第9話 白雪の思い

大学の講義を受けているとあっという間に帰宅する時間になった。

いつもだとこの後、白雪と共にどこかへ遊びに行くので伊織は尋ねてみる。


「今日はどこか寄っていくか?」

「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだけど、ちょっと用事があって...」

「そうなんだ、じゃあ仕方ないな」


どうやら白雪には用事があるらしく、とても残念そうな顔をしている。


「じゃあまた明日ね伊織君」

「あぁ、また明日」


白雪と別れた伊織は帰路を歩いていると、クシナが話しかけてきた。


『大学は随分と面白い場所だったわね』

『それならよかった、講義とか暇じゃ無かったか?』

『そんなことないわ、中々面白い話だったわよ?』


特に将来の夢なども決まっていなかった伊織は色々な講義を受講している。

その話を聞いてクシナは面白いと感じていたらしい。


『後はあれね、食堂で主様が食べていた食べ物が美味しそうだったわ』

『パスタか?なら今日作るか』


伊織は今日大学の食堂でパスタを食べていた。

その時白雪と話していたためクシナは話しかけてこなかったが、内心では伊織の食べているものに興味津々だった。


『ありがとう主様』

『いいってことよ』


電車に乗り家の最寄り駅についた後歩いていると、またしても伊織たちの前に空間の歪が現れた。

伊織が立ち止まり警戒していると歪が割れ、中から一匹の狼が現れた。


「ガルルルル」

「マジかよ」


狼と言ってもカッコいい物ではなく、やせ細り口からは涎をだらだらと垂らしている。

その姿はさしずめ餓狼といった所か。


初めて見る餓狼にこんな妖魔も居るのかと伊織が驚いていると、ブレスレット炎が溢れクシナが姿を表した。


「あら、今回は餓狼なのね」

「餓狼って言うんだあれ、すげー涎垂れてるけど」

「よっぽど主様が美味しそうに見えるのかしら?」


そんなことをクシナが言う。

餓狼はいきなりクシナが現れたことに少し驚いたが、それよりも伊織の霊力が魅力的なためそちらに意識を向ける。

そして餓狼が伊織を目掛けて飛び込もうとしたとき。


「主様は私のものなの、気安く近づかないで貰えるかしら?」


パチンッといつものようにクシナが指を鳴らすとたちまち餓狼は炎に包まれた。


「いつみても凄いなクシナの炎は」

「そう?ありがとう主様」


そういいながら伊織の腕に抱きつく。

クシナが抱きついてくることに未だに慣れない伊織は少し照れた顔をする。

炎が晴れると、餓狼の姿は無かった。

そのことを確認するとクシナは再びブレスレットになり、伊織は帰路を急いだ。



SIDE:白雪


日曜日の夜、白雪は大学で伊織に会うための服を物色していた。


「う~ん、この服とか伊織君は好きかな~?」


伊織はどちらかと言えば、清楚系な服を好んでいることを長い付き合いから把握しているため、清楚なイメージを崩さずに女性らしさをアピール出来る服を選ぶ。


「うん、これなら伊織君もドキドキしてくれるはず」


鏡を見て満足げな表情をしていると、白雪のスマホがなった。

白雪がスマホを手に取り画面を表示すると、そこには退からの連絡が届いていた。


「なんだろう?」


連絡の中身を見てみると、どうやら白雪に依頼が発生したようだ。

内容を確認すると、それは八王子市で最近妖魔が頻繁に出現しているので、その原因について調査をするようにと書かれている。


「そういえば最近、道路を破壊するくらいの妖魔が出たんだっけ」


依頼の内容を詳しく見てみると、どうやらその事件にも妖魔が関わっているらしいが、退魔士が到着したころには既に妖魔の姿は無かったと書いてある。

その後も妖魔が発生しているらしいが、どれも既に姿が無いらしい。


「この辺に野良の退魔士がいるって事かな?」


組合からの依頼にも、野良の退魔士がいるかもしれないと書かれており、原因の究明と共に野良の退魔士がいた場合は保護してほしいと記載されていた。


「もっと階級が下の退魔士に依頼すればいいのに、なんで私なのかな~」


白雪が調査をするということは、すなわち伊織との時間が減ると言うことになる。

そのことに白雪は若干不機嫌になりながらも、組合からの依頼は断れないのでため息を吐きつつ調査の準備を始めた。


次の日大学に向かっている途中に、前方を歩く伊織を発見した。

今日は運が良いなと思いながら白雪は伊織に話しかける。


「伊織くーん!」

「...」


しかし話しかけても返事が無かったので近くに寄って再び話しかける。


「伊織く~ん?」

「...」


真横で話しかけても返事がない、伊織の表情を見ると何かを考えているようだ。

それでも返事がなかったことが悲しかったので少し大きな声で呼びかけてみる。


「伊織君っ!!!」

「うわっ!あ、白雪?」

「もう、なんで無視するの?」

「ごめん考え事してた」


どうやら予想通りで何か考え事をしていたらしい。


「そうなの?もう、嫌われちゃったかと思ったよ...」

「俺が白雪の事を嫌うわけ無いだろ?」

「うん...」


伊織からそんなことを言われた白雪は少し照れてしまう。

そのまま伊織と二人で歩き、大学の中へと進んでいく。


講義を受けながらも、白雪は調査について考えていた。


「(妖魔の発生があったのは八王子だから、講義が終わったら八王子に向かって式神を放ってみようかな?)」


その後講義が終わり、伊織と歩いていると遊びに行かないかと誘われた。


「今日はどこかに寄っていくか?」

「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだけど、ちょっと用事があって...」

「そうなんだ、じゃあ仕方ないな」


本当は伊織と遊びに行きたかった白雪だが、依頼があるため泣く泣く断る。


「じゃあまた明日ね伊織君」

「あぁ、また明日」


駅で伊織と別れた白雪は、八王子へと向かった。

現場へと向かっている途中にあることを思い出す。


「(そういえば伊織君の家も八王子にあるんだよね)」


途中で別れてしまったが伊織もおそらく同じ電車に乗っているだろう、そのことを考えるともう少し一緒に居れたなと少し残念に思う。


八王子に到着すると、手ごろなビルの屋上へと登り鞄から札を取り出して構える。


「まずは~、召喚「白鴉」」


白雪がそう呟くと、札は白い炎に包まれて燃え始めた。

そしてその炎は徐々に姿を変えていき、一匹の白いカラスとなる。

白雪は白鴉に向かって命令を下す。


「それじゃあ白鴉くん、妖魔の気配がしたら私に教えてね?」

「ガァー!」


白鴉は一鳴きした後に飛び立っていった。

その後白雪は退魔士組合から届いていた現場の写真などを見ていく。

砕けた道路の写真や、高温で溶けたアスファルトの写真などを見て中々強い妖魔が現れたことを推測する。


「現実に影響を及ぼすなんて、ちょっと強い妖魔だよね~」


次々と写真を見ていると、さっそく白鴉から反応があった。


「お、見つけたかな~。それじゃあ向かいますか」


そういいながら白雪は新たに札を二つ取り出す。


「部分憑依「燕」あーんど「認識阻害」」


白雪がそうつぶやくと、またしても札が白い炎に包まれ炎が白雪の背中に集まると、一つの羽を形成した。


「それじゃあせーのっ!」


その掛け声と共に白雪はビルから飛び降り、風に乗って白鴉の反応があった場所まで急行する。


白鴉の反応があった場所まで到着すると、既にそこには何も無かった。

しかし僅かだが妖気が漂っている。


「何もないけど、妖気が漂ってるから間違いなくここに妖魔が現れたって事だよね。白鴉くん、何か見つけられた?」

「ガァーガァー!」

「うんうん、男女の二人組がここに居たんだ、それで妖魔を倒した...と。なるほど」


白鴉に尋ねると、男女の二人組がここにおり、妖魔と戦っていたらしい。

白雪は野良の退魔士が一人だと思っていたので少し驚く。


そして現場を見分していると、あることに気が付いた。


「そういえば、この辺って伊織君の家の近くだよね?」


何とも見覚えのある道だと思ったが、それは伊織の家の近くの為である。

伊織の帰宅時間を想像すると、運が悪ければ妖魔と遭遇していてもおかしくない。

少し不安に思った白雪はスマホを取り出し、伊織に連絡を取ることにした。


『もしもし?どうしたんだ?』


スマホで通話を掛けると、数コールしないうちに伊織が出た。

そのことに安堵しながらも嘘の要件を告げる。


「あ、もしもし伊織君?今週の土曜日って暇?」

『あぁ、一応何も予定は無いけど』

「そしたらどこか遊びに行かない?」

『いいぞ、予定に入れとく』

「ありがと~、また後で詳しいことは連絡するね?」

『分かった、待ってる』

「じゃあね~また明日」

『また明日』

「うしし、伊織君とデートの約束出来ちゃった」


嘘の要件ではあったが、伊織と出かけられることになり上機嫌になる。

その後も現場を見ていき、これ以上情報は無いなと切り上げることにした。

家に帰りながらも白雪は考える。


「この依頼って伊織君の安全にも繋がるんだよね」


一連の事件は八王子で起きており、また伊織の家からも近い。

伊織は霊的存在が見えることを白雪は分かっているのでいつ巻き込まれてもおかしくないと認識していた。


「私が守るからね、伊織君」


決意を新たに、本格的に調査をすることを心に決めた。

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