまくし立てた直後、マズいと感じた。
間違ったことは言っていないが、それでも空気を悪くしてしまった。ほかのリスナーたちにまで不快な思いをさせてしまったかもしれない。
俺はあわててスマホ画面を確認する。
「……あれ?」
俺に対する批判コメは思った以上に少なかった。同接数もさして変わっていない。
“よく言ってくれた! 正直、スカッとしたわ!”
“やっぱ日本5位の言葉は、重みがちがうな! エアプ指示厨どもが逃げてったぞ!”
“気に食わないなら見なけりゃいいだけの話だもんな……ヒマ人どもがよー!”
好意的な意見ばかり。俺は何度もまばたきしてしまう。
“ラーフ「【凶獅子】レオポルト、どうやら自分は貴方のことを誤解していたようだ」”
俺はとあるコメントに目を留めた。
“ラーフ「自分もそこそこ腕の立つ自負がある。しかし貴方には遠く及ばない。おなじ生物とは思えないほど隔絶している。
まるで物語の英雄のように、凡人には理解できない思考の持ち主だと思っていた」”
そんな風に思われているだろうことは察していた。俺を気遣ってか、だいぶマイルドな表現だったけど。
“ラーフ「しかし、それは勝手な決めつけにすぎない。我々とおなじ人間なのだと理解できたよ」”
“冒険者ニキ、代弁たすかす!”
“緊張してるトコとかアタフタしてるトコとか親近感わいた! 最初はエミルを助けてもらった義理だったけど……今後も顔を出すわ!”
“以前のアーカイブをチラっと見たんだけど……あれじゃ人気でないって! 完全にヤベェ奴だったぞ?”
“それな。黙々と巨人を倒す姿……ションベンちびりそうになった”
予想外の高評価、俺は呆然と立ちつくして疑問を発する。
「これが共感、なのか……?」
俺がだれかに訴えかけても、相手の気を悪くするだけだと思っていた。意見の衝突をおそれていた。
無意識レベルで自分の本音を打ち明けることを拒絶していたのかもしれない。
だから誰の心にも響かなかった。
しかし一歩、踏み出してみれば……案外と俺に賛同してくれる相手が見つかるらしい。
俺は拳を握りしめる。ドラゴンの首をへし折る圧力に内部の骨が軋もうと、この衝動をおさえることはできない。
登録者数は10万を超え、同接数は5000に達していた。
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