その四四 さらば、イチジク

 イチジクの木を切った。

 この二年、おいしい実をつけてくれたイチジク。

 来年以降、さらなる成長を楽しみにしていたイチジク。

 それなのに突然、枯れてしまったイチジク。

 それでも、

 ――もしかしたら、来年には復活して新しい芽を出すかも知れない。

 と、一縷いちるの望みをかけてそのままにしておいたイチジク。

 しかし、しおれたイチジクの枝先を見ると黒い斑点が現れていた。これはいかん。へたをすると病気が出てしまう。

 イチジクに病気が出たとして、他の野菜や果樹に影響が出るかどうかは知らない。しかし、防げる病気なら防いだ方がいいに決まっている。そこで、泣くなくイチジクの木を切った。

 残念である。

 無念である。

 去年、今年と順調に成長し、実をつける数も増えていた。だから、来年以降はもっと多くの実をつけてくれると期待していた。それなのに、ああ、それなのに……。

 はああ~。

 だが、まあ、仕方がない。

 作物の栽培は自然相手の仕事。

 自然相手の仕事とはすなわち、自分の思い取りには行かないと言うこと。

 すべてが自分の思い通りになって当然。

 思い通りにならなけれはいけない。

 そんな思いに囚われた現代人にとって、自分の思い通りに行かない相手との付き合い方を学びなおせる格好の仕事。それが、作物の栽培。である以上、自分の意にそぐわない結果も受け入れなくてはならない。人工的な手段に頼って、自分の思い通りの結果を得られるようにしようとするわけにはいかない。とは言え――。

 やはり、悲しい。

 イチジクよ。短い間だったが、おいしい実をありがとう。心より感謝する。せめて、安らかに眠らんことを。

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