第3話 天道商店街

 天道商店街は二人の通う学校のすぐそば、さらに言うなら金の鯱が飾られている城のすぐそばにある。高い建物がなかった時代はその姿を商店街から見ることができたのかもしれないが、そんな昔話は現代の女子高生達にはなんのアピールにもならない。

 高校のすぐそばにあるくせに、シャッター商店街になってしまった事実が、それを物語っていた。


「天道商店街って、ここだよね?」


「うん。そこの看板にも書いてあるよ」


 奈津の疑わしい顔に、亜希が平然と答える。亜希にとっては毎日の通学路で、わずかながらも商店街らしい部分も見たことがあった。

 商店街らしいと言ったって、歩行者天国の道を人々が闊歩したり、買い物袋を下げたおばちゃん達が井戸端会議。なんて光景なんかじゃない。『年末大売り出し!ー天道商店街ー』っていうポスターを見たことがある、程度のこと。


「確かに書いてはあるけど」


 奈津が腑に落ちない顔で看板を睨み付ける。商店街なんて自信ありげに書くわりに、開いている商店を見つけられないこの景色は違和感だらけだ。


「それで? 再生屋ってどの辺?」


「商店街の端にあるんだって」


「端? ってどこ?」


 商店街の端、それはまたなんとも中途半端な情報だ。『ここからが商店街です』なんて案内があるわけじゃないし、そもそもシャッターと既に立て替えられた一軒家が並ぶこの商店街の端なんて、多分誰にもわからない。


「どこだろ」


「はぁ。仕方ないなぁ。ゆっくり探そ」


 奈津のいい加減さに救われることがあるとはいっても、相手をしていて疲れないなんてことはない。それなりに、いや、かなり心の疲労感が溜まる。奈津にもはっきりと伝わるようにため息を吐いても、奈津は気にもとめない。

 道の邪魔にならない場所に自転車を止めて、亜希は左右に首を動かして辺りを見回した。


「んふふふふー」


 亜希に倣って自転車を止めた奈津が、わざとらしく口角を上げて亜希の腕に自分の腕を回した。少しは悪いと思ってるのか、甘えたような誤魔化したような態度で、亜希の気を逸らそうとする。


「もう! 奈津も少しは探してよ」


 呆れと少し苛立ったような声を亜希が出しても、奈津の顔は笑顔のままで。そんな奈津のことが、やっぱり好きでどうしようもない。まるで、惚れた弱みってやつだ。

 奈津は学校ではこんな風に甘えてくることはなくて、シャキシャキした明朗快活な女の子、を演じてる。実際は一人っ子で、両親に存分に甘やかされて育った甘えん坊。そんな奈津を知ってるのは自分だけ。二人っきりの時に見せてくれる姿に、亜希は優越感を感じてほくそ笑む。

 腕を組むどころか、半分ぐらいぶら下がっているような奈津を連れて、商店街の中を歩き回った。

 どこかもわからない端を探して、縦横無尽に歩いた。最初は再生屋以外の店を見ながら歩くのも楽しくて、奈津と開いてる店を見つけながら、喋りながら歩く。だがいつもは通り過ぎるだけの道も、店を探すとなると思いの外広くて、夕方の西日に照らされた体はじりじりと熱い。

 オルゴールは鳴らないままでもいいか、そう諦めの気持ちが亜希の頭の片隅に湧いてきた頃だった。目の端に怪し気な店が見える。

 商店街探索に飽きてきていた亜希は、奈津の腕を振り払って店の前に向かって駆け出した。


「あった……ここだ」


 亜希の目の前には『再生屋』と書かれた看板が大きく掲げられ、古びた日本家屋の様な門構えの店が現れる。


「亜希! 置いていかないでよ。突然走り出して、どうしたの?」


「再生屋! ここにあった!」


 亜希が指をさした先を見ても、なんの変哲もない一軒家が奈津の目に映る。


「再生屋? これが?」


「そうでしょ? そう書いてあるよ?」


「え?! どこに?」


 再生屋なんて文字は奈津には見つけられない。亜希の目に映るものが、奈津の目には映っていなかった。


「だから、あそこに!」


 亜希が苛立ちながら、奈津の手をとって、一緒に看板の辺りを指さす。

 その瞬間、奈津の目に映っていた一軒家は、古びた日本家屋へと変貌した。そして、指の先には『再生屋』の文字。

 亜希の言った通りの再生屋が、突然目の前に現れた。


 

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