【超短編】人類のお引越し

茄子色ミヤビ

【超短編】人類のお引越し

 1人の天才がいた。

 彼の身の安全のため、外見に関するデータはこの世界のどこにも残ってはいないが…唯一出身地は判明していた。

 アジアの小さな島国の一地域。後に特異点とまで言われた場所が彼の出身地である。

 自動車産業だけが取柄の町であったのにも関わらず、ある期間突如として医療分野から科学技術と、実に多岐に渡る分野から世界に衝撃を与えるレベルの研究発表が次々に行われた。そしてその発表までの経緯を辿ると、必ずある1人の少年へに行きついたのだ

 そんな彼に会える人物は勿論限られていたが、それでも何とかコンタクトを取りつけ彼の秘密の一端を解き明かそうとする者へは「仕組みを知ると、一番効率の良い方法が浮かんでくるんだ」と答えたそうである。

 

 5年も経つと、まずます彼に相談を持ち込める人物は限られるようになった。 限られた人物とは単なる金持ちなどではなく、表と裏の世界に影響力を強く持つ人物を指す。

 そんな中、天才の回答は時に他の回答と重複することがあった。

 例えばこの世に10トンしか存在しないAというレアメタル指して「強度を得るためにはAが10トン必要です」と回答し、またその直後に来た相談者に対しても「その機械の動作性を高めるためには、Aを使用した部品が必要です。御社の規模ですと10トン必要ですね」と回答を出すようなことが多々あったのだ。

 影響力を持つ人間とは、総じてどこかに歪みを抱えている人物である。

 そんな彼らが不可能と思われていた夢を叶えられる方法を知り、いざ実行に移そうとしたとき…それを邪魔する人物が現れたらどうなるだろうか?

 世界はこれまでにない緊張状態に陥った。

 

 そしてある日、平和を教義とする宗教の代表者が彼の下に訪れ問いかけた。

「全人類が幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?」

 彼はすぐに言語を統一する方法を提示した。

 それは世界中に存在する「ありふれたある物質」を「ある手順」で攪拌し吸い込むことだった。 またそれに合わせて(ごく簡易的なものであるが)共通の文字を広めることに成功。20年の歳月はかかったが人類同士は争うことを辞めた。お互いを尊重し手に手をとることを覚えたのだ。その裏には、各国の代表者が戦争より平和のほうがコストがかからないと気付き平和を維持することに舵を切ったという背景もあるが。

 そして『全人類』がより良い生活を送るため工場から流れる廃液の量も増えたが、それは『全人類』に影響がない成分に変換処理され、地中へと埋められるようになった。


 そして若かった天才も70才を越えた。

 本日も彼に相談を持ち込んだのは、よく相談を持ち込む世界で一番の権力者だった。

 彼は面倒くさそうに一言二言アドバイスし電話を切ると溜息をつく。

 彼の住処はボロボロのアパートだった。

 彼はどうしてもこの幼少期に過ごしたこのアパートに住みたいと申し出たのだ。

 しかし見た目はボロボロなアパートであっても、当然彼が住むにあたり補修やセキュリティは万全なものへと作り変えられた。それに対して彼は大いに不満を漏らしたが、以前住んでいた核シェルターのような施設よりはマシだと諦めた。


 そう、本来なら文字通りゴキブリ一匹入り込めない彼の部屋に、奇妙な形をしたネズミが入り込めたのは本当に奇跡としか言いようがない。

 その左右非対称のネズミを見つけた彼は部屋の隅に居場所を作ってやった。

 彼が指揮して作らせた動物言語の翻訳機で、そのネズミの主張と質問を聞いた上でだ。

 そしてネズミが彼の回答を聞けたのは、居候を始めて丸三日が過ぎた今日だった。

 ネズミは感謝を伝え、その奇妙に曲がった手足を器用に使いながら、開けられた玄関の隙間からヨタヨタと、しかし力強く外へと歩いて行った。

 その姿を見送った彼は、三日前にかかってきた電話番号を表示させ発信した。

「半年後、全人類が火星に住める方法を伝えます。まずは…」

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【超短編】人類のお引越し 茄子色ミヤビ @aosun

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