第34話 羨望と嫉妬

 雪が積もる庭を眺めながら、私は暖かいサロンで寛いでいた。今日は騎士団長ハイゼ・ホーグ様との面会の日だ。殿下がお帰りなって、三日。陛下は迅速に対応してくださり、通達を受けた騎士団長もお忙しい中、こうしてお時間をいただいている。皆様もまだ警戒を解いていないという事だろう。これをかんがみても、お仕事が詰まってると予想される。離宮の番兵達も、どこか落ち着かない様子だ。


 彼らも騎士の一員。離宮の警護を仰せつかっているから戦には出なかったけれど、戦況が変われば迷いなく死地へ向かうだろう。彼らも、私の力を制御する訓練に付き合ってくれた。仕事とはいえ、眉唾物の魔法の特訓だなんて呆れていたのかもしれない。それでも、私の力を実感するにつれ、真剣味を増していた。


 王家の力は、皆知っている。だけれど、それは御伽噺おとぎばなしとしてだ。魔法が絶えて千年の間に、世情も落ち着き、使われなくなった力は忘れられていった。それでも、お年寄りの口伝で語り継がれる事もある。そうして思うのだ。


「王族は特別な血を持っている。だから不思議な力もあるに違いない」

 

 そうんな風に。


 でも騎士になると、その辺りの感覚が違ってくるらしい。やはり、王家の近くを警護するのが主な任務だからか、私の力もすぐに理解してくれた。殿下や陛下の力の事も知っていて、心を見透かされても照れるだけ。お二人のお眼鏡にかなった方々だから、宰相のような人もいなかった。末端になると、目が届かずに買収される方もいると聞いたけれど。


 騎士団長も、快く今日の面談に応じてくれた。そのお気持ちに応えるべく、できる限りのおもてなしを用意している。約束の時間が近づき、ネフィと最終確認をしていると、扉がノックされた。


「王太子妃殿下、お初にお目にかかります。お招きにより馳せ参じました、騎士団長ハイゼ・ホーグでございます……何故、殿下がおいでなのですか?」


 騎士の礼を執り、顔を上げると怪訝な顔をされる騎士団長。それもそのはず、私の隣には殿下が陣取っていたのだから。


 ついさっき、騎士団長が訪れるほんの少し前に殿下は現れた。それからはずっと私の隣で腰を抱き、今に至る。騎士団長に問われた殿下は鼻で笑う。


「何? 僕がいちゃダメなの? まさか、リージュに不埒ふらちな真似でもしようとか考えていないよね? そうなれば極刑だよ。オードネンのように首をねてやる。その後は刑場でからすの餌だ。腐敗していく様子を、絵師に記録させようか?」


 あまりの言いように、私が口を挟もうとすると、騎士団長は盛大に溜息を吐いた。


「殿下、そのような事ある訳ないでしょう? 私には妻子がおります。無礼を承知で申し上げますが、私にとっては妃殿下よりも、妻子の方が遥かに尊い存在なのです。妻を誰よりも愛しておりますし、裏切るなど決してございません。どうぞ、ご安心なさってください」


 騎士団長の言葉に嘘はないだろう。その眼差しは真摯で、実直だ。しかし、それに文句をつける人物が一人。


「は? リージュより尊いって? そんな訳ないでしょ? 君の目って腐ってるの? ︎︎戦場で錯乱されても困るから、いっその事取り出してあげようか?」


 さっきまとはまた違た意味で怖い事を口走る殿下。ちらと騎士団長に目を向けると、まるで屍のような目をしていた。もしかして、戦場でもこうだったのかしら。

 

 殿下は私の視線に気付いたのか、腕を強く引き、胸に閉じ込める。顎を掬い、唇を重ねると見せつけるように何度も深く口づけた。私は初対面の人に見られるという羞恥に、胸を押して抵抗すると殿下は渋々解放してくれる。


「リージュ、リージュもホーグの方がいい? 年上で、体格もよくて、強くて……地位もある。僕にあるのは王族っていう事だけだ。王族だから、皆が立ててくれる。でも、それが無くなったら……」


 しょげる殿下は、一年前に戻ったように見えた。一度戦場を経験したと言っても、まだ十四歳の少年だもの。大人達に囲まれ挑んだ死地は、きっと考えさせられる事も多かったのだろう。特に騎士団長は、殿下の一番近くにいた。経験の差は歴然。どんな状況にもすぐさま対応し、指示を飛ばす。


 遠見で視た戦場は間違いなく、殿下ではなく、騎士団長を中心に回っていた。気丈に振舞っていた殿下だけれど、言ってしまえば張子の虎。他の騎士達も、そして殿下も、騎士団長の指示で動いていた。


 初陣だから仕方がない、とは言えなかった。

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