隣の席のギャルの秘密を知ったら、一緒に推し活することになりました。

秋月月日

第1話 隣の席のギャルの秘密。

 俺は自他ともに認めるオタクである。

 アニメはシーズンが変わるごとに余さずチェックし、時間が許す限りはそのすべてを観るようにしている。もちろん、SNSでの実況ツイートも欠かさない。

 ゲームだって話題になったものはとりあえず手を出すし、ライトノベルや漫画は推しの作家以外にも気になるものがあれば紙の書籍で買うようにしている。


 当然、趣味に時間のほとんどを捧げているので、友達と呼べる友達はいない。友達が欲しいとは思っているけど、趣味が合う人なんてそう簡単には見つからない。

 一応、SNSで繋がっている、俗にいうフレンドと呼ばれる存在がいないこともないけど、あくまでもネット上での関係だ。趣味について語り合う同志と言った方が近いかもしれない。


 最近ではVTuberにも手を出し始めた手遅れオタクな俺は、当たり前だけど学校では目立たない存在だ。教室の一番後ろの席でいつも一人でラノベを読む、そんなどこにでもいる普通で無害なオタクをやらせてもらっている。


 だけど最近、そんな俺にも悩みができた。


 それは、隣の席の綿貫さんが、俺のことをチラ見してくることである。


「…………」


 綿貫さんのことを一言で言い表すなら、ギャルである。

 明るく染められた長髪に、学校指定の制服の上にパーカーを羽織っていて、スカートなんか膝上にまで短く改造されている。長い前髪と、めちゃくちゃ整った顔立ちが魅力的な、そんなギャル。


 綿貫たんぽぽ。


 クラスの中心グループに所属している、いろんな意味で俺とは正反対な存在である彼女は、何故か最近、事あるごとに俺の方をチラ見してくるのだ。


 何故、彼女は俺の方を見てくるのか。

 めちゃくちゃ気になったので、一度直接聞いたことがある。


『えっと……ど、どうしたの?』

『……別に、何でもねーよ』

『何でもないって……こっち、見てたよね……?』

『み、見てねーし! てきとー言ってんじゃねー!』


 ギャルって怖いなって思いました(こなみかん)。

 俺は無害なオタクなので、地位のあるリア充にはめっぽう弱い。それが美少女であるならば尚更だ。言うなれば、俺は弱点の多いオタク。ポケモンで言うところの草タイプである。


 だから、俺は決めたんだ。

 どれだけ綿貫さんが俺の方を見て来ようとも、絶対に無視し続けると。

 すべては、平和な高校生活を守るために――!



   ★★★



 しかし、俺のそんな決意は、たった四時間後に打ち砕かれることになった。


 時刻は17時50分。

 学校から少し離れた駅ナカにあるアニメショップで、俺はアルバイトに励んでいた。


「今日も気になる新作がいっぱいだなぁ……」


 アルバイトと言っても、今は休憩中。やることがない俺は、店の倉庫で新品のライトノベルを物色していた。

 アニメショップの店員はいい。だって、自分の好きなものを誰よりも早く観測することができるから。大変な時もあるけれど、俺にとっては天職だ。

 ——と。


「大地くん。言わなくても分かると思うけど、陳列前の商品にあまりベタベタ触らないでね」


 ライトノベルの山を(人から見たら)気持ち悪い顔で見つめていると、後ろからいきなり声をかけられた。

 振り返ると、そこには何とも可愛らしい年上女性が立っていた。


「当然です! 何てったって、俺はルールを守れるオタクなので!」

「ふふっ。なにそれ」


 彼女の名前は三日月咲綾。この店における俺の先輩である。確か、近所の女子大に通っているとかなんとか。何故ここが曖昧なのかというと、俺が他人のプライベートに干渉しない主義だからだ。


 咲綾さんは可愛らしい笑みを崩さないまま、俺の後ろから新品の山を覗き込む。


「で、大地くんのお気に召した作品はどれだったのかな?」

「全部買うつもりですけど……しいて言うならコレですね」


 そう言って咲綾さんに差し出したのは、「とある世界の禁忌経典アカシックレコード」というタイトルのライトノベルだ。何度もアニメ化し、書籍の方も30巻以上出ている大人気作である。


「ラノベってあんまり詳しくないけど、大地くんはこれが好きなんだ」

「はい。純粋に面白いんですけど、実は人生で初めて読んだラノベでもありまして」

「へぇー。思い出の作品って感じなんだね」

「俺がオタクになるきっかけになった作品と言っても過言じゃありませんね」


 オタクでぼっちで人付き合いが苦手な俺が何故、咲綾さん相手にこんなに流暢に話せるのかというと、それは彼女との付き合いがかれこれ1年近く続いているからである。どんなにコミュ障なオタクであっても、ぶっちゃけた話、慣れれば誰とでも話せるようになる。


 特に、咲綾さんはいつも笑顔でいつも優しい聖女のような人だ。俺がこの店で働き始めたばかりの時から、根気強く話しかけてくれていた。そりゃあ普通に話せるようになるというものだ。


「大地くんがそこまで推すなら、今度私も読んでみようかな」

「是非是非! なんならウチにある布教用を今度お貸ししますよ」

「布教用なんて持ってるの? 大地くんはオタクの鑑だねえ」

「咲綾さんもオタクでしょうに」

「私はコス専門だから」


 咲綾さんのコスプレ姿かあ。見たことはないけど、めちゃくちゃ綺麗なんだろうなあ。

 そんな妄想もとい想像をしていると、咲綾さんが俺の鼻先を指でツンと突いてきた。


「さ、休憩は終わり終わり。大地くんはあと一時間で退勤でしょ? 後半戦、頑張ってよね」

「了解でーす。咲綾さんも頑張ってください」

「うん、ありがとー」


 軽くハイタッチし、二人で売り場へと戻っていく。


 俺が任せられているのは、店の奥の方にあるラノベ棚だ。仕事内容は、主に商品の陳列とお客様のご案内。コミュ障の俺にとって接客は中々にハードルが高いものではあるのだが、これもさっきと同様、流石に慣れた。


「さーって、お仕事頑張りますかー」


 持ってきていた籠を床に置き、鼻歌交じりに本を棚に差していく。好きなものに包まれながら、好きなもののために働くこの瞬間は、何物にも代えがたい。


 陳列順を間違えないようにタイトルをしっかり確認し、そして傷つけないようにゆっくりと並べる。単純だが重要な作業をそうやって続けていると――


「すいません。ちょっといいですか?」


 ——早速、お客様からお呼びがかかった。


 棚から声のした方へと顔を向ける。

 そこにいたのは、同い年ぐらいの女性だった。

 明るく染められた長髪に、学校指定の制服の上にパーカーを羽織っていて、スカートなんか膝上にまで短く改造されている。長い前髪と、めちゃくちゃ整った顔立ちが魅力的な、そんな女性。


 めちゃくちゃ見覚えがあった。

 というか、同じクラスの綿貫たんぽぽさんその人だった。


 どうしてこんなところに綿貫さんが?

 混乱が脳内を支配する中、綿貫さんは言葉をつづける。


「あの、『とある世界の禁忌経典』っていうラノベで……今日新刊が出てるはずなんですけど、どこにも置かれてなくて……もしかして、売り切れちゃってます?」

「…………」

「……店員さん?」

「あ、やべっ」


 無言な俺を不思議に思ったのか、綿貫さんが俺の顔を覗き込んできた。


「——唯野?」


 ビギリ、と何かが凍り付く音がした。

 恐る恐る見てみると、綿貫さんが信じられないような表情で俺のことを凝視していた。ちなみに、唯野というのは俺のことである。唯野大地、それが俺の本名だ。


 バイト先のアニメショップで、同じクラスのギャルと遭遇した。

 しかも、あろうことか、俺の聖典を探しているであろう状況で。


 何か、言わなくては。

 オタク知識を総動員し――そして、この状況を打破できるであろう一手を導き出す。


「……ひ、人違いです」

「いや流石に無理あるだろ!」


 

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