第6話
重厚な隔壁をくぐりぬけ、俺と恵美はダンジョンの第1階層に降り立った。
アリの巣のような坑道だ。四方を岩壁に閉ざされており、狭苦しい。ふたり分の靴音が坑道内に反響していた。
契約を成立させたその足でダンジョンにもぐる流れとなった。恵美の希望だ。
「ソレじゃさ! せんせー、さっそくだけど! この場で配信してみ? 改善点とかあったらビシバシ指摘するし!」
恵美に促され、俺は配信用ドローンを起動させる。
ドローンがぶぅうんとプロペラの音を立てて周囲を飛び回りはじめる。スマホと連動させ、撮影の準備をととのえた。
次いで俺はスマホを操作、配信をスタートさせる。
“こんにちは、初見です”
“お、はじまったぞ!”
“昨日の今日で、配信をサボらないのは感心感心”
“せっかくビッグウェーブが来てんだから逃す手はないよな”
開始からものの数秒で、多くのコメントが表示された。同接数は1000人。昨日までの登録者数の10倍だ。
日曜日だということを差し引いても異常な数値である。
「…………」
感動を通り越して動揺のあまり、俺はひと言も発せずにいた。
そんな様子を見かねたのか、恵美が俺の隣に並び、カメラに笑顔を向けた。
「みんな、チーッス! 今日はコラボ先のチャンネルにお邪魔してるぞい!」
途端、コメント欄の勢いがさらに加速する。
“エミルやんけ!”
“コラボってマ!?”
“いつの間にレオポルトと仲良くなってんのよ! コミュ力高すぎだろwww”
この場のリスナーたちは大半エミルのファンだろうしな。そりゃ盛り上がるか。
「ウチのチャンネルじゃないし、あんま出しゃばんのはよくないんだけどさ……せんせー、テンパっちゃってるみたいなんで! 僭越ながら説明するし!」
恵美が配信をはじめるまでの経緯をざっと解説していく。
“ラーフ「よいガイドに巡り合えたな。彼であれば、万が一にもエミルの身に危険がおよぶことはない」”
このリスナーのハンドルネーム、見覚えがあるな。冒険者ランキング日本58位の人物と同じだ。ハンドルネームなんて自由に変えられるから本人である保証はないが。
「――というワケなんで! 今日はレオポルトさんの下で勉強させていただこうと思いまーす! ……ホラ、せんせー! 主役なんだから挨拶くらいしなって!」
俺は勢いよく背中をはたかれた。つんのめりながらも声を絞りだす。
「あー、その……ご紹介にあずかりました、レオポルトです。配信業には不慣れなもので、お見苦しい場面もあるかと思いますが……ご容赦のほど、よろしくお願いいたします!」
俺がふかぶかと頭をさげるや、ツッコミが殺到した。
“カチコチになってて草。新卒の挨拶ちゃうぞ”
“『ご紹介にあずかりました』って……アンタのチャンネルやろがい!w”
俺はかわいた笑いをもらす。
「あ、あはは……そうですね」
恵美に背中を見守られながら探索をはじめる。これじゃ、どちらが先生なんだか……。
「えー、この先にゴブリンがいるので討伐しますね」
俺は行動を予告しつつ遭遇したモンスターをしりぞけていく。立ち回りに不備はない。『我慢』を発動できずとも第1層のモンスター程度、抜く手も見せずに始末できる。
我ながら配信映えする手際ではなかろうか? リスナーたちの度肝を抜いているはずだ。
「えっと……俺はいつもこんな感じで戦っております」
“いや、よく分からんわ!w”
“俺たちはいったい何を見せられているのだろう……?”
“閃光が嵐のように過ぎ去ったかと思えば、モンスターが死んでら”
しかしカメラ目線での問いかけ、それに対する反応はイマイチだった。
俺は目をパチクリさせながら言い募る。
「あの、どこらへんがでしょうか? ……そっか! どんな戦い方をしたかについても解説したほうがいいですよね? これから冒険者はじめる方の参考になるように!」
俺は攻防のひとつひとつを熱弁していく。身振り手振りをまじえて。
「――みたいな感じですかね? どうでしょう? 実践のお役に立てていただければ、さいわいです!」
“だから分からんってば!w”
“多分そんな動きを再現できるのは……ごく一部の冒険者だけだと思うの”
“すくなくとも初心者講座にはなってないわな”
またしても冷や水をかけられ、俺はドヤ顔を引っこめてしまう。
同接数が900人まで落ち込んでいた。このままじゃ、せっかくのチャンスが!
俺は焦燥感にかられ、思いつきで即興企画を実行していく。しかし、ことごとく空回る。
“おもんな! 解散解散!”
“ちょっと俺――っていうか人類には早すぎるかもしれん”
退屈な時間だったようで、離脱者が続出する。いまや同接数は700人。
どうする。どうすれば、この悪循環を打開できるんだ!?
俺は脂汗を流しながら思案する。
ヘタの考え、休むに似たり。湧いてきたアイディアを打ち消しては練り直すことの繰り返し。堂々巡りに陥ってしまう。
「――あーもう! 焦れったくなるし!」
見かねたとばかり、恵美がカメラの撮影範囲に割りこんでくる。
俺の目には彼女の背中に後光が差しているように見えた。
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