雨の宮殿にて
大根初華
雨の宮殿にて
外は土砂降り。窓を打ちつける雨はこの部屋の主、ガナベルト・カナベクタの心をさらに落ち込ませていた。
ここはカナベクタの仕事場。とは言っても重厚感のある机と、空っぽの本棚ぐらいしかない。だが、今日に限っては本棚には書類が詰め込まれ机の上にも書類が山のようになっていた。それを一枚一枚確認しながら、ハンコを押すという事務作業に追われていた。傍らには、メイド服の女性が背筋を伸ばし立っている。
「ミムルさんや……」
カナベクタは彼女に向けてか細い声を出した。もう何時間も同じ作業を続けているのだ。さすがに体が悲鳴をあげていた。
「何でしょうか、カナベクタ王子殿」
目だけを動かし彼女は応える。話す言葉は慇懃で丁寧なのだが、彼には言葉の節々に刺があるように感じていた。
「なんでそんなに怒ってらっしゃるのでしょうか……?」
もちろん立場は彼の方が上である。だが、怖いものは怖いのである。
「怒っておりませんよ。王子が逃げ出さないように監視するのが私の役割ですから」
彼女は笑顔だが、それが逆に恐怖すら感じていた。
カナベクタはよくこの部屋から脱走する。だから、監視役としてミムルが抜擢され、そして、今までの代償として山のような書類が出来上がっていた。
彼はひぃと小さく悲鳴をあげ、また懇願するように小さな声で言った。
「あのー、そろそろ休憩してもよろしいですか、ミムルさん……」
ミムルはこれ見よがしに大きなため息をつく。だが、彼女も鬼では無い。
「わかりました。ではすこしだけですよ」
その言葉が終わると同時に彼はガッツポーズをして、椅子から飛び上がった。そして、机の下に用意していたであろうマス目が書かれた木の板と、駒を取り出す。それを彼女に見せながら言った。
「息抜きにこれやろ! ミムルも疲れただろ?」
「将棋、ですか……」
彼女はまた大きなため息をつき、「仕方ありませんね」と将棋盤や駒を並び始めた。彼女自身最近将棋を覚えたのもあって少しワクワクしていた部分もあった。ほんの少しだけだが。
そして、対戦が始まった。黙々と駒を動かしながら一進一退の攻防が続く。
終盤に差し掛かった頃、彼は静かな口調で話し始めた。
「ミムル。この国をどう思う?」
いきなりの質問にミムルは固まった。今までこのような質問はされたことがない。
「オレはこの国が嫌いだ。貧しくて小さくて――――。でも、この国の人は好きだ。大好きだ。だから、この国の人が幸せになって欲しいからがんばっていきたいんだ」
そして、パチンと大きな音が部屋にこだまし、王手、と彼が叫んだ。どうみても詰みなので、彼女は潔く負けを認める。仕事に早く戻って欲しい気持ちも少なからずあったと思う。
彼は喜びながら、机に向かい、再び書類の山と格闘していた。ミムルはその様子を見つめていた。この男は国を見放しているのだと思っていた。なんにも考えていないも思っていた。でも、国のために少しでも考えていてくれることがとても嬉しかった。
柔和な笑みをこぼし、彼に優しく告げる。
「王子、サボっちゃダメですよ」
土砂降りはいつの間にかあがり、虹がかかっていた。
END
雨の宮殿にて 大根初華 @hatuka_one
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