第14話 接戦

 霊気兵は主人公カーマインがチュートリアルで戦う、最初の敵だ。

 大体のゲームにおいて、チュートリアルに出る敵は弱く、簡単に倒せてしまう。

 だが『カオスソード』は違う。

 最初の敵でさえ、油断すれば簡単に殺されてしまう。

 カーマインでさえ、敵の攻撃を数度食らえば死ぬ。

 相手の攻撃によっては即死もあり得るのだ。


「下がって止血を」


 そう言いながら、俺は布が入った鞄を後ろに放った。

 エミリアさんが鞄を手に取り、離れていく音がする。

 かなり動きが鈍いな。恐らく血を流し過ぎて、身体が満足に動かないのだろう。

 悠長にしている時間はないようだ。


「ギィギギィ」


 霊気兵の喉奥から洩れる声。

 地獄の底から放たれたような不穏な声音だった。

 背後で小さな悲鳴が聞こえる。

 それはそうだろう。かなり不気味で恐ろしい声だ。

 だが俺にとっては聞き慣れた声でもある。

 むしろちょっと懐かしい感じだ。

 俺はほくそ笑むと、ふーっと息を吐き、そして再び霊気兵を見据えた。


「さて、どうなるか」


 覚醒から今まで、やれることはやった。

 後は俺の力が通用するかどうかだ。


「ギィギィギギィ!」


 霊気兵の突きが繰り出される。

 俺はその攻撃を横に移動して、回避する。

 次いで横薙ぎの攻撃。

 これを俺は【受け流し】た。

 するりと流れていく霊気兵の攻撃にあわせ、前ステップ。

 距離を詰めると同時に剣を突き出す。

 霊気兵の腹部に俺の剣が突き刺さる。

 が、霊気兵は動きを緩めない。

 崩れていたバランスを強引に立て直し、剣を斬り上げてくる。

 俺は横に僅かに移動し、その攻撃を回避。

 だが完全には回避できず頬に裂傷が走る。

 再び霊気兵の腹部を刺突攻撃を繰り出す。

 霊気兵がバランスを崩す。

 明らかな攻撃のチャンスだ。

 だが、俺は霊気兵と距離を取った。

 その瞬間、霊気兵が暴走したかのように腕をぶんぶんと振り回す。

 型など一切関係ない、子供のような動きだった。

 だがその一撃が当たれば間違いなくかなりのダメージを負っていただろう。

 俺は距離を取り、冷静に霊気兵が暴れ回る姿を観察する。

 霊気兵は怒りのあまりか、俺のいる場所に気づかない。

 数秒間の暴走の後、霊気兵はようやく俺が離れていることに気づき、手を止めた。


「す、すごい……。み、未来が見えるの……?」


 エミリアさんの弱弱しい声が聞こえた。

 そう。俺には未来が見える。

 いや、正確には【霊気兵の動きはすべて知っている】のだ。

 霊気兵のモーションは十数種類ある。

 突き、斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い、暴れ斬りなどなど。

 すべてのモーションはまったく同じ挙動をしている。

 そして動きには必ず前兆がある。

 霊気兵は雑魚敵の割に攻撃力が高いし、動きのバリエーションは確かに多い。

 だが所詮はチュートリアルの敵。

 相手のモーションがわかれば対処が簡単だし、前兆を知っていれば反応も可能。

 もちろん知っているだけではダメだ。

 何度も何度も戦い、相手の動きを把握し、自分の動きも極め、そしてようやく倒せる。

 霊気兵を倒した数は余裕で数万体を超える。

 俺にとっては初めて相対する敵ではないのだ。


 だがそれでも、やはり違う。

 ゲームとは圧倒的に違っていた。

 ボタン一つで動く身体ではないため、相手のモーションがわかっていても、思い通りに身体が動くわけではない。

 腹部への刺突も、まったく同じ個所を狙ったつもりだったが、かなりずれた。

 それに斬り上げ攻撃を完全に回避したつもりが、頬に傷を負ってしまった。

 一歩間違えば殺されてしまうというスリル。

 ああ。

 なんて楽しいんだ。

 こんな高難易度の死にゲーは他にはない。

 最高に楽しい瞬間だった。

 ゾクゾクする感覚。

 込み上げる高揚感。

 手足が震える。これが武者震いという奴か。


 俺は思わずニヤッと笑った。

 今の俺の顔をエミリアさんに見られなくてよかったと、冷静な俺が分析する。

 霊気兵はまだまだ元気な様子だった。

 俺の攻撃では大してダメージを与えられなかったようだ。

 おいおい、もっと楽しませてくれるってことか?

 俺は喜びに打ち震え、そして地を蹴った。

 霊気兵と剣を何度も斬り結ぶ。

 力では霊気兵の方が上。

 だが俺には俊敏さと知識がある。

 それに最初に比べると身体の動かし方も慣れてきた。

 現実であればそう簡単に剣を扱えはしないだろう。

 だがここは俺がやり込んだゲームの中。

 主人公カーマインの動きもすべて覚えている。

 それに合わせて動けば。


「ギィッ!」


 霊気兵の腹部に刺突が何度も突き刺さる。

 ほら、この通り。

 転生前の日本人だった時であれば同じ動きはできないだろう。

 だが俺は気づいていた。

 半年の鍛錬と、この戦いで。

 この世界の人物は、地球の人間よりも強いということを。

 そして霊気兵の動きが俺の知っているゲームの敵の動きと酷似していることから、ゲームに準拠した理が存在するということを。

 つまり、操作キャラと同じ動きをすれば相手を倒せるということだ。

 なぜなら俺は主人公カーマインを使い、『カオスソード』を何度も何度もクリアしたのだから。

 極論、カーマインとまったく同じ動きができれば大抵の敵は倒せるということだ。

 俺は実戦でそれを確信しつつあった。


 霊気兵の横薙ぎの攻撃を、俺は屈んで避けて、一歩踏み込み突く。

 霊気兵の斬り下ろしの攻撃を、俺は【受け流し】ながら、突く。

 霊気兵が大きく息を吸った瞬間、大きく後ろへ下がり、咆哮の衝撃波を回避する。

 最初は拙かった動きが、徐々に洗練されていく。

 まるで自分自身を操作し、敵を倒すゲームのように。

 完璧な操作。完璧な動作。


 この感覚だ。

 ゲームに没頭するあの感覚。

 何も考えず無心でゲームをする。

 目の前の目標を達成するために、ただただ邁進する。

 楽しい。愉しい。

 ふと気づくと、霊気兵の攻撃が頭上に迫っていた。


「あ、危ない……ッ!」


 エミリアさん声を聞くと同時に、俺は跳ねるように地を蹴った。

 【ローリング】だ。

 攻撃を受ける瞬間、回避行動をとると、相手の攻撃を避けられるという防御技だ。

 いわゆる前回り受身に近い動きだが、動き出す瞬間、無敵になる時間が数フレーム存在する。

 ここは現実だがゲームの世界。

 一体、どういう効果が出るのかと疑問はあった。

 だがそれはすぐに氷解する。


 【ローリング】した瞬間、俺の身体は一瞬だけ【ブレた】。

 その瞬間に敵の攻撃が当たると、俺の身体を透過してしまった。

 だがその【ブレ】はほんの一瞬。恐らく3フレーム程度で終わり、すぐに俺の身体は実体化する。


「ローリング……!?」


 エミリアさんの驚愕の声を聞き、俺は理解した。

 【ローリング】はこの世界では存在する力なのだと。

 俺にとっては当たり前のバトルシステムの一つだが、この世界では技術の一つとして考えられているのではないだろうか?

 そうでなければ【ローリング】という言葉をエミリアさんが使うはずがない。

 とにかくこれでまた一つ分かった。

 【ローリング】の発動した瞬間、本当に無敵になるのだ。

 【ローリング】は『カオスソード』で最も重要なシステムといっても過言ではない。

 ああ、わかる。わかっていく。

 試行錯誤し、徐々に解明していくこの感覚。

 一つ一つ経験して、強くなっていくこの感覚。

 これが、これこそがゲームだッ!!

 百を超える俺の攻撃を受け、霊気兵の体力は限界を迎えている。

 奴の動きは鈍い。体力の量によって動きが変わるのは現実準拠なのだろう。

 『カオスソード』だと、あと一撃で死ぬって時でも動きは元気なままだからな。

 現実とゲーム、どちらに準拠しているのか、一つ一つ調べていくしかないようだ。

 だが残念ながらそれも、もう終わる。


「これで終わりだ」


 俺は動きの鈍った霊気兵に迫る。

 剣を大きく引く。

 そして。

 ガクンと足から力が抜けた。


「え?」


 身体が動かない。

 どうしたっていうんだ?

 俺は自分の身に起きたことがわからず、不意に身体を見下ろした。

 血だらけだ。

 ああ、そうか。

 最初に受けた肩の傷に加え、夢中になっている間に霊気兵から何度も攻撃を受けていた。

 もちろん致命傷はなかった。

 だが多くの裂傷により、血を流し過ぎた。


「ギギィ……!」


 霊気兵は俺の状態に気づき、最後の力を振り絞るかの如く、大きく剣を振りかざす。

 身体が動かない。

 ダメだ。

 意識も遠のいていく。

 そして、霊気兵の剣は眼前へと迫ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る