第17話 悪童

 甲高い金属の耳障りな音と共に、はらりと亜麻色が舞う。ユシアン様の手には、ばっさりと切り取られた髪の束が握られていた。それを見せつけるように、私の頭上に落とす。


「あら~、可愛いらしいこと。散切り頭がよくお似合いよ? ︎︎残りも切ってあげましょうね」


 そう言うと、次々に私の髪を無造作に切り刻んでいく。その度にじゃきりとハサミがなって、辺りに髪が散らばった。勿論、遠慮なんてしてくれないから、時折耳や首に刃がかすり、痛みが走る。


 私はそれでも声を上げず、ただユシアン様をじっと見つめ続けた。一向に変わらない私の態度に、ユシアン様の表情が次第に歪んでいく。


「何、なんなの貴女……髪を切られているのよ!? ︎︎悔しくないの!? ︎︎泣きなさいよ! ︎︎泣き喚いて、許しを請いなさい!」


 ぜいぜいと肩で息をするユシアン様は、信じられないといった風に叫んだ。貴婦人にとって、髪は美しさの象徴。それを無残に切り刻まれているのに、平然としている私の気持ちなど、ユシアン様に分かろうはずもない。私の心は殿下が支えてくれている。これくらいで泣いていては、顔向けできないもの。


 ユシアン様は、まだ必死に髪を切っている。それでも泣かない私に対し、躍起やっきになって地団太じだんだを踏む様は哀れだ。


 そんなユシアン様に、私はゆっくりと語りかける。


「髪なんて、すぐに伸びます。どうぞお気の済むまでお切りになって? ︎︎次はどうなさるのかしら? ドレスを切りますか? 顔を切りますか? お好きになさってください。それでも私は決して屈しはしません。貴女のように、人を人とも思わないような奸物かんぶつは、神の怒りに触れるでしょう。先に待つのは、みじめで、凄惨せいさんな処罰だけです。まだ十一歳なのに、可哀そうなお方」


 小馬鹿にしたような私の言い草に、ユシアン様の顔が見る見る赤くなっていく。わなわなと震えたかと思うと、メイドに突進してその手にあるのこぎりを奪い取った。


「言ってくれますわね……いいわ。これならさすがに我慢できないでしょう? ご存じ? のこぎりってね、傷口がぐちゃぐちゃになるの。土に埋めて、頭だけ出した侍従の首にあててゆっくり引くと、良い声で鳴くのよ。あの声は最高ですわ。貴女はどんな声で鳴くのかしら? とっても楽しみ」


 ユシアン様はのこぎりをランプの灯りにかざし、鈍い光を私に当てる。目に光が入り、まぶしさに眉をしかめると、狂気じみた嘲笑ちょうしょうが響いた。


「あは、いいわ~その顔。ほら、泣きなさいな。わたくしに逆らってごめんないって。アイフェルト様に色目を使って申し訳ございませんって、泣いて許しを請いなさい。そうすれば命だけは助けてあげる。もっとも、それ以外は保証できないけれどね」


 徐々に近付いてくるユシアン様は、勝利を確信しているのだろう。周りの様子も見えていない。メイド達は明らかに、敵意を持ってユシアン様を見ているのに。雇われであろう男達も、顔を歪め嫌悪感をあらわにしている。


 私の目の前に座り、のこぎりの刃を首筋にあてがい、楽しそうにわらうユシアン様。


「お仕置きよ」


 そう言って、のこぎりを引こうとしたその時。


「殿下! 私はここです!」


 いきなり叫んだ私に、ユシアン様は呆気にとられ、手が止まった。でも、それも一瞬だけ。次のには、堪えきれないように吹き出して大笑いしだした。


「あははははは! 何それ!? まさか、アイフェルト様が助けに来るとでも思っているのかしら! そんな演劇みたいな事、あるわけ……っ」


 勝ち誇るユシアン様の言葉を遮るようにして、扉が音を立てて開いた。そこにいたのは勿論。


「リージュ! 待たせてごめん! 助けに来たよ!」

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