第2話 情景モデル
「青島君、本体にマントを接着した状態で塗るおつもりか」
「ええ、仕上がりが悪くなりそうなので」
「大したものですな……隠れるからそんな気にしなくてもって思うけどな」
「実際そうなんですけどね。なんかこだわっちゃうのは業みたいなもんですよ」
「青島君の見えなくなる箇所まで気を配るところ、好きやで」
楽月部長、くすぐったくなるような事言わないでください。手元が狂いそうです。ブラセメントだから刃物程危なくはないけれど。
「部長こそ、ブレンディング早いですな」
「そんなことないよ。まだまだ始まったばかりやし」
部長の手は二つの筆を巧みに使いこなしている。
一方の筆で、塗りたい部分に塗料を濃い目に乗せ、予め水を含ませたもう一方の筆を用いて色を任意の伸ばしてゆくテクニック。
塗料の乾燥時間の短さと、水の量のコントロール等、慣れるのにコツがいるが、物にすれは驚くほど自然な陰影の表現が可能だ。
「どれくらい塗り重ねるおつもりで?」
「ムラが無くなるまでやねー。ベタだけであと2~3回ぐらい。ハイライトも入れるよ」
「マジですか」
「ホンマですよ」
ちなみにこのテクニック、面積が広い部分、例えばマントの様な面積の広い部分に効果的だが、面積が狭く細かい彫刻が施された部分には不向きである。具体的にはドラゴンの鱗で、こういった部分にはドライブラシを使うのがベターだ。
今部長が塗っているのはストームパラディン。<秩序>の勢力に属する強大な守護騎士で、質実剛健なデザインは初心者にも上級者にもおすすめできるミニチュアだ。ちなみに僕のナイトオブデストラクションは<破滅>の勢力、宿敵同士という間柄。凶悪かつ外連味溢れるデザインは塗り応えたっぷり、ディティールの暴力、角と髑髏てんこ盛り。ドライブラシが捗る捗る。
二つとも、今後の展示会に出展予定の品だ。俄然気合が入る。
「青島君。秋の展示会やけど」
「ちょっと待ってください。寿君がいないのに始めるのはまずいですよ」
「安心しい。雑談みたいなもんや。ほら、今回は情景モデルも展示しようと思ってな。それで一人一個以上作ってもらうと思ってるんよ。あ、柵みたいな小物は一セットで一個な」
情景モデル、戦場を彩る縁の下の力持ち達。小屋や森、大規模な教会や神殿も当てはまる。現在は公式から発売されているモデルが主流となりつつあるが、一昔前は自作がメインだった。ある意味キャラクターモデル以上に想像力が試されるといっても過言ではない。
極端な話発泡スチロールからでも作れるのだから。
「さっき持ってきた紙袋の中に公式のモデルはいくつか入っとる。使ってもらってもええし一から作ってもらっても構いません。腕前見せたってや」
腕前かあ。秋口とはずいぶん先の話、というなかれ。
キャラクターモデルも情景モデルも、組み立てにはある程度の終わりはあれど、塗装はいくらでも粘れるし、こだわれる。
いわば終わりのない宇宙の様なものだ。
それに先程縁の下の力持ちと例えたけれど、情景モデルの無い戦場は味気ないし、完成された情景の中に立つキャラクターモデルは互いの相乗効果で格別の味わいを持つ。物語に例えるならもう一人の主人公と言っていいだろう。
どちらも決して手は抜けない。
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