第46話 独占欲

 この二日間はほとんど寝室から出る事ができなかった。決して、ずっと交わっていた訳ではないと名誉のために言わせてもらいたい。


 私達は会えなかった一年の時間を埋めるように、日光室サンルームでまったりとお話しをしたり、お互いの好きな料理を食べあったと静かで、穏やかな時間を過ごしていた。


 アルは立場上、休みなどほとんど取れない。しっかりと休息できるのは、今回のような戦の報奨だけだ。それも戦功を挙げなければ得られない。行事には出席する事が当たり前だし、まつりごとの合間には勉学や、剣の稽古もある。


 戦に行く前、たった数日だったけれど、アルが離宮に来るのは決まって夜だった。そして、夕食を共にすると本城へと戻っていく。ネフィに聞いた話しでは、まだ残っている仕事に向かっているという。


 王族や貴族は、豪奢なドレスに身を包み、豪勢な生活を満喫するものだと思われがちだ。物語でも、王子様に憧れるものをよく見かける。


 しかし、それは間違い。


 他の国は知らないけれど、少なくともこの国の王族は裕福な生活の対価をちゃんと払っている。時に宰相オードネンのようなやからが現れても、その罪を見逃す事は無い。ユシアン様がそうであったように。


 あの後、ユシアン様は処刑された。まだ十一の幼い子供であっても、行ってきた罪が重すぎる。いくら親の影響があったとしても、善悪の区別はつく歳だ。せめてもの救いとして、処刑方法としては軽い、斬首刑に処せられた。


 城下町に降りれば、十に満たない子供が働いている事も多い。仕事と言っても厨房の皿洗いや、物資の配達などの軽作業が主で、生活のためには仕方がないのかもしれない。けれど、それは子供の成長にもいい影響を与える。


 勉学も、もちろん必要だろう。数字や文字が分かれば仕事の幅も広がる。子供達は仕事の中でそれを学んでいく。帳簿の見方、物資の管理、配達の数。そういったものを通して、実用的な算術や文字を覚えていくのだ。


 その中で褒められたり、罰せられる事で善悪も学ぶ。特に悪い事は、雇う側の信用問題にも関わってくるから厳しく躾られる。


 ユシアン様はそれをされていなかった。お母上も贅沢を好む方で、ユシアン様の教育は乳母任せだったそうだ。間違った愛情がユシアン様を歪めたのだろうか。


 思わず溜め息が零れると、アルが心配そうに覗き込んできた。


「リリー? ︎︎浮かない顔だけど、どうしたの? ︎︎やっぱり戦場の話しなんていやっだったよね、ごめん」


 私はその声にはっとして顔を上げた。そこにはまるで垂れた尻尾が見えそうなアルの姿が。


「ち、違います! ︎︎その、ユシアン様の事を思い出していて……宰相の娘に産まれなければ、違う結末だったのだろうかと。もしかしたら、私ではなくユシアン様が……」


 そう言いかけると、アルが机を叩き立ち上がる。


「リリー、それ以上言ったら怒るよ?」


 怒気を込めて放たれた言葉に肩がすくむ。アルが私に対してこんな物言いをするのは初めてだ。


「申し訳ありません……」


 俯くと、涙が滲んできた。本当に、こんな自分が嫌になる。どれだけアルが愛情を示してくれても、自信が持てない。


 しょげてしまった私の元に膝をつき、アルは優しく髪を撫でた。


「僕も強く言いすぎたよ、そんなに落ち込まないで。でもね? 例えユシアンがまともだったとしても、僕はきっとリリーを好きになってた。それが精霊王の決めた事であろうとね。そこだけは信じてほしいな」


 アルはいつも優しい。こうして私の欲しい言葉をくれる。それに応えられるだけの器量が、私にあればいいのに。


「いえ、貴方は悪くありません。悪いのは私です。こんなに愛情を貰っているのに、まだ私なんかが王太子妃でいいのかと度々思います。知識だって、ここに来てから増えました。メイドや番兵の皆さんもよくしてくれます。それでも、やはり染みついたものは中々消えなくて」


 曖昧に微笑むと、アルは苦笑いをしつつ口を開いた。


「う~ん…なんでそんなに自信が無いのかな……君は十分に魅力的だよ? って、そうか、僕のせいだったね。フェリット伯爵からも聞いていたんだ。求婚者が一人もいなくて、リリーは自分のせいだと何かにつけ頭を下げるって」


 そう、あの頃は釣書つりがきの一枚も来ず、自分の存在価値すらも分からなくなっていた。また落ち込んでいく私に、アルから衝撃の言葉が飛び出す。


「ごめんね、リリー。君を奪われたくなくて、求婚しようとする奴ら全部握り潰していたんだ。多い時はそうだな……一月ひとつきに十人を超える時もあったよ?」

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