第2話 壊れたオルゴール
「再生屋? それって何?」
肩に届くか届かないかの長さに切り揃えられた黒髪が首を傾げることで、肩先に届く。サラッと流れ落ちる髪の毛は亜希の唯一の自慢だ。自分の髪の毛が頬や首筋に当たる感触を感じながら、親友の
「知らないの? すぐそこの天道商店街にあるの。何でも直してくれるんだって。そのオルゴール、大切なものなんでしょ? 一か八か、行ってみない?」
綺麗な二重で、黒目の大きな瞳を更に大きくさせて、奈津が学校の目の前の道を指差した。少し日に焼けた細く長い指が、窓の外の道路に向けられる。
わざと焼いてるわけじゃないのに健康的な小麦色の肌色を、奈津は正直好きじゃない。どうせだったら、親友の亜希のような色白になりたいと、自分の指先を見て、がっかりする。
その指が示した道の先にある天道商店街は、女子高生が行くには、少し、いやかなり寂れていて、同級生は誰も寄り付かない。
奈津にそう聞かされた
「あそこ、やってる店あるの?」
酷い言い分だが、無理もない。シャッター商店街の名前がぴったりの商店街。今も営業中の店は片手で数えられるぐらいしかないはすだ。
「再生屋はやってるらしいよ」
紹介し始めた奈津の顔にも自信のなさが浮かびあがる。少し茶色がかった髪を高く結い上げたポニーテールも、そんな奈津の気持ちに引きずられるように、こころなしか元気がない。
紹介した本人すら自信をなくす程のシャッター商店街。亜希は自分の掌に乗せたオルゴールにもう一度視線を落とし、形の良い眉を眉間に寄せ、そんなところの店に大切なオルゴールを預けなければいけない自分の不運を嘆いた。
だがどれだけがっかりしても、壊れてしまったものは元には戻らない。修理したくても製造元は既に閉店していて、どうすることもできないとわかってはいても、捨てられなかった。
いつの間にか音が鳴らなくなったオルゴールも、キーホルダーとして鞄に付ければ、可愛らしいその姿を揺らしてくれる。亜希はその姿を見るだけで、心が癒されるのを感じていた。だけど、できることならもう一度その音が聞きたい。亜希は微かな希望を胸に抱いた。
「直るのかな」
亜希は期待と不安が入り混じったような顔で、奈津の顔を見る。
美白化粧品のモデルのようにキメの整った顔に、不安げに揺らいだ瞳はいつでも少し潤んでいて、そんな親友の顔を奈津は羨ましく思う。
「わかんないよぉ。そんな店、行ったことも見たこともないもん」
そして無責任に言い切った。けして亜希に対して悪気があるわけじゃない。自分から話始めておいて、無責任なものだが、奈津のこの感じはいつものことだ。
いつだって奈津は少しいい加減で、それをわかっていて、しかもそのいい加減さに救われることもあって、亜希は奈津の友人をやっているのだから、仕方ない。
「帰りに、行ってみる」
奈津のいい加減な情報に振り回されるのはいつものことで、再生屋の話が合ってても間違ってても、亜希にとってはどっちでも良いことだ。
再生屋へというよりも、天道商店街への興味がうっすら湧いてきて、亜希は放課後が楽しみに感じ始めていた。
その日の放課後、終業のチャイムが鳴ると同時に亜希と奈津は教室を飛び出した。普段は教室でいつまでも続く無駄話に花を咲かせてる二人の行動に、クラスメイトが目を見開くが、その顔を二人が見ることはない。
クラスメイト達が顔を見合わせて、ひそひそと噂話を始める頃には、既に二人は昇降口でお揃いのローファーの踵を鳴らし、自転車置き場に向かおうとしていた。
「あれ? もしかして私たち一番じゃない?」
誰とも出会わなかった校舎を見上げながら、奈津が少し得意げな顔を見せる。ニヤッと笑った唇から覗かせる白い歯が日差しにキラッと光った。
自分の歯並びにコンプレックスを感じてる亜希は、あんな風に笑うことはできない。他人に歯を見せたくなくて、どれだけ楽しくても、口を隠して笑う。
奈津のような笑顔が眩しくて、羨ましい。亜希の目にはいつだって奈津が輝いて映っていて、そんな奈津の隣にいれば、自分も一緒に輝いているような錯覚を感じていた。
「え? まだ誰も来てないの?」
自転車を引きながら、校門まで歩いて行けば、防犯のために授業中は閉められたままの門を、係の教師が開けるところだった。
「そんなに速く走ったっけ?」
「ううん。普通」
そもそも廊下は走るものではない。だけどそんな常識はどこかへ落としてきたようで、二人は全力疾走でここまでやってきた。
その姿を見た陸上部の顧問が、陸上部へ勧誘するために、どこのクラスの生徒かを突き止めようとしているとも知らずに。
「「さよぉーならぁー」」
門を開けてくれた教師に声を揃えて挨拶をすると、二人は顔を見合わせて、笑いながら門を出る。
目指すは、天道商店街の再生屋だ。
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