三人目『のんびりした切れ者おっさん』

前編 『雲居惣治の場合』


「普段の言動や行動だけで人を判断するのは間違いのもと……」


 天使の笑みを浮かべて『ミス・ミスティ』はそう告げた。今日の装いは深くスリットの入ったロングスカートに、たっぷりとしたシルエットのシルクブラウス。その右手にダーツの矢を構え、キッチンの壁に掛けたボードを狙っている。

 ダーツには最近はまったらしいのだが、正直嫌な予感しかしない。


「……人の心や知性というものは、巧妙に隠されているものなの。でもね、」


 ゆっくりとした動作で素振りを繰り返し、ちらりとわたしに流し目を向けた。

 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせてこう続けた。


「……そういう人はたいてい、無能者や道化を演じながらあなたを観察し、弱みを探っているもの。あなたも知らないうちに標的にされているもの……えいっ!」


 声と同時にダーツの矢が放たれた。

 カン、と狙いを大きく外れた矢が壁にかけたフライパンに当たる。

 キン、と続けてワインの瓶にあたり、どういうわけだかこっちに戻ってくる。

 コン、さらにミラクルな軌道を描いたダーツは台所の缶詰に当たって天井へ。

 そこで勢いを失い、天井からユルユルと落ちてきて、『プス』っとミスティさんのスリットからのぞく太ももに刺さった。


「痛ったぁぁぁ!もう、なにコレ!」


「頭に当たらなくてよかったですね。バンドエイド、貼っておきましょうね」

 と、冷静に答えたが、内心は笑っちゃダメ、笑っちゃダメ、笑っちゃダメ、という呪文を唱え続ける。なんとか笑いの波をやりすごし、むき出しの白い太ももに大きなバンドエイドを貼り付けた。


「このダーツ、不良品だったみたいね、全然狙ったとこに飛ばないんだもの」


 確かに人をうわべだけで判断することはできない。それは分かっているつもりでも、つい忘れてしまうものだ。完璧そうに見えるミスティさんもこの通りだ。


 しかし。これから取立にいく顧客『雲居惣治』もそうなのだろうか?いつもぼんやりとした雰囲気の、くたびれきって何事にも適当な中年男性。とてもなんか隠しているようには見えない能天気な人なのだ。

   

 はたして今回のアドバイスは役に立つんだろうか?彼に関して言えば、さすがに考えすぎのような気がする。気がするが、思い返せば、いつも手ぶらで帰っているような気もする。少なくとも厄介な客であることに違いはない。


 かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。


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