ちょっと待って、幸村くん
ナマケモノ
ファイル#1 十一面観音立像
第1話 ハンドパワーで漫画を燃やす
僕の名は上杉幸村、幸村は祖父が勝手につけた名だ。とある地方の高校に通っている。まだ17歳、人生これからだし、今日も天気だ、空が青くて気持ちが良い。
「ウォオーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
今、母校の校舎の屋上で叫んだのは幼なじみの北条政宗だ。何かと僕に絡むので迷惑だが、お互いに友達も少なく、腐れ縁というやつが続いている。
多分、今頃、体育教師の山本先生が階段を駆け上がり、屋上に向かって来ているはずだ。丁度いい、そのまま政宗を廃棄処分にでもして貰いたい。
「おまえ、何で叫んだんだ?」
「分かんねから、叫んでみた」
「あっそ」
「そういう時あるだろ?」
「ないな」
「多分、あるよ。俺は知ってる」
政宗とはいつもこんな感じだ。会話にならない。けれど、決まってこうなる。
「ウワァアーーーーーーーーーーーーーーーーー」
今、屋上で叫んでるのは僕だ。屋上の扉が開いて、体育の山本先生だけでなく、担任の上田先生も、どうしたんだ、何やってんだ、と駆け寄って来た。政宗には構わず、先生から逃げながら叫ぶ。
暑いから歴史の授業を抜けて、政宗と二人で屋上でサボっていたのだが、政宗が馬鹿な大声で叫んだせいで、教師に見つかった。まあ、いいか、何だか楽しい。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーーーー」
そうだ、幼なじみはもう一人いた。最後に叫んだのは
「いい加減、馬鹿なことやめて欲しい」
職員室で叱られて、教室に戻って大人しく席につくと、前の席の縁が僕を睨んでいる。面倒見切れない、と言いながらも、縁は決して僕たちを見放さない。縁は僕に惚れてるからだ、、、。
なんてことはあり得ない。僕らにとって、縁は高嶺の花、本来ならば、気安く話してはいけない人だ。幼なじみの縁は知らないうちに一人で勝手に綺麗になり、成績は常に学年1、2位を争い、女子弓道部の主将でもある。彼氏もイケメン優等生で、バスケ部キャプテンの足利満義君、18歳だ。二人は、皆んなからお似合いだと祝福されている、室町学園一の雅なカップルだ。
にもかかわらず、縁は僕らを見放さない。それは縁は心まで美しいから、、、なんてことでもない。実は僕らが縁の秘密をギュッと握っているからだ。本当の縁、、そう、あいつは、怖いくらい、もの凄く、ガサツなのだ。
不幸にも、綺麗になってしまった縁に一番馴染めていないのは本人だと思う。昔から、着飾るのは好きでない、気を使うよりも使わせたい、散らかすのは好きだが、片付けるのは苦手、思いっきり朝は寝ていたいし、夜更かしが大好き、料理は作るよりも食べる方が絶対好き、時間には超ルーズ、平気で人を待たせるが、待つことは大嫌い。
はっきり言って、どうしようもない女だが、猫をかぶるのが滅茶苦茶上手い。但し、本人曰く、やってらんない、そうだ。それで、相も変わらず僕らで息抜きしてる。
「足利のどこが良いんだ?」
「顔。性格は滅茶苦茶つまらない。幸村くらい歪んでいて欲しかった」
「俺が歪んで見えるのは、政宗と縁のせいだと思うけど」
「すぐに人のせいにする、幸村は進歩しないね。一生彼女できないよ」
という感じの女だ。
「じゃあ、何で足利と付き合ってんだ?」
「だよね。卒業したら、綺麗さっぱり、跡形もなく、お別れするわ」
という感じの女だ。
***
政宗は剣道部の幽霊部員だ。実力で言えば、政宗は間違いなく県で一番強い。政宗の骨まで砕くような容赦のない攻めは常に相手を圧倒する。ただ、剣で勝つことにさほどの興味を感じていない。今日も僕が籍を置く超魔術研究会で漫画を読んで、ヘラヘラと笑ってる。
僕は訳あって超魔術研究会に籍を置いている。と言っても同好会、部員だって部長の近藤君と副部長の土方君、沖田君と僕の四人しかいない。
今では種が明かされた超魔術なんて興醒め以外の何ものでもないが、僕はそこが気に入っている。
「政宗、偶には剣道部で練習したら?」
「今いいとこだ、幸村が代わりに行ってこい」
「おまえ、県大会どうすんだよ」
「いいよ、それも幸村にまかす」
「剣道部顧問の山形先生に俺が叱られんだよ」
「分かった、俺が山形におまえが文句を言ってたと言っておく」
こういう男だ。いい加減に漫画を読むのをやめろ、と言っても聞く男ではない。ちょっと頭にきた。こうなったら超魔術で漫画か、政宗のどちらかを消してやる。
「政宗、俺のハンドパワーを受けてみろ!」
あれ、今、なんか来た気がする、、ちょっと不味いかも、、、
「あっちい!」
政宗の読んでいた漫画が燃えている。
凄い、さすが幸村君、と真面目な近藤君と土方君が拍手してくれている。
『いやー、良かった。燃えたのが漫画の方で』
僕が超魔術研究会に籍を置く理由がこれだ。物心ついた時から、僕にはこういう能力がある。但し、自分では全くコントロール出来ない。いつ、どういう形で能力が出てしまうのかが全く分からない。しかも、なぜか能力は年々、強くなってきているので、今みたいな予期せぬことが人前で起きてしまう。
だから、何があっても超魔術だと、しらを切るつもりで、超魔術研究会に籍を置いている。幸い、いつも仲良く、真面目にシカゴの四つ玉で指先の訓練をしている部長の近藤君と副部長の土方君は、僕のこの能力を超魔術だと信じて疑わない。何とかここで、僕はこの能力をコントロールする術を見つけて、そのまま超魔術家として大成するつもりだ。ちなみに、近藤君と土方君は、あやとりも上手だ。
「いたい!」
政宗が僕の頭を叩く、
「返せ、今良いとこだったんだ」
「俺じゃないだろ、おまえとあんだけ離れてたら無理だ」
「さっき、ハンドパワーって叫んだよな?」
「空耳だ、俺じゃない。燃え尽きたんじゃないか、おまえに見られ過ぎて」
まあ、気にするな、良かったじゃないか、あの漫画も、おまえに見とられて本望だったと思うぞ、とくだらない会話でお互いに本質的なところをうやむやに出来るのが、幼なじみの良いところだ。ただ、政宗は案外しつこいから、別の餌をやるまで諦めない。仕方ない、、
「そうだ、お好みでも食べに行こうぜ」
***
というわけで、お好み焼きを焼いている。
「縁、何でおまえまでいる?」
「政宗から、幸村が奢ってくれるって聞いた。何か良いことあった?」
「良いことなんかない。縁、せめて自分の分くらい自分で焼け」
「私が幸村の焼くから、幸村は私の焼いて」
『絶対嫌だ!』
「何か、腹減った。無駄口利いてないで、さっさと焼け」
『何か、腹立ってきた!』
「しょうがないよ、愚図だから」
『我慢だ、笑顔でいろ、お天道様がきっと見てくれている』
「お、良いじゃん。力入ってきた、やっぱり、やればできる男だな」
心頭滅却すれば火もまた涼し、、、高校生には無理だな、と思いつつ、ともかく、三人分のお好み焼きを焼いた。もう思い残すことはない。
「やっぱり、『天一』のお好み焼きは美味しいね」
「やっぱり、落ち着く、幼なじみって有難いわ」
「やっぱり、漫画の続きが読みたい」
こんな感じで、僕らは仲睦まじく上辺の笑顔を絶やさない、幼なじみだ。
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