第29話 信頼と信用とバイトマスター

 オリヴィアさんはもういない。

 彼女がいないシース村に戦える人間は僅か数人。

 俺と狩人、そしてロゼのお父さんくらいで、他の大人は武器を持ってはいるがまともに扱えない。

 災厄の時は近い。

 そろそろ準備が必要だろう。

 朝の鍛錬を終えた俺は、ロゼと共にシース村に来ていた。

 ちなみにエミリアさんは猪鹿亭の出勤日なので一緒にいない。

 休みの日はいつもロゼと共に鍛練を見守ってくれている。

 毎日毎日、応援してくれるのはありがたいが、ちょっと申し訳なさもある。

 俺はいい友達を持ったものだ。


「ねえねえ、どこに行くの? リッド」


 大きな目をぱしぱしとしながら俺を見上げるロゼ。

 相変わらず小動物的な愛らしさがある子である。

 最近は仕事と鍛錬、オリヴィアさんとの修行三昧で一緒に遊べなかった。

 そのためか、ロゼはなんだか嬉しそうだ。

 俺もそんな彼女の顔を見ると嬉しくなってくる。


「そうだな。まず村長のところからな」

「お髭の村長さんのところ? うん、わかった!」


 ロゼは俺の返答に満足したのか大きく頷いた。

 なぜとか、何をしにとかは聞いてこない。

 ロゼにはこういうところがある。

 何か聞くことがあっても、深く言及しないというか。

 これは信頼と取ってもいいのだろうか。

 それともやることさえ聞けば、後は別にいいよという、いい女ムーブという奴なのだろうか。

 なんでなんでと深く追及されると疲れてしまうかもしれないという配慮かもしれない。

 どっちにしても子供にしては気遣いができる方ではある。

 さあ、村長に話をしに行こうか。


   ●〇●〇


「防護柵ねぇ」


 村長宅に集まった職人の一人が唸った。

 険しい顔つきを見るに、前向きではないらしい。

 ここは村長宅。

 俺は村長に『今後のシース村に必要なこと』と称して、色々と話をし、その結果、村の職人や代表者たちを集めた。

 そして俺は第一声でこう言ったのだ。


「村を守る必要がある。そのために防護柵を作ってはどうか」と。


 集まった人は色々と修繕をしてくれている職人とロゼのお父さん、バイトマスターの三人だ。

 ロゼは俺の後ろで黙して話を聞いている。

 職人である初老の男性が、気まずそうに後頭部を掻いた。


「しっかし、そんな必要があるのかね? 魔物は大人しいし、盗賊や山賊はここら一帯まで来ないわけだし」

「崩れ森の魔物を見るに、今のところは外には出てきていません。ですが出てこないという確証もありません。今は大丈夫でも、今後のことを考えれば必要だと思います」


 俺の言葉に職人が渋面を浮かべる。

 シース村は大して広くないが、全体を覆う防護柵を作るとなればかなり大掛かりになる。

 最低でも一年はかかるだろうし、作業に対して報酬は出ない。

 当然、職人さん一人に任せるわけではないし、村人全員で手伝ってもらうことになるだろうが、村の皆には日々の生活がある。

 つまり単純に負担が増えるのだ。

 誰だってやりたくはないだろう。

 だがやられなければならない。

 災厄の始まりに際して、シース村は何の備えもなく魔物たちに蹂躙される。

 仮に防護柵があれば、あるいは戦う備えがあれば、時間を稼げただろうし、生き延びる可能性も上がったはずだ。


 俺はあのイベントを覚えている。

 一方的に魔物に殺されるだけの村人たちを今も覚えているのだ。

 カーマインだった俺は、自分の非力さを嘆き、そしてもっとこうだったら、これができていればこうはならなかったと考えたものだ。

 防護柵は最低限の備えであり、必要不可欠なものだ。

 そして防護柵を作るにはもう時間が残されていない。

 そろそろ、動き出さないと間に合わないだろう。

 なぜ覚醒してから真っ先にこの話をしなかったのかって?

 それは俺の信頼度が低かったからだ。

 むしろ好感度はマイナスで、俺の言うことなんてみんなが聞くわけもなかった。


 だが今の俺は違う。

 改心したと思ってもらえているし、エミリアさんを助けるために霊気兵を倒したという話は村人全員が知っている。

 それに、冒険者であるオリヴィアさんに師事されたということも周知の事実だ。

 つまり、子供ながらにすでに戦闘能力を有した、数少ない戦える若者であり、信頼に足る人物だという印象を持たせることに成功しているのだ。

 以前の俺だったら、村長に話した時点で無視されていただろう。

 ただ、俺の想定以上に反応は芳しくなかった。

 俺の好感度が足りないのだろうか。


「さすがに負担が大きすぎる。みんな生活するだけで精いっぱいだって言うのに、必要のない防護柵まで作るなんてな、無理な話だぜ。いくらリッドの話でも、誰も賛同しないだろうさ」

「私もその意見に賛成だ。優先順位を考えれば、防護柵を作るべきではないと思うがね」


 ロゼのお父さんは理路整然と俺の意見に反対してきた。

 感情は排し、冷静に話しているように思えたが、俺をギロッと睨んできた。

 うん、まったく冷静じゃないなこの人。

 目をひん剥いて俺を睨みながら、ギリギリと歯ぎしりするロゼのお父さんだったが、俺の背後を見るとビクッと体を震わせた。

 咄嗟に後ろを見ると、可愛らしい笑顔のロゼがいた。


 ……何かあったのか?

 しかし、このままじゃまずい。

 俺はぐっと拳を握った。

 どうにかしないと。

 防護柵がない状態で魔物の襲撃を受けたら、シース村はひとたまりもない。

 四方八方から攻撃を受け、何す術なく全滅するだろう。

 それは避けなければ。

 でも、これ以上どうしたらいいんだ。

 俺が焦燥感に駆られる中、村長が長く白い髭を弄びながらこくこくと頷いた。


「ふむ、二人の意見はわかった。マスターはどう思う?」

「俺ぁ、リッドの考えに賛成だな。エミリアの件もある。実際、リッドがいなきゃエミリアは死んでただろうさ。霊気兵を始めとした魔物は崩れ森から出てきた例はないが、仮に奴らが一体出てきただけで村人が何人死ぬかわからねぇ。安全な内に対策を練るってのは真っ当な意見だと思うぜ」


 さすがバイトマスター!

 俺の味方だぜ!

 バイトマスターは俺を一瞥すると、ニッと笑ってくれた。

 俺、この人、好きだぁ。


「だが負担が大きいと言う意見も正しいな。どうしたものか」


 来た来た。この瞬間を俺は待っていたのだ。


「あの、それではこういうのはどうでしょう。長い期間を想定して作業を行うというのは。例えばそうですね、二年くらいを想定すれば、毎日の作業時間はかなり減らせるのでは?」

「二年か……どう思うね?」

「それくらいなら、まあなんとか」

「いやあ、それはどうかと思いますね、私は。やはりこの意見はなしに……ひっ!? す、少しずつ進めれば、だ、だだ、大丈夫かなと」

「仕事に支障がないくらいにゃあできそうだよなぁ」


 村長、職人、ロゼのお父さん、そしてバイトマスターの順に意見を述べてくれた。

 おおむね賛同してくれたようだ。

 最初に難しい要望を伝え、後で譲歩する形で条件を提示すると、引き受けられやすい。

 営業とかで使う常とう手段だな。


「よし。それでは本日より防護柵の作成を始めることとする。村人には儂から伝えよう」

「あの、一応防護柵にあわせて、戦える人を増やした方がいいかなと思います。俺以外だと霊気兵を倒せるくらいの人はほとんどいないでしょうし。強制じゃないんですが、志願する人がいれば俺が教えようかなと」


 まあ、一人もいない可能性が高いけど。

 有事でもない時に、訓練の強制はできないからな。

 そもそも俺が教えて人が集まるかも微妙だけどさ。


「ほう、リッドが。ふむ、それならば志願者もいるやもしれんな」

「え? どうしてです? むしろいないかと思ったんですが」

「何を言っとる。村人はリッドを信頼しておる。一部では人気があるみたいだしの」


 村長はちらっと俺の背後を見た。

 肩越しに振り返ると、ロゼが視線を泳がせている。

 どういうことだ?


「まあよい。志願を募るくらいなら問題ないじゃろ。それも伝えておく。他にはないな。では解散じゃ」


 話は終わったとばかりに、さっさと職人とロゼのお父さんが帰っていく。

 ロゼのお父さんは俺の背後を見ると、またビクッと怯えて、そそくさと逃げ帰っていった。

 後ろを見ると満面の笑みのロゼ。

 ふむ……一体、何が起きたのだろうか。

 俺とバイトマスター、ロゼも村長宅を出た。


「リッド。お疲れさん」

「あ、バイトマスター。援護してくれてありがとうございました」

「いいってことよ。おまえの意見は真っ当だったしな。それに、実際に崩れ森に行ってるおまえの考えを無視するこたぁできねぇしな。それよりも随分強くなったみてぇじゃねぇか。がはは」


 豪快に笑いながら、ぽんぽんと俺の肩を叩くバイトマスター。

 俺は勝手にバイトマスターをこの世界の父親のように感じていた。

 本当に寛大で優しい人だ。

 俺は嬉しさを噛みしめつつ、笑顔を浮かべた。


「おっと、下ごしらえが残ってんだった。早く帰らないとエミリアに怒られるからな。俺はここで戻るわ」

「ええ、それじゃ、また」

「おう。また酒場でな」


 俺とロゼはバイトマスターに手を振った。

 転生時には考えられない光景だ。

 さてイベントに向けて、準備を怠らないようにしないとな!

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