その三三 ナスタチュームってすごい
それは過ぎつる強き風の吹き荒れた夜が明けた朝のこと。
ナスタチュームの苗がひとつ、プランターの外に落ちていた。
それなりに育って葉を
本当に生え際から折れたとみえ、折れた場所には根っ子は一本もついていなかった。それでも、葉っぱはピンピンしていて、しおれている様子もない。ベランダの床に落ちていた葉っぱを食べる気にもならなかったし、かと言って、そのまま捨ててしまうのももったいないので、もとのプランターに挿しておいた。
別になにかを期待していたわけではない。何枚もの葉を
そんなものを土に挿しておいて復活するなんで誰が思う?
少なくとも、私は思わなかった。
ところが、だ。復活してしまったんだな、これが。
いやもう、驚いた。根っ子なんてまるでない、茎だけだったというのに葉のしおれる様子すらほとんどなく、そのまま根付いてしまった。いまでは引っ張ってもビクともしないぐらいしっかりと根を張っている。
いや、畏れ入った。
これだけでも充分にすごいのだが、それだけではない。
ナスタチュームの茎は長く伸びる。そのままだとプランターを跳び越えてベランダの床についてしまう。さすがに、安全面から言っても、衛生面から言っても植物の茎葉をベランダの床に這わせておくわけにはいかない。観賞用ならまだしても食用なのだ。床を這っている葉を食べる気にはさすがになれない。
と言うわけで、長く伸びた茎は元から切って新しい芽を伸ばす。もちろん、葉っぱの方はちゃんと収穫して胃袋に収める。が、もったいないと思うのはつぼみ。花のつぼみは茎葉の先端ほどよくつく傾向があるので、長く伸びた茎を摘んでしまうとつぼみも一緒に摘むことになってしまう。咲けばきれいだし、おいしく食べられるというのに……。
――もったいないがまあ、仕方がない。
そう思っていたのだが――。
なんと、そのつぼみが咲いてしまった!
前述の苗のように土に挿していたわけではない。やがて、土に返るよう土の上に放り出していただけなのだ。それなのに、ああ、それなのに、いつの間にやら花が咲いている。
切り落とされて打ち捨てられた茎。
その茎がつぼみを育て、花を咲かせる。
これっていったい、どう言うことだ? 水や栄養はどこから補給している? 茎のなかに残った養分だけで花を咲かせることができるのか?
ハーブの生命力って本当にすごい。
それに比べて品種改良されてきた野菜たちのなんとひ弱なことよ。人類の品種改良は見た目を良くしてきた反面、植物本来の生命力を削ってきたとしか思えない。そんなものを食べていて本当に自身の糧となるのだろうか。謎だ。
ともかく、私はナスタチュームの葉と花を食べることでこの生命力を日々、取り込んでいるわけだ。そう思うと『ポパイにホウレンソウ』の気分になってくる。夏バテに襲われるこれからの季節。どうか、この生命力をもって我が身の体力と活力とを保ってくれますよう。
合掌。
完
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