作品レビュー① 邑楽 じゅん 様の場合
さて、今回は拝読した作品について少々のレビューをしていこうと思います。
こちらのコーナーですが、企画主として私がプロットを用意する中で、予想を超えるアイディアや筆致によって「なるほどこれはさすが」と唸った作品を、私が評論家気取りで語っていく内容となっています。
■先に前提を語る
予めのお断りですが、本企画は「企画した作品の順位付けを行うものではない」ですし、「これが一番良い、これが一番ダメ」と論ずるものではありません。
千差万別を良しとするのが基本路線でありながらも、良いものは真似し、悪いものは反面教師とすることを参加者各々でやっていただくのが私の希望する所です。
とはいえ、1作品を読むことによって得られる経験値は人によってかなり差があります。もっというとその時の状況(時間的制限、体調、精神面)もかなり影響があります。その時の自分の感性では気づけなかった点などもあると思っています。
そこで企画主たる私が率先して「この人の作品ここはすごかった!」「ここは物足りないと思ったけど〇〇で解決できそう」「このフレーズはぜひ真似していきたい」「ここの整合性は?」などと評論を提供することで、「なるほどそういう見方もあったのか」や、「そういう点を大事にする人もいるのだな」という気づきのきっかけを提供できるのではないか、という
ここでの紹介をきっかけに、その作品へのアクセスが増えることも私としてはうれしいことです。
ちなみに私は書籍評論専門家ではありませんので、「こんなことも読み取れないのか」「お門違いだ」という指摘は大歓迎です。基本的には、「文章は読解力の低い人にも伝わるようにすべし」「その上で読みやすく読むこと自体が楽しくなること」がエンタメ小説には必要、という私のこれまた思い込みを元に語っていきますので、何卒よろしくお願いしますね。
またその性質上、ネタバレが含まれる点もご容赦ください。
【拝読作品】
■ 邑楽 じゅん 様
https://kakuyomu.jp/works/16817330655641000253
まず最初に、この作品を拝読した時に私はうれしくなりました。というのも本作、情景描写をはじめとした筆致について「積極的にチャレンジ」する姿勢を強く感じたからです。
本企画に参加する作品を「どこに注力して執筆したか」というベクトルで分別すると、おおむね二種類に分かれると思っています。
①作品のあらすじをそのままに、情景描写や筆致で魅力を引き出そうとする
②提示されたあらすじをいかに面白い設定や展開にするかの創意工夫
前提、提示されたあらすじはかなり短く、ドラマチックな展開にしようとするとそれなりの工夫が求められると思います。その工夫への取り組みとして、①=筆致、②=オリジナリティがあげられると思うのですが、企画主として作品を俯瞰してみると、だいたいの作品は片方へ大きく傾いているという印象を受けます。
その中で、本作は①を追求したスタイルだと言えると思っています。
実は①に全振りした作品というのはかなり少なくて、それだけに「お、こいつは読みごたえあるぞ」と思わず前のめりになってしまいました。
まず本作は冒頭から情景描写を突っ込んできます。
――――
>東京から離れたある地方の里。
急峻な山が周囲を覆い、田畑ばかりが広がる代わり映えの無い景色。
――――
わかりやすく一発で田舎を想像できるところがナイスな表現ですよね。また音読した際にもとてもリズムが良い。
本作ではこういった言い切り系、体言止めが多用されていきます。
この独特のリズムが本作の最大の魅力だと思っていて、文体のリズムやチョイスに「粋」を感じるし、まるで講談師が話しているような感覚があり、かなり読んでいて楽しい気分になりました。
そして続くのが、
――――
>少女・ナツは中身を満載したスーツケースに足取りをおぼつかせながらも、舗装されていない畦道を歩いていた。
――――
視線誘導が上手い。まずは景色から入って、その景色にいる登場人物にフォーカスする。遠景からキャラクターに向けて徐々にカメラが降りてくる様子が頭に浮かびます。おそらく作者様はこのシーンのイメージが脳内に鮮明に浮かんでいるのでしょう。
できる人にはできる「景色の視線誘導」ですが、実は苦手とする人には本当に難しい課題だったりします。話すと長くなりますがこれは脳特性にも大きく影響するし、空間把握能力そのものの影響も受けたりします。
この能力が長けている人はファンタジー作品で得をすると思います。読者に想像させたい「現実にはないその景色」をわかりやすく描けるということは、没入感を提供する上で非常に重要な点だからです。
続いて、物語の主要となる「ハル」と「ナツ」が登場します。私はこの二人の関係性がまず面白いと思いました。
一方は一般家庭で自由に育てられ、一方は裕福な家庭で格式高く育てられる。
この対比が端的に描かれていて、「上手い」と思いました。
しかも田舎のヒエラルキーも織り込まれています。
高齢者ビジネスに携わっていた者としまして、田舎ヒエラルキーというのは無視できない課題です。先進事業が地方で推進しない理由の多くはコストパフォーマンスですが、その次のステップとして行う浸透戦略の妨げになる理由の多くが、この田舎ヒエラルキーだったりします。
ちょうどこのあたりのメンタリズムについては自作でも取り入れるつもりだったのでここで多くの行を割くことはしないようにしますが、とかくこの題材があったことで私の共感度は一段階以上引き上げられました。
その状況で、環境の異なる二人が双方どう思うのか、というテーマ。隣の芝は青いといいますが、その感覚をうまく作品に取り込んでいます。この状況設定があるだけで、主要な登場人物の背景が簡単に想像でき、イベントが発生した際の登場人物の心理やアクションが予想できます。これが登場人物の掘り下げに寄与していると思います。
事実、二人で背比べをした際にその心理面は浮彫りになります。この湧き上がる感情というのは、大人になれば消化もできようものですが、幼少のころと言えばそうは簡単にはいきません。
ライバルとなり得る者には嫌悪感を抱くこともあれば、そこにあった好意ですら自覚できなくなってしまったりします。中途半端に助長された自尊心は不要な言葉を生み、それが二人の関係に致命的なダメージを与えてしまう……なんて経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
さらにそこに、田舎ヒエラルキー、環境の違い、大人の力が加わり、二人の関係は余計に拗れていってしまいます。彼らからすれば、災害級のことでしょう。
そして物語は以下のように続きます。
――――
>それは桜の葉も散り、夏も終わろうとする、ある年の秋の出来事だった。
ハルとナツが終わった後は、間もなくに迫る寒風吹きすさぶ冬の到来であった。
――――
ここも粋を感じますよね。秋が終わったから冬が来る。そりゃあそうなんだけれども、「これによって二人の関係や物語は終わってしまったんだ」ということを匂わせようとしている所がナイスだと思います。
そして衝撃的な事実が明らかになった後の以下。
――――
>それは春の訪れと共に咲き誇っては散り去っていく可憐な桜の花弁のごとく。
――――
可憐な花と言っているのに、これほどまでに美しく残酷な表現はないですよね。ここも言い切り系が粋。
また本作では、桜が植えられている場所の描写に、桜が散った後の季節についても言及があったりします。
――――
>集落の小高い丘の上には地蔵が祀られている。
そのそばで寄り添うように逞しく生きる樹齢が百年近い桜の木。
春になれば桜吹雪を舞い散らせ、冬になれば辺りが雪に覆われた白銀の世界の中でも、葉を全て落としたみすぼらしい姿で懸命に屹立している。
――――
この一節は特に好きなシーンです。
今回のあらすじでは、ハルとナツは桜に身長を刻むわけでして、それは数年続いていることがわかっています。となると、それなりに身近にある環境だったわけでして、「ちょうど桜が咲いている季節だけ覚えている」なんてことはないと思うわけなんですよね。そもそも一年を通じて桜が花をつける時期は相当に短いわけですから、こうして桜が咲いていない季節にどう見えたかを描写することで、よりこの桜がある景色が二人にとって身近であったのかを示せると思います。
ここは余談なのですが、私、桜があまり好きではないんですよねぇ。
といいますのも高校時代、自転車通学で利用していた通りは桜並木で、幾度となく毛虫に飛び込まれたことがあるんですよ。知ってましたか、毛虫は動体に向かって飛び落ちる習性があるということを。
一度は開けた胸元に飛び込まれ、腹部を刺された挙句、潰してしまってシャツが台無しに、その後蕁麻疹で保健室。
二度目は眼鏡と顔面の隙間に入り込み、横転。自分で描いた小説の可哀そうヒロインも真っ青な吹っ飛び具合を決め、自転車と眼鏡と制服が破損、顔面が爛れて病院受診となりました。危うく失明するところでしたよ。
そんな経験がある私は、桜が散り始めてからは絶対桜の木の下を歩きません。虫がすごいですから。もうトラウマなんですよ。
そういう人にとって、桜という木は「期間限定で魅力度があがる木」であって、普段から愛されるものではない可能性があります。どんな名曲でもクリスマスソングだからという理由で期間限定でしか聴かれないのと同じで、桜の需要があるのは桜の花が咲く時だけだ、と論ずるのであれば、そうでない時期に如何様にしているかを描くことはそれだけ「リアリティがある」ともいえると思っています。
さて話は戻りますが、本作、「主人公がどう感じたのか」というヒントが多めに描写されていて、感傷にふける癖のある私としては多くの共感ポイントがありました。
一方、初夏の訪れについて、私は「初夏はもう暑いよ」派なのですが、それとは異なる描き方をされていて「なるほど、確かに」と唸らされました。
纏めに入りますが、とにかく体言止めや言葉選び、情景描写や関係性など、人物の精神面に影響を及ぼす要素について、かなり前向きに取り組んでいる作品だと思います。
またプロットをあまりいじらず、そのプロットの面白さを引き出すためにはどういう描写にしたらよいのか=筆致について真正面から挑んでいて、その姿勢にとても好感を持てたし、何より参考にしたいと思いました。
二人の物語がどうなったのかは、実際にお読みいただくとして、
まるで映画のワンシーンを切り取ったような情景描写をお楽しみいただけると思います。
それでは、また。
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