第23話 家族編(十)陰湿

 生活費の心配は解消できたが、新たな厄介な問題に達也は悩まされていた。アパートの住人や向かいに住む住人から嫌がらせを受けるようになったのである。幼い子供を育てている若い夫婦の世帯が多く、達也がその子供達に危害を加えるのではないか警戒していたようであった。自電車の荷物籠にゴミを入れられたりピンポンダッシュされたりした。


 その日、珍しく東京に大雪が降った日のことである。朝、達也は部屋の壁から聞こえてくる物音に目が覚めた。そっと台所の窓を少し開けて外を見てみると、アパートの向かいに住んでいる不躾ぶしつけなおやじが、スコップで雪を思いっきり達也の部屋の壁にぶちまいている。


 向かいに住んでいるおやじが、自分達を嫌っていることを達也は前々から気づいていた。歩くことがやや困難になった母親を、診療所からやっとのことでアパートまで連れて帰った時、ドアの前で母親が倒れてしまったので起こそうとしたが、すぐに起こすことが出来ずにてこずっていた。それをそのおやじは手を差し伸べようともせず、近くでたたずんだまま冷たい視線を向けて自分達を袖手傍観しゅうしゅぼうかんしているのである。母親が昼夜を問わず大声で叫んでいたので、アパートの住人には迷惑をかけていたが、向かいに住んでいるおやじには何ら迷惑をかけていないはずだ。「こんな人間もいるものだ」と、ただただ腹立たしかった。


 さらに介護について理解のない住人達は大家に苦情を言いだして、大家から即刻アパートを出て行くように勧告された。


 駅前の不動産屋に行って相談してみたが、重度の認知症をかかえた者を受け入れてくれるアパートは見つかりそうになかった。そこで、貧困者専用に扱っているNPO法人に相談してみたところ、運よく近くに物件が見つかって、アパートの家主も住むことを承諾してくれた。


 新しいアパートは、診療所と介護事業所から徒歩二、三分のところにあって、利便性りべんせいの良い場所にあった。アパートの他の部屋は空室になっていて、近隣の住人達も年金で暮らしている老齢の人達ばかりであったため、以前のようなトラブルは起こりそうになかった。

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