第49話 王太子妃の務め
アックティカ鎖国の一報が入って数日。平穏な日々の中でも、着実に戦への準備が行われていた。まずは兵糧や軍備、これが整わなければ戦う事は困難になってしまう。特に兵糧は狙われやすく、運搬路を襲撃するのはどこの国でも定石だ。運搬を阻害されてしまえば、兵はただ飢えて死んでいくだけになる。軍備もそう。鎧や武器、馬の調達が急がれていた。
私もできる限り協力を惜しまず働いていた。騎士団との面談や、取引商とも面談を行い、王城にいながら軍備の確認をしていた。
毎日がその繰り返し。それでも、昼食だけはアルと共にしていた。その時間が何よりの休息。お互いを励まし合い、意見を交換してさらに良い案を出してく。結局は仕事の話になってしまうけれど、それも仕方のない事と割りきっていた。
この難を乗り切れば、また平和な時代が訪れるのだから。
そんな忙しさに追われていたある日の事。いつものようにアルの執務室で昼食をとっていた私達の元に、いきなりクムト様が来訪した。
クムト様とはあの開戦の日以来お会いしていなかったのに、なんの知らせもなくひょっこり現れ、壁際に置かれていた予備の椅子を持ってきてしれっと私の隣に座る。それを見たアルは一瞬にして鬼の形相と化した。
「おい! クムト! リリーの隣に座るなよ!」
そう言いながら、クムト様を引きずり少し離れたソファに押し込める。かと思うと、自分の椅子を私のすぐ横に置き、守るようにくっついてくた。あの日にも言っていたけれど、すごい警戒の仕方だ。
そんなアルにも、クムト様はにこやかに笑っている。そして私に視線を向けると、不意に問いかけた。
「りっちゃん、何か悩み事あるでしょう。当ててみようか?」
ソファに寝転がり、だらけた体勢でネフィがテーブルに置いたお菓子を摘まみながら、いきなり確信をついてくる。私の肩が跳ね、心臓が大きく脈打った。
「い、いえ、何も。クムト様ご冗談を」
きっと、クムト様が言っているのは戦の事じゃない。ずっと気になっていて、でも聞けずにいた事だ。私は何故かそれを知られたくなかった。嫉妬深い女だと思われたくない。実際に当人達にも既に聞いている事で、何もないはずなのだから。
けれどクムト様は気にした風もなく、口を開く。
「あーちゃんと、そこのメイドが仲いいのが気になるだよね?」
ぐっと心臓に痛みが走る。アルの顔を見れず俯くけれど、クムト様は話を続けた。
「あーちゃんさ、ちゃんと言ってないよね? 君……えっとネフィだっけ。じゃフィーちゃんね。ご主人が悩んでるの気付かなかった? 前はあーちゃんに対してツンケンしてたのに、急に仲良くなったらそりゃ気になるでしょ。それとも、そんなに深刻に考えてなかった?」
やめて、言わないで。
そう言おうとしても、声が出ない。真相を聞くのが怖くて、耳を塞ぐ。隣でアルの動く気配だけが伝わってくる。
「いや、それは……だってあんなの、女の子には酷でしょ? リリーには教えたくなかったんだ」
ネフィも黙り、永遠に感じる沈黙が部屋に満ちる。それをクムト様は呆れたような溜息で壊した。
「あのさ~、今の方が酷なの! そりゃ驚くだろうけど、王太子妃として知っておかなきゃいけない事だし、あーちゃんへの信頼も揺らいじゃうよ? フィーちゃんも、今まで培ってきた関係が崩れちゃう。それは嫌だよね?」
それを聞いて、アルが私を覗き込み、囁いた。
「そう……なの? 僕、君を不安にさせてたの?」
触れるアルの指が震えている。顔を上げ視線が合うと、アルは驚いたような表情をした。それも滲んできて、堪えられなくなってしまう。ゆっくりと頷くと、アルは私を抱きしめ何度も繰り返した。
「ごめん……ごめんね。ネフィとはそんなんじゃないから、絶対に僕にはリリーだけだから! まさかそんなに悩んでたなんて、気付かずにごめん」
ネフィも後に続き頭を下げる。
「私も、リージュ様がそこまで気に病んでいらっしゃるとは思わず……申し訳ございません。しかし殿下の仰る通り、何もございませんからご安心ください。ただ、その……非常に言いにくい事でございまして……」
アルとネフィは助けを求めるように、クムト様に視線を向けた。私もクムト様を見つめ、言葉を待つ。
「はぁ~、もう。君達、過保護じゃない? りっちゃんは王太子妃になる覚悟を決めた子なんだよ? そこは仕方のない事だって理解してくれるって」
私はなんの事だか分からずに首を傾げると、クムト様はやれやれと肩を竦めて教えてくれた。
「あのね、そこの壁に絵が飾ってあるでしょ?」
クムト様の指さす方には、確かに大きな人物画が飾ってある。それが何かと問うと、信じられない答えが返ってきた。
「あれね、覗き穴なの。壁に隙間があって、人が入れるようにようになってるんだ。そこから初夜が
は?
はぁぁぁぁぁぁ!?
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