page.24 神聖暦457年 冬(1-4)
はあ、と溜息を付き、ヴェルナーは自身の髪をわしゃわしゃとかきまわす。誰も、まさか冬になって戦況が悪化するなるなど、想像もしていなかったであろう。自分よりうんと年下の、而も十三の子供に対して八つ当たりをするとは、我ながら大人げない。
ヴェルナーは、自分の不甲斐なさに
「いい大人が情けない……。」
と思わず呟いてしまう。
「どうした、ヴェルナー。」
「いんや。なんでもない。」
フランクに、自分がひとりごとを呟いたのを聞かれてしまい、慌ててヴェルナーは誤魔化した。
「……ん。」
ふと、ヴェルナーは練武場の出口付近に目が留まった。ここで見ると思っていなかった人物が、練武場から外へ向かっている。白銀の髪をした、小柄な兵士だ。偵察先で怪我をしたのか、頭と腕に包帯を巻いている。
「……っ。」
――――エリス。
――――あいつ、偵察から戻って……。
ヴェルナーは慌てて立ち上がる。
「ヴェルナー、どうしたんだ。」
兵士たちが不思議そうな顔をしてヴェルナーを見ている。しかし、ヴェルナーはもう、練武場の出口の方に目が釘付けになっていた。
「悪い。ちょっと行ってくる。」
「え……。」
珍しく慌てるような素振りをするヴェルナーを、怪訝そうにみる彼らを余所に、ヴェルナーは出口に向かって走った。
――どこに行った。
兵士たちの往来の中から探し回ったが、その姿はもう、出口付近にはなかった。きょろきょろとあたりを見渡し、ヴェルナーは再び走り出した。
昨日の夜に、偵察任務から、一足先にヴォルテンブルグに戻っていたエリアスは、ヴォルテンブルグの屋敷内を歩いていた。窓から差し込む日差しは冬のそれである。
先程、開発時に使用した工房に立ち寄った。職人たちは変わらず元気そうだった。紙とペンを貸してほしいと願い出たら、貸してくれるどころか一揃いを貰ってしまった。丁度良かったので、有り難く頂戴した。
「すみません、少し宜しいですか。」
エリアスは、イングリッドの乳母に話し掛けると、なんでしょうか、と返事をした。イングリッドとラインハルトに茶を持っていくつもりだったのか、盆に二つのカップとティーポットを乗せて運んでいる。
「イングリッド部隊の者です。この手紙を、イングリッド様かラインハルト様に、直接渡していただけませんか。」
と手紙を渡すと、イングリッドの乳母は目を白黒させるさせて手紙とエリアスを頻りに見比べた。
「すみませんが、今日の夕方までにお願いできませんか。」
とエリアスが付け加えると、出発前の挨拶かしら、と呟いたのち、仰せつかりました、と乳母の女は答えた。エリアスは、栗色の髪を引っ詰めた小太りの女が書斎に手紙を持っていくのを見届けると、その場を後にすることにした。
――兵士たちの様子でも見ていこうか
そんな考えがふっとエリアスの頭に浮かんだ。夕方までに時間もあるので、顔だけでも見ていこう、そう考え、足を練武場へ向けた。
練武場では、筋骨隆々とした男が行き来していた。ここには、元々、ヴォルテンブルグに仕える騎士族や傭兵はそこらの領地に比べると多い方であるが、明日の出兵の準備のためか、何時もより往来の兵士でごった返していた。
「まじかよ。」
という、大きな声が、練武場の左端の方から聞こえた。聞き慣れた男の声だ。周囲の兵士たちよりうんと背が高い、大柄の男がそこに座していた。
――ヴェルナーか。
陰から彼らを眺めていると、どこか懐かしい気持ちになり、くすりと笑いたくなる。彼らは頻りに冬の出兵に関して不平不満を言い合って騒ぎ建てている。賑やかなことだ。
「……エリスを秋の終わりから見かけていないんだが、誰かあいつがどうしているか知らないか……」
エリアスの愛称が聞こえ、エリアスはどきりとした。そういえば、彼らには何も言わずにホーエンツォレルンへの偵察任務に参加していたため、彼らからしたら不審に思うであろう。(敢えて教えていないのだから、当たり前のことなのだが。)
エリアスの話題で盛り上がる兵士たちの傍ら、お喋りなヴェルナーは珍しく、途中から静かに何かを考えている。どうしたのだろうとじっと観察していたら、突然、ヴェルナーがこちらを見た。
――まずい。
ヴェルナーがこちらを凝視しながら立ち上がるのを見て、慌てて練武場から飛び出す。
――あれは目があったな。
せわしなく行き来する兵士たちを掻い潜って、練武場の外へ出ると、後ろの方から、ヴェルナーが自分を呼ぶ声が聞こえてきたが、往来の人間で足止めをされたようで、なんとか、逃げ切った。空を見上げると、陽が少しずつ西へ傾き始めていた。
見張り塔に登ると、美しいヴォルテンブルグ領の街並みが一望できた。北側には大きな森があり、東側には豊かな農場があった。うっすらと雪が積もり、森も農地も草原も、白く染まっている。
――美しい土地だ。
エリアスは目を伏せた。
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