僕らは『読み』を間違える ショートストーリーズ

水鏡月 聖

『我が焔にて、ひれ伏せ世界』すめらぎひよこ著 を読んで  笹葉更紗

「ねえ、ユウは異世界に転生するとき、どんなチート能力が欲しい?」


 瀬奈がそんなことを言い出したのは、電車の中吊り広告を見たからだ。ウチが瀬奈と竹久との三人で電車に乗っていた時に、電車の中吊り広告に『我が焔にて、ひれ伏せ世界』2巻のイラストがあったのを見つけたからだ。


『我が焔にて、ひれ伏せ世界』いわゆるホムセカは、第27回スニーカー大賞にて、なんと12年ぶりの大賞作に輝いた作品である


 ただでさえの27回のスニーカー大賞受賞作の中で、その一番ということはその内容については言うに語らずといえるだろう。

 非業の死を遂げた主人公たち五人の少女は、魔王が支配する異世界に転生し、外連味あふれるハチャメチャなバトルを繰り返して道中を行く、痛快バトルコメディだ。

いわゆる異世界転生物で、その転生の際に異能力、チートスキルを手に入れるのはもはやテンプレートであり、様式美でもある。



「ねえ、ユウは異世界に転生するとき、どんなチート能力が欲しい?」


 件の瀬奈の質問に対し、「いや、そもそも異世界転生なんて存在しないから」と答える竹久の意見には賛同しかねる。

そもそも存在しないことを論ずるのが無駄であるなら、この世にフィクションなんて存在は必要ないことになってしまう。

 勿論、読書好きの竹久がそれをわからないわけではあるまい。要するにかっこつけようとしているだけなのだ。瀬奈の前だから。


「いや、それはそうなんだけどさ。そういうのいいから意見出してよ。話し終わっちゃうじゃん」

 瀬奈の勝ちだ。


「あたしはさ、不死身の体が欲しいな。死なないからだ!」


「それはそれで、つらいと思うけどなあ。でも、なんで?」


「ほら、大概異世界転生ってさ、この世になんか未練を残して死んじゃうわけじゃん。だからさ、たぶん異世界に行くときは死にたくないのに死んじゃった時なんだよ。だったらさ、、もうきっとこれ以上死ななくてもいい力が欲しいとか思うんじゃないかな?」


「ああ、なるほど、そこまで考えてみるとそうかもしれないな。非業の死を遂げた人間が行く場所が異世界か。煉獄みたいなものなのかな。だとしたら、幸せに死んでしまったら異世界には行けないかもしれないな」


「でも、そんなことを言ってしまったら、またこの話は終わってしまうでしょ。だからそのことはもう考えるのはよしましょう。幸せに死んでも、異世界には行ける」


「と、いうかさ。転生先はやっぱり魔王が支配する異世界じゃなきゃダメなのかな。折角異世界に転生して人生をやり直すというのに、魔王の支配する世界っていうのはちょっと嫌だな。どうせならバトルで強いチートスキルなんてものじゃなく、ハッピーで平和な生活を送るに便利なチートスキルのほうがおれは嬉しいかな」


「そういうラノベがないわけでもないけれどね。最近ではチート能力でスローライフとか、異世界恋愛なんて言うものが流行っているし」


「じゃあ、とりあえず魔王はいない平和な世界という前提で考えてみようか。笹葉さんならどんなスキルがいい?」


「そうね、ウチはチートスキル、というよりはもう少し別の性格になりたいというのはあるかもしれないわ。もっと、自分の意見をはっきりと言えるような意志の強い女性、とか……」


「そうか、外見的変化もありなのだとすると……俺は、女の子になってみたいかな」


「うわまじで? きっしょ」


「その反応はないだろう」


「だってさ、ユウ。ユウが女の子になるというなら、ユウは男と恋人になるということだよ」


「ああ、まあ、確かにそうなるのかな? いや、ならないな。今のこのご時世に女だから女らしくとか、恋人が男である必要だとか、そういうのは完全にナンセンスだよな。おれは女の子に転生して女の子と恋をする。うん、そうだ。チートスキルで姿を自由に変えられるとか、そういうのがいいかな」


「まあ、このご時世もなにも、異世界なんだから初めから世界の常識とか倫理観とかもまったく関係ないわね。それに、異世界でユウが可愛い女の子になっているならそれはそれで興味あるわね」


「あら、そういうことだったら。ウチも、異世界では強い女の子の勇者となって、お姫様の瀬奈を救って、結婚して幸せに暮らしたいわね」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。笹葉さんが異世界で瀬奈と結婚してしまったら、おれがお姫様の瀬奈と結婚できないじゃないか」


 さらっと、竹久は流れでそう言ったのだけれど、それはほとんど告白しているに等しい言葉だ。瀬奈と結婚したいって言っていることに本人は気づいているのだろうか


「つかさ、別に異世界なんだからいいんじゃない? 異世界には現実世界の倫理観なんて関係ないんだから、なにも一夫一婦制にこだわる必要もないんじゃない?」


「ああ、なるほど。それじゃあおれは異世界で女の子になって、瀬奈と笹葉さん。両方と結婚するという手もあるのか。いいなあ、異世界」


「え、あ、ちょ、なにを言っているのよ」


「どうしたのサラサなんか顔真っ赤だよ」


「ウチ、別に竹久と結婚してもいいなんて言ってないから!」


「あはは、ユウ。ふられちゃったね」


「いやあ、おれ。現実世界ではこんなかもしれないけれど、異世界行ったら絶対超絶美少女になっているからさ。結婚してくれよ、笹葉さん」


 竹久はへらへらと笑いながら言う。


「もう、しらないから!」







今回、元ネタとしたぽりごん。さんのイラストがホムセカ2巻発売当時のものであったため、2巻と表記していますが、現在ホムセカはすでに3巻まで発売されています。

3巻から面白さがさらに加速していますので、まだのひとはぜひとも!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る