第3話 スプレーと某宇宙戦争的卓上遊戯に出てくる宇宙王朝軍団の兵員輸送船

 昨日情景モデルへの決意を固めたものの、今日は特にその件に関して触れるという事は無く、僕は部室内に個室として設けられているスプレーブースで組立済モデルの塗装に向けた下処理(アンダーコート)を実行していた。スプレーベースにモデルを両面テープで固定すると、スプレー吹き出し口の狙いを定めて押し込む。

 いつもながら、ミニチュアが僕の指定した色で染まっていく瞬間は本当に気持ちいい。

 今回は黒ベースで行くことにした。白ベースで立ち上げると鮮やかに仕上がる(注:個人差があります)が、黒からの立ち上がりはダークな雰囲気に仕上がってくれる。

 アンダーコート用のスプレーも種類が多いから、一概にどれが鉄板ともいえないが、迷ったら白か黒で行く事にしている。メタルカラーのスプレーなんてのもあるから、いつか試してみたいところである。キャンディ塗装の時にでも。

 マスクはともかくゴーグルはいささかやり過ぎだと思うが、スプレー作業は基本密閉空間で作業するため、換気扇を回していても完全に臭いを消し去ることは出来ない。事実、マスク越しにも甘く、人工的な独特のニオイが鼻に衝いている。

 シンナーパーティーヒャッハー状態になりたくなければ、マスクは必須だ。

 万遍なくスプレーを吹き終えても、すぐに手に取ってはいけない。乾くまで、しばらく寝かせておかなければならない。

 スプレーブースから出ると、部長と寿君が座って、ペイントに勤しんでいた。

 二人とも黙々とモデルに筆を走らせ、筆洗い用のカップに波紋を立てている。


「寿君、またけったいなもん塗っとるね。そのアーミー最初の試練やないの」

「ええ。だからこそ挑戦しています。ゲーム的にも兵員輸送車両が必要ですし」

「全部組んだら塗れんし、線引いてたら塗っても塗っても終わらん……やりがいあるモデルやね」


 寿君はあばら骨に似た部品を手に取っている。あれは、船状の構造物として完成する、宇宙戦争物の卓上遊戯用のミニチュアパーツの一つだ。黒下地に青味がかって黒をベタ塗りし、そのままあばらの、角ばった部分に色を乗せていってる。

 船体そのものの組み立て難易度は普通だと思うけど、乗組員の搭乗席が特殊だから接着しちゃうと塗装が大変なんだよな……しかしあれのあばら骨部分にエッジングがエライ映えるんだよね。

 エッジングは普段のペイントにも増して高い集中力を要する。

 事実、寿君は言葉を発している最中も、ずっとミニチュアの方を睨みつけ、手を動かしている。

 何人たりともエッジハイライトを邪魔することは許されない。

 ミニチュアペイント国際条約(?)にもあるように、ペイントの物理的、心理的妨害はペインター生命を以てをもって贖うべし……とまではいかないが、邪魔されてご機嫌な奴などこの世には存在しないだろう。


「寿君。情景モデルの件やけど」

「了解です」

「まだ何も言うてへんけど……秋の展示会に一人一個出すからそれまでに頼むわ。モノは昨日買ってきた奴使ってもええし、自分の持ち込みでも構わんよ」

「了解です」


 エッジング恐るべし、爽やか系美少年の寿君が軍隊式の「了解です」しか喋らなくなっている。

 僕も集中しないとな。

 部長も森の情景モデルを塗っている事だし、自分のモデルが一段落したら情景モデルの組立に取り掛かろう。

 昨日買ってきたっていうけれど、何があるのかな……?

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